第28話 海魔獣①
密輸されるはずだった薬物と、密輸船に乗っていた人間たちを捕らえた俺たちは、そのままカナルア公爵邸へ来ていた。
応接間ではセレナ様が疲れたように額を押さえている。
「……被害が出なかったのは良かったのですが」
そこで一度言葉を切り、こちらを見る。
「まさか密輸船に乗っていた者たちまで捕まえてくるとは思いませんでしたわ」
「全員じゃないですけどね」
逃げた連中もいる。
だが、薬物と船を押さえられた時点で、《黒蛇》側からすれば大損害のはずだ。
「後はカナルア公爵家に任せても大丈夫ですか?」
「ええ。父には既に連絡しました」
「もう?」
「明日にはこちらへ到着されると思いますわ」
その言葉にロベルトが首を傾げる。
「いや、王都からここまで普通に来たら数日はかかるだろ?」
俺たちだって寄り道しながらとはいえ、一ヶ月以上かけて来た。
セレナ様は少し考えるような仕草を見せ、それから静かに口を開く。
「本来、次期当主以外には教えてはならないのですが……」
ちらりと俺たちを見る。
「あなた方なら問題ないでしょう。侯爵家と公爵家、それに王族には、“転移魔法陣”が存在します」
「転移魔法陣?」
「ええ。次期当主に確定した時に伝えられ当主と次期当主のみ使用を許された特別なものです」
へぇ……。そんな便利なものがあるのか。ん?
そこで一つ思い当たる。
「……ライオネル」
「な、何だ」
「お前、もしかしなくてもそれ使ってあの宿に来たな?」
「お、俺はそんなもの使ってないぞ!」
思い切り声が裏返っている。
図星か。
「お前ほんと自由だな……」
「別にいいだろ!」
まあ、いいんだけど。帰ったらそれも含めて怒られるだろうな。
そんなやり取りをしていた、その時だった。
『ご主人』
突然、頭の中にノクスキャットの声が響く。
「どうした?」
『逃げた者たちが海へ何か投げ込んでいます』
嫌な予感しかしない。
「何かって?」
『麻薬……だと思います。ただ、よく分かりません』
「麻薬を海に?」
意味が分からない。というか、麻薬隠し持っていたのか。
『この辺りの主が動き始めています』
「……主?」
ロベルトが嫌そうな顔をした。
俺は以前、リヴから聞いた話を思い出す。
この海には“主”がいる。
生態系の頂点。
下手に倒せば海そのものの均衡が崩れる存在。
そして――ルナですら勝てない相手。
「ありがとうノクスキャット。危険だと思ったらすぐ戻れ」
『了解』
念話が切れる。
「まずいな…。リヴ、今大丈夫か?」
『どうしたの?ご主人』
「海に麻薬みたいなものが撒かれたらしい。主が動いてる」
少しの沈黙。
そしてリヴが珍しく低い声を出した。
『あー……それは最悪だね』
「やっぱりまずい?」
『うん。魚にも魔獣にも毒だよ、それ』
リヴ曰く、薬物は人だけでなく海の生き物にも悪影響を与えるらしい。
しかも、海へ大量投棄されたことで主が激怒しているのだという。
『主はこの海を縄張りにしてるから。自分の海を汚されたと思ってるんじゃないかな』
「なるほど……」
そりゃ怒る。
俺だって自分の家に毒撒かれたらキレる。
「リヴ、その主って強いのか?」
『うん。多分、僕でも勝てない』
リヴでも無理。
つまり俺たちではまともに戦えない。
セレナ様も険しい顔をしていた。
「過去にも似たような記録があります」
「え?」
「海の主が暴れ、港が壊滅的被害を受けたそうです」
さらっと恐ろしいことを言う。
「その時はどうしたんです?」
「テイムスキルを持つ者が主を鎮めたと文献にありました」
全員の視線が俺へ向く。
「……え?」
「頑張れ」
ロベルトが肩を叩いてくる。
「いやいやいや。そんな軽く言う!?」
「この中でテイム持ちお前だけだし」
それはそうなんだが。
主ってそんな簡単にテイムしていい相手なのか?
というか出来るのか?
そんなことを考えていると、執事が慌てた様子で応接間へ入ってきた。
「失礼します!」
「どうしました?」
「港で巨大な魔獣が暴れているとの報告が!」
もう来たか。
「船が数隻破壊されております!」
早いな!?
主、行動力高すぎない?
「……しょうがない」
俺は立ち上がった。
「とりあえず行く」
「テイムするのか?」
「できればな」
できなかった場合?
考えたくない。
俺たちは急いで港へ向かった。
街へ近づくにつれ、人々の悲鳴が聞こえてくる。
港へ到着した瞬間――。
「うわ……」
思わず声が漏れた。
海面から巨大な影が姿を現していた。
蛇のように長い体。
深海を思わせる濃紺の鱗。
金色の瞳。
そして何より大きい。
船より大きい。
「これが……主」
港は既に半壊状態だった。
漁船が吹き飛ばされ、人々が逃げ惑っている。
主は咆哮を上げると、海面を尾で叩いた。
巨大な波が発生する。
「やばっ!」
俺は咄嗟に空間魔法で結界を展開した。
波が街へ到達する寸前、透明な壁へぶつかる。
轟音。
だが、何とか防げた。
「レオルド!」
「分かってる!」
このままじゃまずい。
被害が広がる。
「ルナ!ノア!リヴ!」
『うん!』
『任せなさい!』
『行くよ!』
三体が前へ出る。
だが主は全く怯まない。
むしろ怒りが増しているように見える。
「……テイムするしかないか」
俺は深呼吸した。
正直、成功する保証なんてない。
だがやるしかない。
俺は海へ向かって歩き出した。
「おいレオルド!」
「失敗したら頼む!」
「それ一番困るやつだからな!?」
ロベルトの叫びを背に、俺は主を見上げる。
巨大な金色の瞳がこちらを向いた。
怖い。
普通に怖い。
威圧感だけで足が震えそうだ。
だが、逃げるわけにはいかない。
俺はゆっくり手を伸ばした。
「聞こえるか?」
主が低く唸る。
「海を汚した奴らは、俺たちがどうにかする」
主の瞳が細くなる。
「だから少し落ち着いてくれ」
テイム魔法を発動する。
淡い光が広がった。
その瞬間。
主の感情が流れ込んできた。
怒り。憎悪。 縄張りを汚された怒り。
そして――。
苦しみ。
「……っ!」
海に撒かれた薬物。
主自身も毒の影響を受けていたのだ。
「そういうことか……」
暴れていたのは怒りだけじゃない。
苦しかったのだ。
俺は更に魔力を流し込む。
「大丈夫だ。もう毒は撒かせない」
主がこちらを見る。
巨大な瞳が揺れた。
「だから――」
その時だった。
海面下から黒い魔力反応。
魔眼が警告を出す。
――危険。
――敵性反応。
「下がれ!!」
次の瞬間。
海中から巨大な黒い影が飛び出した。
読んでいただきありがとうございます!
長くなったので二話に分けます




