第38話 盟約
《黒蛇》の幹部と遭遇した翌日。
俺たちはその報告をするため、朝一番で冒険者ギルドを訪れていた。
ギルド長室へ案内されると、ギルド長はいつも以上に真剣な表情で俺たちを迎えた。
「それで、《黒蛇》の幹部と接触したというのは本当か?」
「ああ」
俺は昨日の出来事を順番に説明する。
対岸の森で黒いローブを纏った三人組と遭遇したこと。
その中に幹部がいたこと。
そして、相手もこちらの存在に気づいていた可能性が高いこと。
話を聞き終えたギルド長は深く息を吐いた。
「《黒蛇》の幹部か……」
その表情は険しい。
無理もないだろう。
これまで湖へ毒を撒いていた犯人がほぼ確定したのだから。
「情報提供に感謝する」
「今の俺たちじゃ捕まえることはできませんでした」
俺は正直に答える。
「あの場で戦う選択肢もありましたが、勝てる保証はありませんでしたし」
「その判断は正しい」
ギルド長は即答した。
「仮に君たちが死んでいたら、こちらはジェノーバ王国に何と説明すればいい?」
「……」
「家名を名乗っていなくても、君たちは王家と公爵家の人間だ。下手をすれば国家問題になる」
確かにその通りだ。
ライオネルは王位継承権を持っていない。
俺は公爵家の跡継ぎでもない。
だが、それでも俺たちはまだ家の籍に残っている。ジェノーバ王国の王族であり、ランハード公爵家の人間であることに変わりはなかった。
もし俺たちが殺されれば、ジェノーバ王国が黙っているとは思えない。
最悪の場合、本当に戦争になる。
「《黒蛇》については我々と国に任せてくれ」
ギルド長は真っ直ぐ俺たちを見る。
「君たちは十分以上の働きをしてくれた」
湖の毒。ノクスレヴィアの救出。そして《黒蛇》の情報。
確かに、俺たちができることはやった。
「分かりました」
俺は頷く。
「近いうちにジェノーバ王国へ帰ろうと思っています」
「そうか」
ギルド長は少し残念そうに笑った。
「帰る前にもう一度顔を出してくれ」
「何かあるんですか?」
「湖の主の暴走を止めてくれた正式な謝礼を渡したい」
「ああ、それなら帰る前に寄ります」
ギルドを出た後。
俺たちは湖のほとりへ向かっていた。
街側ではなく、対岸の方だ。
「本当に来ると思うか?」
ロベルトが聞いてくる。
「分からない。でも帰る前に一度くらい挨拶はしておきたいだろ」
ノクスレヴィアには随分世話になった。
逆に俺たちも助けたが、それで終わりというのも味気ない。
しばらく湖を眺めながら待つ。
風が吹き、水面が揺れる。
すると――。
ザバァッ。
湖面が大きく盛り上がった。
「来たな」
巨大な頭部がゆっくりと姿を現す。
黄金の瞳がこちらを見つめていた。
『人の子よ』
以前よりずっと穏やかな声だ。
『今日はどうした?』
「ああ。別れの挨拶をしに来た」
『別れ?』
ノクスレヴィアが不思議そうに首を傾げる。
「ああ。俺たちはこの湖を見るためにここまで来たんだ」
巨大な湖。美しい街。そして湖の主。
どれも旅の思い出としては十分すぎる。
「湖も見られたし、ノクスレヴィアにも会えた。だから、そろそろ自分の国へ帰ろうと思ってな」
ノクスレヴィアはしばらく黙っていた。
そして小さく頷く。
『そうか』
その声はどこか寂しそうだった。
『住処があるなら無理に引き止めるわけにはいかぬな。従魔契約はできぬが、またここへ来た時は力を貸そう』
「え?」
思わず聞き返してしまった。
上位種、それも湖の主がそんなことを言うとは思わなかった。
『お前たちは恩人だ。我を二度も救った。その恩は忘れぬ』
その言葉は素直に嬉しかった。
「ありがとう。俺も何か困り事があったら手伝うよ」
『うむ。ならば受け取れ』
巨大な爪の先から、小さな光が切り離される。
それはゆっくりと俺の前へ飛んできた。
受け取ると、透き通った水色の石だった。
まるで湖をそのまま閉じ込めたような美しさがある。
「これは?」
『我の魔力を込めた盟約石だ』
盟約石。
聞いたことがない。
『それを砕けば我が気づく。そして石に込められた魔力を使えば、お前が張った結界と同等の強度を持つ結界を展開できる』
「……それってかなり凄くないか?」
湖の主が作った結界石だ。
価値を考えるだけで恐ろしい。
『それは我との盟約の証でもある』
黄金の瞳が真っ直ぐこちらを見る。
『湖や川で困ったことがあれば呼べ。我が力になろう』
その言葉に思わず笑みが浮かんだ。
「分かった。大切にするよ」
『ああ』
ノクスレヴィアは満足そうに頷いた。
『そしてお前も忘れるな』
「ん?」
『もし湖や川に関わる問題が起きた時は、我もお前を頼る』
なるほど。一方的な恩返しではない。互いに助け合うための約束。
だから盟約なのか。
「もちろんだ。俺にできることなら協力する」
『うむ』
ノクスレヴィアは嬉しそうに目を細めた。
『良い盟約だ』
湖面を風が渡る。
どこか神聖な雰囲気すら感じた。
『人の子よ』
ノクスレヴィアがゆっくりと湖へ沈み始める。
『また会う日を楽しみにしている』
「ああ。俺もだ」
巨大な身体は静かに湖の中へ消えていった。
再び静寂が戻る。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがてロベルトが石を覗き込みながら呟く。
「……またとんでもないものを貰ったな」
「だな」
ライオネルも苦笑する。
「普通の冒険者なら一生見られない代物だろ」
確かにそうかもしれない。
俺は手の中の水色の石を見る。
そこには確かにノクスレヴィアの魔力が宿っていた。
湖の主との盟約。
それは今回の旅で得た、何より大きな繋がりだった。
読んでいただきありがとうございます!
面白いと思ったら⭐︎を押していただけたら投稿の励みになります☆彡




