幕間 兄上が帰ってきた(リュシカ視点)
去年の春頃。
レオルド兄上は「海を見てみたい」と言い、カナルア公爵領の港街へ旅立たれた。
最初はとても心配だった。
兄上は鑑定の儀の後、一度大きく体調を崩されている。
だから母上も最後まで反対していたし、僕もできれば王都にいて欲しかった。
でも兄上は、自分の目で世界を見た言い、父上は条件付きで許可を出した。
そして約一年後。
初夏の暖かい風が吹く頃、兄上はランハード公爵邸へ戻って来られた。
「ただいま」
そう言って笑う兄上は、旅立つ前より少しだけ大人びて見えた。
それに――。
「わぁ……」
兄上の隣には、見たこともない魔獣がいた。
白い毛並みを持つ狼のような魔獣と、黒猫の魔獣。
最初は少し怖かったけれど、兄上が「大丈夫だ」と言ってくれたので近づいてみた。
白い狼の魔獣はルナ。
黒猫の魔獣はノア。
どちらも兄上の従魔らしい。
聞けば、アルヴェルグの希少種と、ヴェルノクスという伝説上の魔獣なのだとか。
父上も驚いていた。
それだけではない。
港街の海の主と呼ばれているノクティルカや、レヴィアシールという海の魔獣とも契約したらしい。
兄上は本当にすごい。
昔から勉強も剣もできたけれど、旅に出てから更にすごくなった気がする。
その日から、僕は毎日兄上の旅の話を聞いた。
港街のこと。
海のこと。
冒険者ギルドのこと。
特に驚いたのは密輸船の話だった。
裏組織。
海の主の暴走。
港での騒動。
物語の中みたいな話ばかりで、聞いているだけで胸が高鳴った。
「僕も海を見てみたい!」
そう言うと、兄上は少し笑って言った。
「じゃあ、連れて行ってやるよ」
そして本当に連れて行ってくれた。
初めて見る海は、とても綺麗だった。
空よりも広く見えて、太陽の光を反射してキラキラ輝いていた。
波の音も心地良くて、ずっと見ていたくなる景色だった。
「どうだ?」
「すごい……!」
兄上が見た景色を、僕も見ることができた。
それがとても嬉しかった。
ライオネル殿下も一緒だった。
どうやら兄上たちについて勝手に旅へ出ていたらしく、反省の意味も込めてしばらくは王都にいることになったらしい。
その間、僕はルナやノアと遊んだ。
最初は怖かったけれど、二頭とも優しかった。
特にルナは撫でると気持ち良さそうにしてくれる。
ノアは最初少し警戒していたけれど、おやつをあげたら許してくれた。
それから兄上やロベルトさんとも剣の稽古をした。
兄上は旅に出る前より強くなっていた。
ロベルトさんもすごい。
二人の剣を見ていると、僕ももっと強くなりたいと思う。
「リュシカも筋がいいな」
兄上にそう言われた時は、本当に嬉しかった。
勉強も以前より頑張るようになった。
兄上が見てきた世界を聞けば聞くほど、自分の知らないことがたくさんあるのだと分かるからだ。
兄上は春頃になったら、また旅へ出るらしい。
今度はどこへ行くのだろう。
雪国だろうか。
砂漠だろうか。
それとも、もっと遠い国だろうか。
兄上が見て綺麗だと思った景色を、いつか僕も見てみたい。
だからもっと強くなりたい。
兄上を守れるくらいに。
父上は、兄上の持つ四つの適正について知らなかったと言っていた。
けれど本当は知っていたみたいだ。
僕はまだ難しくて全部は理解できない。
だけど、僕たちの大叔父様も兄上と同じ四つの適正を持っていたらしい。
魔眼。
空間魔法。
テイム。
召喚魔法。
数十年から数百年に一度しか現れない特別な力。
大叔父様は、兄上が生まれて少ししてから天へ旅立たれた。
その時、生まれたばかりの兄上を見て言ったらしい。
『次はこの子を守れ』と。
秘宝が存命だからランハード公爵家は栄え、この国は災害に飲まれずに済んでいるとも聞いた。
僕にはまだ難しい。
でも分かることもある。
兄上はとても大切な存在だということ。
そして兄上は、一人で全部背負おうとする人だということ。
だから僕も強くならないといけない。
「兄上」
「ん?」
「僕、もっと強くなるよ」
兄上は少し驚いた顔をした後、優しく笑った。
「そっか」
「兄上みたいに賢くないし、強くもないけど……兄上一人くらい守れるようになる」
「ははっ。頼もしいな」
兄上は笑いながら僕の頭を撫でた。
その手は昔より少し硬くなっていた。
きっと旅をしてきたからだろう。
兄上。
また旅へ行く時は、無事に帰ってきてください。
そしてまた、色々な話を聞かせてください。
兄上が見た景色を、僕にも見せてくださいね。
読んでいただきありがとうございます!
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