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跡取りになれなかった公爵嫡男は、前世の夢だった“自由な旅”を選ぶ  作者: みのり
三章 湖畔の街ルグレイス

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第37話 《黒蛇》幹部

 《黒蛇》の存在を確認した俺たちは、そのまま冒険者ギルドへ戻った。

 ギルド長へこれまでの経緯を説明し、《黒蛇》と思われる集団が対岸で活動していること、湖へ毒を蒔いている可能性が高いことを報告する。


「やはり人為的なものだったか……」


 ギルド長は険しい顔で腕を組んだ。


「こちらでも領主へ報告を上げる。国にも連絡が行くだろう」


「無理はしないでください。相手の規模も目的もまだ分かっていません」


「分かっている」


 話し合いはそれほど長く続かなかった。

 今ある情報だけでは動きようがないからだ。

 結局、その日は解散となり俺たちは宿へ戻った。

 翌朝。

 目を覚ますと、窓の外は快晴だった。昨日の騒動が嘘のような青空だ。


「……湖の様子でも見に行くか」


 朝食を済ませた俺たちは再び湖へ向かった。

 街へ出ると既に復旧作業が始まっていた。

 壊れた桟橋。倒れた屋台。水浸しになった建物。

 ノクスレヴィアが暴れた爪痕は今も残っている。

 だが、街の人々は悲観している様子はなかった。漁師たちは壊れた船を修理し、商人たちは店を立て直している。


「みんな逞しいな」


「観光都市だしな。立ち止まってたら食っていけないんだろ」


 街側は大丈夫そうだ。


「対岸へ行こう」


 《黒蛇》の痕跡が残っているかもしれない。

 俺たちは昨日と同じ隠された道を通り、湖の対岸へ向かった。

 森を抜けて対岸へ到着する。辺りを見回すが、人影はない。湖も静かだった。


「何か残ってればいいんだけどな」


「足跡とかか?」


 そんな話をしながら周辺を調べていると、水面が揺れた。

 ザバァ――。

 巨大な頭部が湖面から姿を現す。


「ノクスレヴィアか」


 黄金の瞳がこちらを見ていた。


『人の子らよ』


 昨日とは違い、その声は穏やかだった。


『昨日は世話になった』


「気にするな。体調はどうだ?」


『本調子ではない。だが自由に動き回れる程度には回復した』


 それなら一安心だ。


「そうか。それは良かった」


『うむ』


 しばらく沈黙が流れる。

 だが、どうにも様子がおかしい。礼を言うためだけに現れたようには見えない。


「何か用があるのか?」


 そう尋ねると、ノクスレヴィアはゆっくり視線を森の方へ向けた。

 黄金の瞳が鋭く細められる。


『お前たちが追っている者たちかは分からぬ』


 その声には警戒が滲んでいた。


『だが、良くない気配を持った者が森へ入っていった』


「森に?」


『ああ』


 ノクスレヴィアが頷く。


『昨日の夜からだ』


 俺たちは顔を見合わせた。

 まさか。


「特徴は?」


『黒いローブを纏っていた』


 その瞬間、全員の表情が変わった。

 《黒蛇》。まず間違いない。


「教えてくれてありがとう」


『気をつけろ』


 ノクスレヴィアはそれだけ言うと、再び湖の中へ沈んでいった。

 俺たちはノクスレヴィアが見ていた方の森へと足を踏み入れる。


「いると思うか?」


 ライオネルが小声で聞く。


「分からない。でもノクスレヴィアが言うなら何かあるはずだ」


 警戒しながら進む。ルナとノアも周囲へ意識を向けていた。

 しばらく進むと、不自然なほど開けた場所へ出た。草木が少ない。人の手が入ったような空間だった。


「ここ……」


 誰かが使っている場所か?辺りを見回す。だが人影はない。


「いないのか?」


 そう思った時だった。


『ご主人』


 ノアの声が鋭くなる。


『誰か来る』


 同時にルナも低く唸った。

 俺たちは即座に警戒態勢を取る。

 数秒後。

 森の奥から三つの人影が現れた。全員が黒いローブを纏っている。その時点で十分怪しい。

 魔眼で現れた人物を見ると《黒蛇》の文字。

 そして中央にいる男の上には《黒蛇幹部》。


「……っ」


 思わず息を呑みそうになる。

 幹部。

 海で遭遇した連中より遥かに上だ。

 今までで一番危険な相手かもしれない。


「おや?」


 男が笑った。

 まるで散歩中に知人と出会ったかのような軽い口調だった。


「こんなところに人がいるとは思いませんでした」


 優しそうな声。

 だが直感が警鐘を鳴らしている。

 危険だ。


「貴方達は?」


「ただの冒険者だ」


「冒険者?」


「この街に来たばかりなんだ。湖の周辺を見て回っていた」


 男は数秒俺たちを見つめる。まるで値踏みするように。

 嫌な汗が背中を流れた。

 ライオネルもロベルトも黙っている。

 下手なことを言えば終わりだ。

 やがて男は微笑んだ。


「なるほど。その言葉は信じてあげましょう」


 信じてはいない。だが今は見逃す。

 そんな意味が込められている気がした。


「そちらは?」


 男に聞くと少し考える仕草を見せた。


「私達ですか?」


 そして笑う。


「秘密です。冒険者が知ってもどうしようもないことですから」


 そう言うと、男は森の奥を指差した。


「ちなみに、この森には何もありませんよ」


「そうですか」


「ええ。ですので街へ戻ってはいかがです?」


 その言葉に背筋が冷えた。

 帰れ。

 それは忠告なのか。それとも脅しなのか。

 どちらにせよ、これ以上踏み込めば危険だ。

 本能がそう告げていた。


「分かりました。珍しいものでもあるかと思ったんですがね」


 男は笑う。


「残念でしたね」


「では」


 俺たちは踵を返した。

 背中を見せるのは怖かった。

 だが振り返らない。走らない。

 普通の冒険者として振る舞う。

 森を抜けるまで気が抜けなかった。


 街へ戻った瞬間。

 全身から力が抜けた。


「はぁ……」


 思わずその場へ座り込む。


『ご主人!?』


 ルナが慌てて駆け寄ってきた。


『大丈夫!?』


「ああ……大丈夫だ」


 ただ、思っていた以上に緊張していたらしい。


「レオルドでもそんな顔するんだな」


 ロベルトが苦笑する。


「当たり前だろ」


 俺は肩を竦めた。


「あれは今まで会った相手の中でもかなり危険だった」


 魔眼がなければ分からなかった。

 だが、あの男は間違いなく強い。

 そして恐らく――。

 俺たちが《黒蛇》を追っていることにも気づいていた。

 それでも見逃した。理由は分からない。だが嫌な予感しかしない。


「今日は休もう。無理しても仕方ない」


 ライオネルとロベルトも頷いた。

 俺たちは宿へ戻り、それぞれの時間を過ごした。

読んでいただきありがとうございます!

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