第9話 冒険者登録
公爵邸を出た俺たちは、中心街へ向かいながら冒険者登録について話していた。
「父上から身分証はもらっているけど、どうする? 冒険者登録しておいた方が街に入る時の金はかからないんだよね?」
「そうだな。それに魔物を狩って素材を売るなら、冒険者の方が査定額も少し良くなる」
ロベルトは歩きながら頷く。
「困った時にランハード公爵家を頼るのは最終手段にしたいし、最初に登録だけしておいた方がいいだろ」
「だね。じゃあ先に冒険者ギルドか。中央広場から東門寄りにあるんだったよね?」
「ああ。看板は盾と剣だったはずだ」
公爵邸から一時間ほど歩き、俺たちは冒険者ギルドに到着した。
この世界は識字率がそれほど高くないため、店や施設の看板には文字だけでなく絵が描かれている。
パン屋ならパン、鍛冶屋なら槌、そして冒険者ギルドは盾と剣。
大きな建物の前に立つと、少しだけ胸が高鳴った。
(ここから本当に旅が始まるんだな)
そう思いながら扉を開ける。
中には武装した男たちや、依頼書を眺める者、素材らしき袋を担いでいる者たちがいた。
思っていたより騒がしいが、空気は悪くない。
俺たちは空いている受付へ向かう。
「冒険者登録をお願いします」
受付に座っていた女性が、営業用らしい笑みを浮かべる。
「冒険者登録ですね。代筆は必要ですか?」
「いえ、読み書きはできますので結構です」
「では、こちらにご記入ください。適正魔法は隠されたい方もいらっしゃるので、空欄でも構いません」
差し出された用紙を受け取り、必要事項を記入していく。
名前、年齢、使用武器。
適正魔法の欄で少し手が止まった。
(全部書く必要はないよな)
手の内を最初から晒す必要はない。
魔眼や空間魔法は特に隠しておいた方がいいだろう。
少し考え、適正魔法には“テイム”だけを書いた。
武器は長剣。
記入を終えて受付嬢に渡す。
その時、視界の端に彼女の情報が浮かんだ。
名前。
年齢。
適正魔法。
そこまではいつも通りだった。
だが、今まで公爵邸の人たちには表示されなかった項目が一つ増えている。
信頼度:20/100
(……信頼度?)
何だ、これは。
しかも二十。
百点満点のうち二十ということなら、かなり低い。
誰に対する信頼なのか。
俺から見た印象なのか、それとも周囲からの評価なのか。
考えている間に、受付嬢がギルドカードを持って戻ってきた。
「こちらがギルドカードです。無くすと再発行に銀貨一枚の手数料がかかりますのでご注意ください。ギルドの説明は必要ですか?」
普段の俺なら、事前に聞いていたとしても関係者から正式に説明を受けただろう。
だが、信頼度二十という表示がどうしても引っかかった。
「いえ、結構です。冒険者ギルドの注意事項は知人から聞いていますので」
「そうですか」
「手続きありがとうございました」
礼を言い、俺たちはギルドを出た。
建物から少し離れたところで、ロベルトが不思議そうに俺を見る。
「よかったのか? 説明、聞かなくて」
「聞いてもよかったんだけど……あのお姉さん、信頼度っていうのが視えたんだ」
「信頼度?」
「うん。公爵邸の家族や使用人には視えなかったんだけどね。百のうち二十だった」
「そりゃ低いな」
ロベルトが眉をひそめる。
「信頼度って何に対する信頼なんだ?」
「ちょっと待って。ロベルトにも表示されてるから、詳しく見てみる」
ちなみにロベルトの信頼度は百だった。
一緒に行動する以上、適正魔法については分かっている範囲で伝えてある。
俺は視界の端に浮かぶ信頼度の項目を凝視した。
すると説明が浮かび上がる。
信頼度。
周囲からの信頼。仕事中であれば仕事の出来、職場の人間からの信頼も反映される。
百に近いほど高い。
「……なるほど」
「何か分かったか?」
「周囲からの信頼だって。仕事中なら仕事の出来や職場での信頼も含まれるらしい」
「じゃあ、あの受付嬢は新人か、仕事ができなさすぎて信頼されてないってことか」
「多分ね。でも新人なら、受付に一人で置くかな?」
「俺なら置かない。横に誰か付ける」
「俺もそう思う。だから、たぶん受付を任される程度には長くいる人だ」
嫌な予感がした。
ただ仕事ができないだけならまだいい。
だが、信頼度という表示がわざわざ出たことが気になる。
「登録はできたし、どうする? 宿を取って休むか?」
ロベルトが聞いてくる。
俺は少し考え、首を横に振った。
「嫌な予感がする。今からなら隣町まで間に合うよね?」
「歩いて三、四時間ってところだな」
「じゃあ、この街は出よう」
「分かった。レオがそう言うなら」
俺たちは東門へ向かった。
門番にギルドカードを見せながら、気になっていたことを尋ねる。
「すみません。このギルドカード、隣町でも使えますか?」
門番は一瞬、質問の意図が分からないという顔をした。
だがカードを見た途端、呆れたように息を吐く。
「あー……こりゃ他所の街じゃ使えないぞ」
「やっぱり」
「お前たち、誰も並んでない受付で手続きしただろ」
「はい。あの受付の人、やっぱり問題があるんですか?」
門番は周囲を確認してから、声を落とした。
「仕事自体はできる。だが、見た目の良い男女をこの街に縛るようなカードで登録して、頃合いを見て裏で売ってるって噂だ」
「人身売買ですか」
「ああ。この街の出身者なら大体知ってる。兄ちゃんたち、他所から来たんだろ?」
背筋が冷える。
信頼度二十。
なるほど、そういうことか。
「貴族はこのことを知らないんですか?」
「バックに男爵だか子爵だかがいるって噂だ。下手に触れられないんだろうよ」
放っておけば犠牲者が出続ける。
俺は懐から一通の封書を取り出した。
公爵邸を出る前に、念のため用意していたものだ。
封には俺の名前と、“至急、調査必要”の文字を書いてある。
「これをランハード公爵家に届けてもらえますか?」
「ランハード公爵家?」
門番の目がわずかに見開かれる。
「関係者なのか?」
「まあ、そんなところです」
まさか本人の長男だとは思わないだろう。
ちなみに、この門番の信頼度は九十。
任せても問題ないはずだ。
「分かった。必ず届ける」
「ありがとうございます。それと、隣町なら普通に使えるギルドカードへ変更できますか?」
「ああ。隣町のギルドなら問題ないはずだ。ただ、このカードじゃ街に入る金は必要になるぞ」
「そうですよね。助かりました」
礼を言い、俺たちは東門を抜けた。
隣町までは歩いて三、四時間。
今は昼前だから、夕方までには到着できるだろう。
街道を歩きながら、ロベルトが小さく息を吐く。
「初日から面倒事か」
「旅らしいと言えば旅らしいかもね」
「前向きだな」
「そうでもないよ。ちょっと怖かった」
正直に言うと、ロベルトは少し笑った。
こうして俺たちは、登録したばかりの街を早々に出ることになった。
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