幕間 友の見ている世界が見たくて(レオルド視点)
幼い頃から、俺はレオルドと共にいることが多かった。
ランハード公爵家嫡男。
次期公爵として育てられていた少年。
勉学も剣術も魔法も努力していた。
幼いながらに、自分が将来公爵家を背負うのだと理解していたのだろう。
だからこそ、鑑定の儀で火魔法の適正がなかった時の衝撃は大きかった。
池に飛び込んだと聞いた時は本気で肝が冷えた。
一時は命の危険すらあったらしい。
だが、奇跡的に助かり、目を覚ましたレオルドは以前よりどこか吹っ切れたような顔をしていた。
そして言ったのだ。
『世界各地を見て回りたい』
と。
その時、思った。
いずれ国王として玉座に縛られるより、俺もそちらへ行きたいと。
友の見ている世界を見てみたいと。
だから父上と母上――国王陛下と王妃陛下に何度も頼み込んだ。
「俺も旅に出たい」
だが返ってくるのは決まって同じ答え。
「駄目だ」
弟のラルクの方が優秀だ。
王としても向いている。
そう言っても駄目だった。
毎日のように説得したが、レオルドが王都を出る日まで許可は出なかった。
なので仕方なく、こっそり抜け出した。
父上の寝室に置いてあった、一番小さく価値が低そうなマジックバッグを拝借し、置き手紙を残す。
『レオルドと旅に出る』
後でめちゃくちゃ怒られるだろうとは思った。
だが、その時の俺はそんなことより王宮の外へ出たい気持ちの方が勝っていた。
王族専用の転移魔法陣を使い、レオルドたちが泊まっていた宿屋へ向かう。
突然現れた俺を見たレオルドは、ものすごく嫌そうな顔をした。
「……何してるんだ?」
「お前たちに着いて行こうと思ってきた」
「いや意味が分からない」
その後かなり文句を言われたが、最終的には同行を許された。
そして俺たちは港街へ向かった。
途中の村や街も新鮮だった。
王宮では見たことのない景色ばかり。
夜空。
森。
野宿。
焚き火。
どれも新鮮だったが、一番衝撃を受けたのは海だった。
港街へ到着した日。
初めて見た海は、地平線の彼方まで青く広がっていた。
空と海の境界が曖昧で、どこまでも続いているように見える。
「……すごいな」
自然とそんな言葉が漏れた。
悩みなど吹き飛びそうなほど広くて、自由だった。
レオルドも同じ景色を見ていた。
もしかしたら、あいつは昔からこういう世界を見たかったのかもしれない。
王宮という窮屈な場所より。
貴族として縛られた生き方より。
自由に世界を巡りたかったのだろう。
そんな友の見ている世界を見たくて、俺は王宮を飛び出した。
そして結果から言えば、飛び出して正解だった。
密輸船騒動。
裏組織《黒蛇》。
海の主ノクティルカ。
危険なことも多かった。
だが、王宮で座っているだけでは絶対に経験できないことばかりだった。
特にノクティルカが暴れた時など、本気で死ぬかと思った。
レオルドは妙に冷静だったが。
あいつ、肝が据わりすぎなんだよな。
そして港街での騒動も落ち着き、俺たちは王都へ戻ることになった。
本当はまだ港街に残りたかった。
だがレオルドとロベルトに無理やり連れ帰られた。
そして王都。
ランハード公爵邸へ転移した瞬間。
「殿下」
低い声が響く。
目の前にはランハード公爵。
笑顔だった。
だが目が笑っていない。
「言いたいことはお分かりですよね?」
「うっ……」
「国王陛下と王妃陛下も大変お怒りです」
逃げたい。
だが無理だ。
「殿下の言い分は聞きます。ですが、しばらく王宮から出られないと思ってください」
「か、勝手に抜け出したのは悪かったが、その……王宮に閉じ込めるのはどうかと。なぁ、レオルド」
「父上。しばらくどころか、ずっと王宮に縛り付けていてもいいのでは? 多分、いくら怒っても反省しませんよ」
裏切られた。
俺はショックを受けた。
だがそんな俺を無視し、そのまま王宮へ連行された。
父上にも母上にも、しっかり説教された。
本当にしっかりと。
数時間単位で。
だが、その後意外な話が出た。
「お前は王位継承権を返上しろ」
最初は驚いた。
あれほど頑なだった父上が、そんな言葉を口にしたのだから。
元々、俺が立太子していたのは長男だからという理由と、レオルドが王宮で働く可能性があったからだ。
だが、レオルドは旅を選び、俺もまた勝手に王宮を抜け出した。
自分が国王の器ではないことくらい、俺自身が一番よく分かっている。
だからこそ、王位継承権を失うことに不満はなかった。
何かあれば、王家の一員として動く。
――そのくらいが、きっと俺にはちょうどいい。
ラルクなら、きっと良い王になるだろう。
問題は別にあった。
「罰として、レオルドが再び旅立つまで私たちの秘書として書類整理などを手伝え」
父上が笑顔で言った。
いや、笑顔だったが絶対怒っていた。
母上も頷いていた。
そして現在。
俺の目の前には大量の書類が積まれている。
「……多くないか?」
「勝手に転移魔法陣を使い、父上のマジックバッグまで持ち出したんだから当然でしょう?」
ラルクが涼しい顔で言う。
こいつ絶対楽しんでる。
だが、まあいい。
王宮の外には、まだ見たことのない景色がたくさんある。
海。
山。
雪国。
砂漠。
次はどんな景色が待っているのだろう。
それを思えば、この程度耐えられる。
「ラルク。俺が悪かったのは十分理解しているが、俺に回す書類、もう少し減らしてくれないか?」
「嫌です」
即答したラルクを睨むが涼しい顔をして部屋を出て行きやがった。
本当に俺の弟なんだよな、あいつ。
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