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跡取りになれなかった公爵嫡男は、前世の夢だった“自由な旅”を選ぶ  作者: みのり
一章 目覚めと旅立ち

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第4話 火を持たぬ者(回想②)

 水晶に手をかざして、どれくらい経っただろうか。

 数分――そう説明されていたはずなのに、やけに長く感じる。

 祈りの間は静まり返り、誰も言葉を発しない。

 ただ、水晶の中に何かが浮かび上がる瞬間を待っている。

 俺自身も、息を止めるようにしてその時を待っていた。

 やがて――水晶の内側が淡く光を帯びる。

(来る……)

 ごくり、と喉が鳴る。

 そして、ゆっくりと文字が浮かび上がった。


 ――魔眼。

 ――空間魔法。

 ――テイム。

 ――召喚魔法。


「……え」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 視界に映っているはずの文字が、意味を結ばない。

 頭が理解を拒んでいる。

 火魔法は――どこだ。

 もう一度、水晶を凝視する。

 浮かび上がっている文字を、一つ一つなぞるように確認する。

 魔眼。空間魔法。テイム。召喚魔法。

 ……それだけだ。

 どこにも、火の文字はない。

「う、そ……」

 掠れた声が漏れる。

 違う。見間違いだ。

 そう思って、何度も見返す。

 だが結果は変わらない。

 どれだけ目を凝らしても、そこにあるのは見慣れない適性ばかりで――肝心の火魔法は、存在しなかった。

 膝から力が抜ける。

 立っていられず、その場に崩れ落ちた。

 冷たい床の感触が、妙に鮮明だった。

「レオルド! どうした?」

 父上の声が、遠くに聞こえる。

「神官殿、レオルドの適正はどうだったのだ?」

 問いかける声は落ち着いているが、その奥にわずかな緊張が混じっているのが分かった。

 神官――ラルクが、少し言い淀む気配を見せる。

「……レオルド様の適正魔法ですが」

 その一言で、祈りの間の空気がさらに重くなる。

「大変申し上げにくいのですが――火魔法の適性は、確認できませんでした」

 その言葉が、はっきりと耳に届いた瞬間。

 世界の音が消えたように感じた。

 何も聞こえない。

 何も考えられない。

「適正魔法は、魔眼、空間魔法、テイム、召喚魔法となっております」

 続けられた言葉も、どこか遠くで響いているようだった。

 誰かが息を呑む気配がする。

 それが誰なのかも分からない。

 ただ――分かるのは一つだけ。

(……ない)

 火魔法が、ない。

 ランハード公爵家の当主に必要なものが、俺にはない。

 それだけだった。


(どうして……)

 頭の中で、同じ言葉が何度も繰り返される。

(どうして、ないんだ)

 俺は、ずっとそのために努力してきたのに。

 長男として。

 跡取りとして。

 父上のようになるために。

 すべてをそこへ向けてきたのに。

 それが――最初から、意味のないものだったと言われたような気がした。

「レオルド」

 不意に、優しい声が降ってくる。

 顔を上げると、父上がすぐそばに立っていた。

 そして、静かに俺の頭へ手を置く。

「火魔法が使えなくとも、お前はまだ子供だ」

 穏やかな声。

 諭すような、いつも通りの父の声音。

「これから何にだってなれる。公爵家の当主にはしてやれないが、それ以外の道であれば、できる限り手助けしよう」

 その言葉は、優しさだった。

 分かっている。

 責めるのではなく、支えようとしてくれているのだと。

 でも――

(違う)

 俺が欲しかったのは、そんな言葉じゃない。

 俺がなりたかったのは。

 望んでいたのは――

「レオルド!」

 今度は、ライオネル殿下の声が響く。

 振り向けば、彼が一歩前へ出ていた。

「ランハード公爵の言う通りだ。まだ道はある」

 はっきりとした声で言い切る。

「お前は優秀だ。俺の側近であれば、六大魔法が使えずとも務まる。王宮の文官になる道もある」

 励まそうとしてくれているのが分かる。

 俺の努力を知っているからこそ、別の道を示してくれているのだ。

 それでも――

(違う)

 それじゃない。

 俺が望んでいた未来は、それじゃない。

 頭では理解できるのに、心がまったくついていかない。

「レオルド」

 今度は母上の声だった。

 いつの間にか近くまで来ていて、しゃがみ込んだ俺の視線に合わせるようにして微笑んでいる。

「一度お部屋に戻りましょう」

 その手が、そっと俺の肩に触れる。

「魔法の適性がどうであれ、あなたは私たちの大切な子よ」

 優しい声。

 包み込むような言葉。

「長男だから、長女だからといって、必ずしも望むものが手に入るわけではないの」

 そう言って、ゆっくりと立ち上がるよう促される。

 足に力が入らない。

 けれど、母上に支えられながら、なんとか立ち上がる。

 周囲の視線が、痛いほどに感じた。

 同情。

 心配。

 安堵。

 いろんな感情が混じっているのが分かる。

 けれど、そのどれもが――今の俺には重すぎた。


 そのまま、覚束ない足取りで祈りの間を後にする。

 廊下に出ても、何も考えられなかった。

 ただ、足を前に出すことだけに意識を向ける。

 部屋に戻るまでの記憶が、ほとんど残っていない。


 気づけば、自室のベッドに腰を下ろしていた。

 静かだ。

 さっきまでの空気が嘘のように、何も聞こえない。

 けれど――頭の中だけが、やけに騒がしい。


(どうして?)

(なんで、火魔法がない?)

(俺は、これからどうなる?)


 同じ問いが、ぐるぐると回り続ける。

 答えは出ない。

 出るはずもない。


 父上は言った。

 当主にはなれないと。

 ライオネル殿下は言った。

 別の道があると。

 母上は言った。

 それでも大切な子だと。


 ――誰も、俺を責めない。


(なんでだよ)

 胸の奥が、じくじくと痛む。

 怒られる方が、どれだけ楽だったか。

 失格だと切り捨てられた方が、どれだけ分かりやすかったか。

 けれど現実は違う。

 優しく、道を示される。

 まだ大丈夫だと、言われる。


(でも俺は)

 俺は、父上のようになりたかった。

 ランハード公爵として、この家を継ぎたかった。

 そのために、今までやってきたのに。


 それが、できない。


「……はは」

 乾いた笑いが漏れる。

 何がおかしいのか、自分でも分からない。

 ただ、笑うしかなかった。


「俺は……どうすればいいんだよ……」


 呟いた声は、誰にも届かず、静かな部屋の中に消えていった。

読んでいただきありがとうございます!

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