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跡取りになれなかった公爵嫡男は、前世の夢だった“自由な旅”を選ぶ  作者: みのり
二章 海風の街

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第30話 自由の選択

 暴走していた海の主ノクティルカ――いや、ティルとの契約も終わり、ようやく港に静けさが戻ってきた。

 海面にはまだ壊れた船の破片が浮かび、岸壁も所々崩れている。

 被害は大きい。

 だが、死者は出なかった。

 それだけでも十分奇跡だろう。


「そういえば、逃げ出して海に麻薬を投げ込んでいた奴らはどうなったんだ?」


 ふと思い出して聞くと、リヴが器用に前足で海を指差した。


『ああ、あいつらなら今頃海の底だよ』


「……海の底?」


『うん。主を怒らせたからね。二度と上がってこないと思う』


 さらっと怖いことを言う。

 まあ、自業自得と言えばその通りだ。

 海の主を暴走させ、港ごと混乱させようとしたのだから。


「海の方は問題ないのか?麻薬は魚にも毒だって言ってただろ」


『そっちはもう平気よ』


 今度はノアが答える。

『エーテルキャットに浄化をさせたから。魚も普通に食べられるわ』


「そっか」


 なら、本当に一件落着だな。

 後はカナルア公爵家が裏組織の残党をどうにかするだろう。


「じゃあ今日は宿に戻ってゆっくりするか」


「さんせー。いやぁ、疲れた」


 ロベルトが大きく伸びをする。


「今日は絶対ぐっすり寝れる」


「だな。晩飯楽しみだ」


 海猫亭の女将さんの料理は本当に美味い。

 今日は何だろうなと考えながら歩き出そうとした時だった。


「お待ちください」


 セレナ様が俺たちの前へ立ちはだかった。


「まさかとは思いますが、この惨状を放置して帰るおつもりではありませんよね?」


 振り返る。

 港は見事なまでに大惨事だった。

 岸壁は崩れ、漁船は横転し、積荷も散乱している。


「……片付け、大変そうだな」


「他人事みたいに言わないでくださいませ!」


「いや、手伝うよ? 明日」


「今からとは思わないのですね……」


 セレナ様が呆れたように額へ手を当てた。


「いいですわ。明日、必ず来てくださいね。父も到着しますので」


「分かりました」


 どうやら今日は解放してくれるらしい。

 よかった。

 正直、今は眠気の方が強い。


「じゃあ本当に今日は宿に戻るぞ」


「おう!」


『晩ご飯ー』


『今日は魚料理かしら』


 従魔たちまで完全に夕食モードだった。

 翌朝。

 俺たちは再び港へ来ていた。

 既に多くの人が瓦礫撤去や船の修理を始めている。

 流石は港街。

 復旧も早い。


「セレナ様は……いた」


 壊れた大型船の近くで数人と話している。

 俺たちに気づいたセレナ様が軽く手を振った。


「逃げずに来てくださったのですね」


「流石に来ますよ」


「こちら、父のアルス・カナルアです」


 紹介された男性は、セレナ様と同じ青髪にエメラルドグリーンの瞳をしていた。

 穏やかな笑みを浮かべているが、圧はある。

 流石、公爵。


「初めまして。娘から話は聞いているよ」


「レオルドです」


「色々助けてもらったようだね。特に《黒蛇》に関しては」


「お役に立てたなら何よりです」


 カナルア公爵は苦笑した。


「こちらでも調べてはいたんだがね。中々尻尾を掴ませてくれなくて」


 スラム街の隠蔽屋敷についても既に調査が入ったらしい。

 だが、内部はもぬけの殻だったそうだ。


「転移魔法か転移系魔道具を使われた可能性が高い」


「やっぱりですか」


「密輸船にいた者たちはほぼ確保できた。そこから情報を引き出していく予定だ」


 まあ、それはカナルア公爵家に任せればいい。

 正直、尋問とかは関わりたくない。

 するとアルス公爵が少し真面目な顔になった。


「ところで、君たち」


「はい?」


「うちの領地で働く気はないか?」


「……え?」


「もちろん縛るつもりはない。普段は自由で構わない。ただ、今回のような問題が起きた時に力を貸してほしいんだ」


 ああ、やっぱり来たか。

 空間魔法。

 魔眼。

 テイム。

 召喚魔法。

 そして契約している従魔たち。

 どう考えても欲しがられる。

 特にティルまで契約した今となっては尚更だ。


「ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます」


 俺ははっきりそう答えた。


「理由を聞いても?」


「俺たちはまだ旅を続けたいんです」


 海を見たかった。

 前世では見ることができなかった景色を、この目で見てみたかった。

 だから旅に出た。

 まだ見ていない景色がたくさんある。


「今回は海を見るためにここへ来ました。でも、他にも見たい場所がたくさんあるんです」


 山。

 雪国。

 砂漠。

 異国の街。

 知らない景色。

 知らない食べ物。

 知らない人たち。

 全部見てみたい。


「だから、まだどこかに仕えるつもりはありません」


 少しの沈黙。

 そしてアルス公爵は笑った。


「なるほど。無理に引き止めれば、周囲の従魔たちに睨まれそうだからね」


 ちらりと視線を向ける。

 ルナとノアが微妙に警戒していた。

 やめてほしい、その威圧感。


「ですが、春頃まではこの街にいます」


「ほう?」


「冬の海も見てみたいので」


 海にも季節で違いがあるらしい。

 だったら見てみたい。

 ただ、それだけだ。


「俺たちがいる間なら何かあれば手伝います」


「ははは! 十分すぎるよ」


 アルス公爵が豪快に笑う。


「では遠慮なく頼らせてもらおう」


「できる範囲で」


「尋問以外で、だろう?」


「そうです」


 そこは絶対にやりたくない。

 話が終わると、俺たちは港の片付けを手伝うことになった。

 空間魔法で瓦礫を移動させ、壊れた木材を運ぶ。

 ティルの影響なのか、海も以前より穏やかだった。

 それからの日々は平和だった。

 冒険者ギルドで依頼を受けたり。

 ラナへ文字を教えたり。

 海猫亭で美味い飯を食べたり。

 時々セレナ様に呼ばれて港の様子を見に行ったり。

 冬の海は夏とは違って静かで、空気が澄んでいた。

 潮風は冷たかったが、不思議と嫌じゃない。

 前世では病室の窓から空を見ることしかできなかった。

 でも今は違う。

 自分の足で歩いて、自分の目で景色を見ている。

 それだけで十分幸せだった。


「次はどこ行く?」


 ロベルトが聞いてくる。

 俺は冬の海を見つめながら少し考えた。


「そうだな」


 まだ見ぬ景色を思い浮かべる。


「そうだな……。見たい景色を見られたら、一度は帰ると父上と約束しているからな。王都のランハード公爵邸に戻ってから、これからのことは考えるか」


 自由に。

 好きな場所へ。

 それが、今の俺が選んだ生き方だった。

読んでいただきありがとうございます!

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