第23話 公爵令嬢
依頼の報告をするため、俺たちは港町の冒険者ギルドへ向かった。
昼前ということもあり、ギルド内は漁師護衛や海上採取の依頼を受ける冒険者たちで賑わっている。
潮の香りが染みついた男たちの怒鳴り声。
濡れたロープの匂い。
海系の依頼が多いからか、王都近くのギルドとは雰囲気がかなり違った。
「すみません」
受付へ声をかけると、副ギルド長のウェンさんがこちらを見る。
「あら、どうしたの?……その顔、まさか依頼で何かあったのか?」
「えっと……ギルド長います?」
何とも言えない顔で聞くと、ウェンさんは察したように額を押さえた。
「……分かったわ。ついてきて」
やっぱり面倒事を起こしたと思われてる気がする。
俺たちはそのままギルド長室へ案内された。
「ギルド長、例の子たちです」
「入っていいよー」
部屋へ入ると、書類仕事をしていたギルド長のミランさんが顔を上げた。
「どうした? 依頼はやっぱり難しそうか?」
「あー……いえ。二つとも終わりました」
目を逸らしながら答えた瞬間、ギルド長の手からペンが落ちた。
「……は?」
「だから、その……終わりました」
「昨日、『とりあえず海へ行く』って言ってなかったか?」
「言いましたね」
「それで今日終わった?」
「はい」
数秒の沈黙。
ギルド長は深くため息を吐き、頭を抱えた。
「まず確認する。潮癒草は?」
「あります」
異空間から取り出した潮癒草を机へ置く。
その瞬間、ミランさんの瞳が淡く青く光った。
鑑定系のスキル持ちか。
「……本物だね。しかも品質が異常に高い」
ギルド長が呆れたように呟く。
「こんな状態のいい潮癒草、私も初めて見たよ。採取場所は群生地か?」
「はい。海底で見つけました」
「なるほどね……。全部買い取る。報酬も色を付けよう」
「ありがとうございます」
「で、問題はもう一つの依頼だ。シェルクラブの変異種について聞こうか」
ギルド長の表情が真面目になる。
「討伐証明部位か魔石は?」
「ありません。というか解体できませんでした」
「……何で?」
俺は海中での出来事を説明した。
変異種のシェルクラブは既に死亡していたこと。
変異種には毒があり、海中で解体すると周囲へ毒が広がる危険があること。
そのため異空間へそのまま収納して持ち帰ったこと。
説明を聞き終えたギルド長は、静かに副ギルド長を見る。
「ウェン」
「はい」
「確認行くぞ」
「ですよね……」
疲れ切った顔をしながら副ギルド長が立ち上がった。
そして俺たちは再び浜辺へ移動することになった。
浜辺へ到着すると、人の少ない場所で異空間からシェルクラブの変異種を取り出す。
ズゥン――と重い音を立て、巨大なカニの死骸が砂浜へ現れた。
「……相変わらずでかいな」
ロベルトが引き気味に呟く。
小型漁船二、三隻分ほどある巨大な甲殻。
改めて見ると、本当に化け物だ。
ウェン副ギルド長の瞳が青く光る。
「……確かにシェルクラブの変異種です。しかもかなり大型ですね」
「確認終わったなら片付けていいですか?」
「ああ、構わない」
異空間へ戻そうとした、その時だった。
馬車の音が聞こえ、一台の豪華な馬車が浜辺近くで止まった。
扉が開き、中から一人の女性が降りてくる。
青みがかった長い髪。
エメラルドグリーンの瞳。
上品なドレス姿。
たしか、カナルア公爵令嬢だ。
「失礼。少し見せていただいても?」
「え? あ、はい。見るだけなら」
御者や護衛騎士たちも警戒しながら周囲を見ている。
女性は巨大なシェルクラブを見上げ、感心したように息を漏らした。
「これがシェルクラブの変異種……。話には聞いておりましたけれど、本当に大きいのですね」
優雅に振り返り、微笑む。
「申し遅れました。私、カナルア公爵家長女、セレナ・カナルアと申しますわ」
「……どうも」
ロベルトとライオネルも軽く会釈する。
「漁港に被害が出ていると報告を受け、視察へ来ていたのですが……既に討伐済みとは驚きました」
「まあ、その……運よく」
「運でどうにかなる大きさではありませんわよ?」
セレナ様は楽しそうに笑う。
……この人、絶対気づいてる。
「ところで」
嫌な予感がした。
「皆様、どこかでお見かけしたことがある気がするのです。どこかの公爵家のご子息や、王子殿下だったりしません?」
完全に分かってて言ってる。
「き、気のせいでは?」
「そうですわよね。まさか公爵家のご子息や王子殿下が、海で巨大なカニを狩っているわけありませんもの」
にこやかに言うセレナ様。
怖い。
貴族の笑顔って怖い。
横でライオネルが目を逸らしている。
「では私はこれで失礼いたしますわ。しばらく港町へ滞在しておりますので、何かあればいつでも公爵邸へいらしてくださいませ」
「ありがとうございます」
セレナ様は優雅に礼をし、馬車へ戻っていった。
去っていく馬車を見送りながら、ロベルトがぽつりと呟く。
「……綺麗な人だったな」
「そうだな」
「でも絶対気づいてたよな?」
「うん。間違いなく」
知らないふりをしてくれたのだろう。
ありがたいが、胃に悪い。
「とりあえず戻って報酬もらうか……」
「賛成。今日はもう疲れた」
俺たちはギルドへ戻り、正式に依頼達成として処理してもらった。
ちなみに報酬だが――。
数年は遊んで暮らせる額になった、とだけ言っておこう。
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