第26話 港の闇
商業ギルドへ戻ると、副ギルド長がすぐに応接室へ案内してくれた。
ラナはノアを抱きしめながら不安そうにこちらを見ている。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ああ、ただいま。ちょっと厄介なことになった」
ラナの頭を軽く撫でながら答える。
俺たちの表情を見たのだろう。商業ギルドの副ギルド長も真剣な顔になった。
「ギルド長もお呼びします」
数分後、商業ギルド長も応接室へやって来た。
「お待たせしました。何か分かったのですね?」
「ああ。かなりまずい」
俺はスラム街で見たことを順番に説明した。
「……まさか、そんなことが」
副ギルド長が青ざめる。
「流石に俺たちだけじゃ荷が重すぎると思って戻ってきたんです」
「正しい判断です」
ギルド長は重く息を吐いた。
「ここ数年、この港街では薬物依存者が急増していました。他国からの密輸も疑われていたのですが、決定的な証拠が掴めなかったのです」
「薬物……」
「ええ。特に港街は海を経由して荷物を運びやすい。しかも他国との交流も多い。密輸には最適な土地です」
なるほど。
活気がある場所ほど、裏社会も入り込みやすいわけか。
「それにしても、転移系魔道具まで使っていたとは……」
ギルド長の表情が険しくなる。
「転移魔道具ってそんなに珍しいんですか?」
「珍しいどころではありません。安価なものでも大金貨八十枚以上。高性能なものなら白銀貨数千枚。一国の年間予算に匹敵する品もあります」
「……高っ」
思わず声が漏れた。
俺は空間魔法で普通に転移していたから感覚が麻痺していたらしい。
そんな高価なものを裏組織が持っている時点で異常だ。
「裏組織が単独で入手できる代物ではありません。どこかの貴族、あるいは権力者が関与している可能性が高いでしょう」
「やっぱりそうなりますよね」
ロベルトも苦い顔をする。
ただの犯罪組織ではない。
国規模で根を張っている可能性がある。
「そういえば、まだ話してませんでしたね」
俺は思い出したように口を開く。
「ボロ屋から出てきた男を魔眼で見たら、《黒蛇》所属って表示されたんです」
「《黒蛇》……」
ギルド長の顔色が変わった。
「ご存知なんですか?」
「もちろんです。この世界に存在する八つの国、それぞれに支部を持つ巨大犯罪組織です」
「そんなにでかいのか……」
「各国の貴族、あるいは国に影響力を持つ者が最低二家以上関わっているとも言われています」
平民では逆らえないわけだ。
後ろ盾が権力者なら、多少問題を起こしても揉み消される。
「《黒蛇》が絡んでいるとなると、商業ギルドだけではどうにもできません」
ギルド長が静かに言う。
「冒険者ギルド、あるいは領主様案件です」
領主。つまりカナルア公爵家か。
そういえば――。
「あ」
「どうしました?」
「カナルア公爵令嬢、セレナ様。しばらくこの街に滞在されるって言ってました」
「セレナ様が!?」
商業ギルド長と副ギルド長が同時に驚く。
「冒険者ギルドの依頼中に会ったんです。シェルクラブの変異種を確認しに来てて」
「なるほど……」
ギルド長は少し考え込む。
「もしセレナ様がいらっしゃるなら、話を通した方がいいでしょう」
「公爵邸ってどこです?」
「この街の北側、高台にあります。ここからでも見えますよ」
窓の外を見ると、確かに高台に大きな屋敷が見えた。あれか。
「ロベルト」
「嫌な予感しかしない」
「先触れ頼める?」
「やっぱりか……」
露骨に嫌そうな顔をされた。
「ルナ、一緒に行ってやって」
『はーい!』
「何で俺だけ……」
ぶつぶつ言いながらロベルトはルナと一緒に出て行った。
待つこと数時間。
夕方頃になって、ようやく二人が戻ってきた。
ロベルトは疲れ切った顔をしている。
「どうした?」
「いや……」
ロベルトが遠い目をする。
「セレナ様、ルナを離してくれなくて」
『あのお姉さん、すごくいい人だった!おやつくれた!』
対してルナはご機嫌だ。
尻尾までぶんぶん振っている。
「ロベルトとの温度差がすごいな」
「俺はずっと横で待たされてたんだぞ……」
どうやら完全にルナが気に入られたらしい。
「で、面会は?」
「暇だからいつでも来ていいってさ」
公爵令嬢なのに軽いな。
いや、助かるけど。
「じゃあ明日行くか」
「私も同行しましょう」
商業ギルド長が言った。
「話が話ですので」
「お願いします」
翌日。
俺たちは商業ギルド長と共にカナルア公爵邸へ向かった。
港街の公爵邸だけあって、建物は潮風対策が施されているようだった。
白を基調とした壁に青い装飾。
海辺の街らしい爽やかな雰囲気がある。
門番に取り次ぎを頼むと、すぐに応接間へ案内された。
数分後。
セレナ・カナルア本人が姿を現した。
「お待たせしましたわ」
相変わらず綺麗な人だ。
長い青髪にエメラルドグリーンの瞳。
公爵令嬢らしい気品もある。
「それで、本日はどのようなお話でしょう?」
俺たちはスラム街で見たことを説明した。
《黒蛇》。
転移魔道具。
偽装屋敷。
薬物密輸。
全て聞き終えたセレナ様は静かに息を吐く。
「そうですか。《黒蛇》がこの街に」
「やっぱり麻薬関連で悩まされてたんですか?」
「ええ。ですが証拠がありませんでした。海から運ばれているとは思っていましたが……」
やはり海路か。
「《《元》》王子様とランハード公爵家のご子息にお願いするのも気が引けますが」
セレナ様がこちらを見る。
「街に被害が出ない形で、どうにかできますか?」
やっぱり気付いてたな。
「俺たちのこと、知ってました?」
「もちろんですわ」
にっこり笑われた。
隠す意味なかったな。
「《黒蛇》が動かない限り、こちらからは手出しできません。でも、動いたならどうにかしてみます」
「壊滅までは難しいかもしれませんが」
ロベルトも続ける。
「それで充分ですわ」
セレナ様は頷いた。
「お願いします」
さて。
引き受けたはいいが、どう動くか。
正直かなり危険だ。
《黒蛇》の規模も不明。
敵戦力も分からない。
転移魔道具まである。
普通に考えれば、俺たちだけで相手するような組織じゃない。
そこでふとラナを見る。
ラナは不安そうに俺たちを見ていた。
「一つお願いがあるんですが」
「何でしょう?」
「ラナをしばらくここで預かってもらえませんか?」
「え……?」
ラナが目を丸くする。
「わたし、ついて行っちゃ駄目?」
「ごめんな。今回は本当に危ない」
ラナはまだ子どもだ。
戦う力もない。
覚悟だってない。
「ラナと言いましたね」
セレナ様が優しく声をかける。
「あなたに、戦う力が人を殺せる覚悟がありますか?」
ラナはびくりと肩を震わせた。
そして小さく首を横に振る。
「……ありません」
「なら、ここに居なさい」
セレナ様は柔らかく笑った。
「その子の面倒くらい、私が見ますわ」
「ありがとうございます」
「終わったら、また会えるよね?」
不安そうに見上げてくるラナの頭を撫でる。
「ああ。必ず」
俺はエーテルキャットを召喚した。
「何かあればこいつに言って。セレナ様とラナを守れ」
白銀色の猫がラナの膝へ飛び乗る。
「かわいい……!」
ラナの顔が一気に明るくなった。
「名前は?」
「正式契約してないからない。好きに呼んでいいよ」
「ほんと!?」
「ああ」
ラナは嬉しそうに猫を抱きしめた。
セレナ様はそんな様子を見ながら、少し引き気味だ。
「エーテルキャットまで召喚できるなんて、本当に規格外ですわね……」
規格外と言われてもね…。できてしまうからしょうがない。
「では俺たちはこれで。また何かあれば報告に来ます」
「ええ。お気を付けて」
カナルア公爵邸を後にし、俺たちは宿へ戻った。
本格的に動くのは明日から。
今日は、嵐の前の静けさだった。
読んでいただきありがとうございます!
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