表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
跡取りになれなかった公爵嫡男は、前世の夢だった“自由な旅”を選ぶ  作者: みのり
一章 目覚めと旅立ち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/6

第3話 鑑定の儀(回想①)

 十歳の誕生日を迎えたその日、俺は息苦しいほどの緊張の中にいた。

 朝から屋敷の空気が、いつもと違う。

 使用人たちは普段通りに動いている。廊下も、食堂も、庭も、見慣れたランハード公爵邸そのものだ。それなのに、どこか全体が静かに張り詰めているように感じた。

 理由は分かっている。

 今日、俺の鑑定の儀が行われるからだ。

 この世界では、平民も貴族も関係なく、十歳になると適正魔法を調べる。それが鑑定の儀。

 平民は月に一度、教会に集まり神官の立ち会いのもとで受ける。貴族の場合は少し違い、誕生日当日に屋敷へ神官を招き、家族や関係者の前で行うのが通例だった。

 普通の家なら、それは子の将来を占う一つの節目にすぎない。

 けれど、俺にとっては違う。

 ランハード公爵家は、ジェノーバ王国における四大公爵家の一つだ。

 火、水、風、地。

 王家を支える四つの大魔法を司る家系。その中で、ランハード家は代々火魔法の適正を持つ者が当主の座についてきた。

 つまり、俺がこの家の跡取りであり続けるためには、火魔法の適正が必要なのだ。

 長男として生まれた以上、当然のようにそれを期待されている。

 いや、誰かに強く押しつけられたわけではない。父上も母上も、無理をしろとは言わなかった。使用人たちも、俺を責めるような目で見たことは一度もない。

 それでも俺は、ずっと思っていた。

 長男なのだから。

 ランハード公爵家に生まれたのだから。

 父上のように、領民に慕われ、この国を支える存在にならなければならないのだと。

 だから、幼い頃から勉学に励んできた。

 歴史、政治、領地経営、礼儀作法、魔法理論。

 遊びたいと思った日がなかったわけではない。庭で弟のリュシカが笑っている声を聞きながら、机に向かったことも一度や二度ではなかった。

 それでも、やめなかった。

 父上の背中を見ていたからだ。

 公爵として臣下に慕われ、領民の暮らしを考え、王国のために働く父上。

 そんな姿に憧れていた。

 俺もいつか、あの人のようになりたい。

 そう思っていた。

 ――けれど。

 本音を言えば、長男として生まれたくなかったと思ったこともある。

 公爵家でなければ。

 跡取りでなければ。

 火魔法の適正を期待される立場でなければ。

 冒険者と呼ばれる者たちのように、各地を旅してまわることもできたのだろうか。

 見たことのない街を歩き、知らない土地の料理を食べ、遠い国の景色を自分の目で見る。

 そんな生き方に、憧れがなかったと言えば嘘になる。

 でも、それは心の奥にしまい込んだ。

 俺はランハード公爵家の長男なのだから。

 自由を望むことさえ、どこか許されない気がしていた。


「レオルド、顔が硬いぞ」

 声をかけられて顔を上げると、そこにはライオネル殿下がいた。

 ジェノーバ王国第一王子。

 俺より一月早く十歳になった、幼馴染でもある。

 王族らしい金の髪に、澄んだ青い瞳。黙っていれば絵画に描かれる王子そのものなのに、俺の前では昔から遠慮がない。

「……硬くもなりますよ」

 俺がそう答えると、ライオネル殿下は苦笑した。

「まあ、無理もないか。だが、心配するな。お前がどれだけ頑張ってきたか、俺は知っている」

「殿下……」

「神も見ているはずだ。きっと火魔法の適正を授けてくれる」

 その言葉は、励ましだった。

 実際、ライオネル殿下はずっと俺を見てきた。

 王宮で共に学ぶ日も多く、俺がどれだけランハード家の跡取りとして努力してきたかも知っている。

 だからこそ、その言葉は嬉しかった。

 嬉しかったのに――胸の奥が、さらに重くなった。

 期待されている。

 父上にも、母上にも、使用人たちにも、そして王太子である幼馴染にも。

 その期待に応えられなかったら、俺はどうなるのだろう。

 いや、俺だけではない。

 ランハード家は。

 父上は。

 母上は。

 弟のリュシカは。

「……ありがとうございます」

 どうにか笑みを作って答える。

 ライオネル殿下は俺の肩を軽く叩いた。

「大丈夫だ。お前なら」

 その何気ない一言に、俺は小さく頷くことしかできなかった。


 やがて、鑑定の儀の時刻が近づいた。

 案内されたのは、公爵邸の奥にある簡易的な祈りの間だ。

 屋敷の中でも特に静かな場所で、普段は家族が節目の祈りを捧げる時に使われている。

 扉の前に立った瞬間、喉が乾いた。

 心臓の音がやけに大きく聞こえる。

(大丈夫だ)

 自分に言い聞かせる。

(俺は今まで頑張ってきた。長男として、跡取りとして、父上のようになるために)

 火魔法の適正はあるはずだ。

 なければ困る。

 そんなはずがない。

 神様が本当にいるのなら、きっと俺の努力を見てくれているはずだ。

 深く息を吸い、ゆっくり吐く。

 それでも指先の震えは完全には止まらなかった。

 隣に控えていたエリーが、心配そうに俺を見る。

「レオルド様……」

「大丈夫」

 そう答えた声が、自分でも少し硬いと分かった。

 けれど、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 俺はランハード公爵家の長男なのだから。

 扉が開かれる。

 祈りの間に足を踏み入れると、室内にいた全員の視線が俺へ向けられた。

 父上、母上。

 ライオネル殿下。

 家宰のグレイル。

 専属侍女のエリー。

 そして、儀式を執り行うために招かれた神官。

 中央の台座には、澄んだ水晶が置かれていた。

 光を受けて淡く輝くその水晶が、今日、俺の未来を決める。

 そう思った瞬間、足元が少しだけ不安定になった気がした。

「レオルド」

 父上が穏やかな声で俺を呼ぶ。

「落ち着いて行いなさい」

「はい、父上」

 母上も不安そうに見えたが、何も言わずに微笑んでくれた。

 その優しさが、今は少しだけ痛い。

 俺は神官の前まで進む。

 神官は三十代後半ほどの男性で、柔らかな物腰をしていた。

「レオルド様。本日、鑑定の儀のため参りました神官のラルクと申します」

 神官は丁寧に頭を下げる。

「ラルク神官様、よろしくお願いいたします」

 俺も貴族として失礼のないように礼を返した。

「では、こちらの水晶に手をかざしていただけますか」

 ラルク神官が台座の水晶を示す。

「数分ほどで、水晶の中に適正魔法が文字として浮かび上がります」

「……はい」

 返事をしたものの、すぐには動けなかった。

 水晶が、ただの石には見えない。

 俺のこれまでと、これからを分ける境界線のように思えた。

 火魔法。

 その二文字が浮かび上がれば、俺はこれまで通りランハード公爵家の跡取りでいられる。

 父上のようになる道が、続いていく。

 けれど、もし違ったら。

 もし、火魔法の適正がなかったら。

 その先を考えそうになって、慌てて思考を止めた。

 考えるな。

 今はただ、信じればいい。

 俺は深く息を吸った。

 父上の視線を感じる。

 母上の祈るような気配を感じる。

 ライオネル殿下が、真剣な顔でこちらを見ているのが分かる。

 エリーも、家宰も、誰もが息を潜めていた。

 静まり返った祈りの間。

 自分の心臓の音だけが、やけにうるさい。

(大丈夫だ)

 もう一度、自分に言い聞かせる。

(俺は、ランハード公爵家の長男だ)

 そして俺は、震えそうになる指先を抑えながら、ゆっくりと水晶へ手をかざした。

読んでいただきありがとうございます!

面白いと思ったら⭐︎を押していただけたら投稿の励みになります☆彡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ