第33話 湖畔都市ルグレイス
丘の上から眺めた巨大な湖は、時間が経っても見飽きることがなかった。
青く透き通る湖面。陽の光を反射して煌めく水面。そして、その湖を囲うように築かれた巨大な街、湖畔都市ルグレイス。
シュリベリア王国でも有数の観光都市と呼ばれる理由がよく分かる。
だが、いつまでも丘の上にいるわけにもいかない。
「そろそろ行くか」
俺がそう言うと、隣で湖を眺めていたライオネルが大きく伸びをした。
「だな。腹も減ったし」
「まずは宿とギルドだな」
「その後は飯だ!」
ロベルトが呆れたように笑う。
「結局それかよ」
街の入口には高い石壁と巨大な門があり、多くの人が出入りしている。
観光客、商人、冒険者。
湖という巨大な資源を中心に栄えている街らしく、人の流れが絶えない。
門で身分確認と簡単な手続きを済ませ、街の中へ入る。
「……すごいな」
思わず声が漏れた。
港町のような活気がある。
だが海辺の街とはまた違う。
海の街は荒々しく豪快な雰囲気が強かったが、この街はもっと華やかだった。
湖沿いには露店が並び、湖魚を焼く香ばしい匂いが漂っている。
観光客向けなのか、アクセサリーや民芸品を売る店も多い。
湖を眺めながら歩ける石畳の通りには恋人同士らしい男女の姿も目立っていた。
「なんか平和な街って感じだな」
「観光地だからだろ。でも、こういう街ほど裏があるんだよなぁ」
「お前はもっと夢を見ろ」
軽口を叩きながら歩き、やがて冒険者ギルドへ辿り着いた。
ルグレイスの冒険者ギルドはかなり大きかった。
二階建ての石造りで、人の出入りも多い。
扉を開けた瞬間、酒と料理の匂い、それに冒険者たちの喧騒が耳に入ってきた。
俺たちは魔眼で信頼度を確認して信頼度の高い受付へ向かう。
赤髪を後ろで束ねた、「姐さん」と言いたくなる見た目の女性だ。
美人ではあるが、正直ちょっと怖い。
「依頼か?」
「この街に今着いたばかりなんですが、何か手頃な依頼はありますか?あと、従魔二頭と泊まれる宿があれば教えてほしいです」
「依頼と宿ねぇ……ん?」
受付の女性は俺とルナ、ノアを交互に見た後、何かに気づいたように手元の資料を確認した。
「あんた……ジェノーバ王国のランハード公爵家の関係者か?」
「……まぁ、そんなところです」
「連絡が来てる。ちょっと待ちな」
そう言って受付の女性は奥へ消えていった。
しばらくすると、柔らかな雰囲気の男性を連れて戻ってくる。
「レオルド様……で間違いありませんね?私はこの支部の副ギルド長です。少しギルド長室までお越しください」
「あ、はい」
優しそうな人だな。
そう思っていると、受付の女性がぼそっと呟いた。
「その人、怒らせると怖いから気をつけな」
「……そうなんですか?」
副ギルド長はにこやかに笑っている。
全然そんな風には見えない。
だが、こういうタイプほど怒ると怖いというのは、前世でもよく聞いた話だった。
副ギルド長に案内され、ギルド長室へ入る。
部屋の中にはダンディな雰囲気の男性が座っていた。
年齢は四十代くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気だが、かなり強そうだ。
「ああ、君たちがジェノーバ王国から来た子達だね」
「はい。レオルドです。こっちはライオネルとロベルト。そして従魔のルナとノアです」
「家名は名乗らない……つまり平民扱いで構わないということかな?」
「ええ。旅の間はそのつもりです」
「了解した」
ギルド長は頷くと、早速本題に入った。
「実は君たちに依頼したいことがある」
「依頼、ですか?」
「最近、この湖で妙な被害が増えていてね」
空気が少しだけ重くなる。
「湖で漁をした漁師たちから被害報告が上がっている。釣れた魚が異常な状態なんだ」
「異常?」
「生きている魚なのに、捌くと肉が変色している。食べられる状態じゃない」
毒、かな?
「人的被害は?」
「今のところはない。ただ、このまま放置すれば時間の問題だろう。領主側、国、共に動いている。だが原因不明だ」
ギルド長は机に肘をつきながら続ける。
「毒が湖に流されているのは間違いない。だが、いつ、誰が、どうやってやっているのかが掴めない。なので調査依頼と可能なら解決をお願いしたい」
俺は少し考える。
湖ほど巨大な場所に毒を撒くとなると、かなり大規模な話になる。
自然発生か、人為的なものかでも話が変わる。
「期限と報酬は?」
「期限は君たちがこの街に滞在している間だ。調査だけなら金貨二枚。もし原因の特定と被害の解決まで辿り着ければ、報酬は金貨三十枚になる」
「……結構出しますね」
「街の死活問題だからな」
確かに、この街は湖で成り立っている。
漁業も観光も駄目になれば大打撃だ。
「どうする?」
俺が二人に聞くと、ライオネルが肩を竦めた。
「レオルドが決めればいいんじゃね?」
「どうせ調査の中心はお前だしな」
確かに、俺というより従魔のルナたち頼りなんだけどな。
ルナとノアはすでに飽きたのか、俺たちの足下で丸くなって眠っている。わざわざ起こすのも少し申し訳ない。
「……分かりました。依頼は受けます。ただ、結果は保証できませんよ」
「調べてもらえるだけでもありがたい」
ギルド長はほっとしたように笑った。
「それと、従魔と泊まれる宿でしたね」
「ああ。おすすめあります?」
「それなら『湖灯り亭』がいい。飯も美味いし、亭主が動物や魔獣専門の医者だ」
「魔獣専門?」
さすが騎獣文化が盛んな国だ。
そういう専門職までいるのか。
「ありがとうございます。行ってみます」
ギルドを後にした俺たちは、教えられた宿へ向かった。
『湖灯り亭』は湖沿いに建てられた三階建ての宿だった。
木造主体の温かみある建物で、入口には青いランタンが吊るされている。
中へ入ると、柔らかな笑みを浮かべた女将さんが迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「部屋空いてますか?」
「もちろん。従魔連れでも大丈夫よ」
ギルド長曰く、かなり評判の良い宿らしい。
亭主も気さくな人だったが、ルナとノアを見た瞬間に目を輝かせた。
「おぉ……!綺麗な子達だな……!」
「好きなんですか?」
「大好きだ!」
すごい勢いだった。
ルナは少し引いていたが、ノアは満更でもなさそうに尻尾を揺らしている。
部屋を確保した後、俺たちは再び湖へ向かった。
「本格的な調査は明日からだな」
「今日は街の確認くらいでいいだろ」
湖畔には観光客が大勢いた。
散歩をする人。
露店で買い物を楽しむ人。
平和そのものだ。
「……こんな街で毒事件か」
正直、実感が湧かない。
「お、見ろレオルド」
ライオネルが指差した先には巨大な船があった。
白を基調とした豪華な船体。
湖の上をゆっくり進む大型遊覧船だ。
「遊覧船か」
「せっかくだし乗ってみようぜ」
「調査目的じゃなくて普通に乗りたいだけだろ」
「うっ……!」
図星だったらしい。
「ち、違うぞ!?上から湖を見れば何か分かるかもしれないだろ!」
「はいはい」
ロベルトが苦笑をしながら適当に流している。
「まぁ、でも悪くない案だな」
「ルナ、ノア。遊覧船乗るけどどうする?」
『ぼく、水遊びしたい!』
『私はどっちでもいいけど、ルナが残るなら一緒にいるわ』
ルナは尻尾をぶんぶん振っている。
完全に遊ぶ気だ。
「分かった。ただし人の少ない場所で遊べよ。何かあったらすぐ念話してくれ」
『はーい!』
『任せて』
次の瞬間、二匹は軽やかに駆け出していった。
「……元気だなぁ」
「子供だからな」
ルナとノアを見送り、俺は湖へ視線を向けた。
巨大な遊覧船が、夕陽を反射する湖面をゆっくり進んでいく。
……その湖の奥底に、何が潜んでいるのか。
まだ、この時の俺たちは知らなかった。
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