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二十二話 接触

 

 *****


「大変お美しいです、奥様。きっと今夜は皆が奥様に夢中になりますよ」

「あら、言い過ぎよ」


 今夜は、はじめて夫婦揃って参加をする舞踏会。侍女たちはこれでもかというほどに私を着飾ってくれた。

 藍色のドレスはまるで夜空のように美しく、ちりばめられた宝石が星のように輝いている。ネックレスも、豪華でとても素敵だった。


「奥様、このドレスもアクセサリーも、侯爵様が注文されたものなのですよ。奥様に似合うだろう、と。ふふ、素敵ですね」

「え? あぁ、そういえば……ドレスの手配はヴィクトル様に頼んだんだったわね」

「お二人の仲が大変よろしいようで、安心いたしました。きっと今宵は素敵な夜になりますよ」

「……そうかもしれないわね」


 侍女が含みを持たせた言い方をする。どうにも、サラは私が夫に一度も抱かれていないことを内緒にしているらしいのだ。その代わり、夫が私の部屋を訪れないことを誤魔化してくれているらしかった。

 でも、その方がありがたいわ、と今なら思う。だって、夫に抱いてもらえない侯爵夫人だという話が使用人の間に広まったら……私は舐められてしまう可能性だってあるものね。サラに感謝だわ。


 それより、一度目の人生でも夫にドレスを贈られたことは何度かあったけど……ここまで豪華なドレスを贈られたのは、初めてかもしれない。いえ、前の人生でも十分良いドレスを贈ってくれてはいたのだけれど、なんというか……私の趣味に合わないような、可愛すぎるデザインだったのよね。今思うと、あれは夫の愛人の趣味だわ。

 それなのに、一体、どういう心境の変化なのかしら?


 まぁ、夫が何を思っていようがどうでもいいのだけれどね。どうせ離縁したら全部着なくなるでしょうから。






 それから少しして、私は夫と合流して馬車に乗りこんだ。

 夫は私を見るなり「とてもよく似合っている。他の者に見せたくないくらいに……」と歯の浮くようなセリフを言ってきたので、「ヴィクトル様も、素敵すぎて誰かに取られちゃいそうで心配ですわ。浮気は絶対に許しませんからね?」と微笑みながら反撃しておいた。


 会場に着いて、夫に腕を絡ませながら入場する。

 するとすぐに、一人の男性が近付いてきた。披露宴では見なかった顔ね。でも、一度目の人生で全員と話したことがあるわ。


「これはこれは、大変お美しい……クラウゼン侯爵は、良縁に恵まれたようですな」

「えぇ、自慢の妻なんです」

「ははっ、羨ましいことです。私も侯爵夫人のような美しい妻を貰いたかったものですよ」

「まぁ……ノイシュタット伯爵の奥様も、大変お美しいと貴婦人の中で話題ですのよ? それに、ご令嬢はもうすぐデビュタントを迎えられるのですよね?」


 私が会話に入ると、伯爵は驚いた表情で私の顔を見た。


「よくご存知ですね。そうなんです、実は娘が先日十六歳の誕生日を迎えまして……」

「それはおめでたいことですわね。私からもお祝いの品を贈らせてくださいませ」

「よろしいのですか? ありがとうございます。いやぁ、娘も大層喜ぶことでしょう」

「ふふ、そうでしたらよいのですが……」


 伯爵は礼をして、私たちのもとから去っていった。ふと視線を感じて隣をみると、夫が呆気にとられた顔をして私を見ている。


「……何か、私の顔についています?」

「いや、そうではなく……よく知っていたな」

「あぁ……言ったでしょう? しっかりと下準備をしていくと。侯爵夫人になったからには、これくらい当然ですわ」

「…………そうか」


 夫が何か、考え込むような素振りを見せる。こんな顔を見るのは、何気に初めてかもしれない。大方、愛人のキャロラインさんのことでも考えているのでしょうね。


 それから何人かの貴族と同じような話をした。そのたびに、夫は複雑そうな顔をする。妻がこんなに優秀なのだから、少しは喜ぶ素振りでもみせたらどうかしら。






 沢山の方と会話をして、さすがの私も疲れてきた、そんな時だった。


「失礼、私も少しよろしいですかな?」


 突然、恰幅の良い男性が私たちに話しかけてきた。私はすぐさま笑顔になって、「もちろんですわ」と応答する。


「ヘルマン・メルローズと申します。実はエルフィナード伯爵から、お二人のことを紹介されまして……一度ご挨拶に伺いたいと思っていたのですよ」


 ……知らない名ね。それに、父の紹介だなんて、なんだかきな臭い。

 けれど、夫はその言葉に反応したらしく、パッと顔を明るくさせた。


「メルローズ男爵でございますね。お初にお目にかかります。ヴィクトル・クラウゼンと申します。男爵とは一度しっかりお話を……と前々から思っておりましてね」

「あのクラウゼン侯爵からそんな風に仰っていただけるとは、光栄の極みです。それに、奥方も噂以上に美しい……」


 そういって、メルローズ男爵は私を舐めまわすように見つめてきた。……なんだか、気持ちが悪い。


「こんなに美しいご婦人なのでしたら、私が求婚すればよかったですな。『氷の令嬢』などと聞いていたが、笑顔も身体も実に良い……」

「……ありがとうございます」


 ____何? この男は……。


 父は人が好すぎるせいで、たまにこういう変な男とも繋がってしまうのよね。早くこの場を去りたいわ。


「ごめんなさい、私、少し具合が……」

「おや、大丈夫ですか? でしたら私と風当たりの良いところに……」

「いいえ、私の妻ですので。行こう、シャーリン」

「え? は、はい……」


 夫に手を引かれ、私たちは会場を出る。そのまま馬車に乗り込んで、夫が「侯爵邸へ」と命じた。


「……もうお帰りになるのですか?」

「…………十分だろう」


 夫は私の顔を見ない。

 一体何かしら。私、守られたの? この男に?


 ____屈辱だわ。でも、助かったのも事実。


「ありがとうございました」

「いや……夫として、当然のことをしたまでだ。だが、私は何をしているんだろうな……」

「…………」



 馬車に沈黙が流れる。夫は窓の外を見て、それ以降一言も話さなかった。


 私もなんだか何も話す気になれなくて、侯爵邸へ到着するまでずっと夜空を見つめていたのだった。


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