第19話 冒険者ギルド・海洋支部
冒険者ギルドに到着した俺たちは、まず受付へ向かった。今回は魔眼で信頼度だけでなく役職も確認してみる。前の街では役職まで意識して見ていなかったが、意外と重要な情報かもしれない。
受付には何人か職員がいた。その中で一番信頼度が高かったのは、落ち着いた雰囲気の女性職員だった。信頼度は九十二。さらに役職を見ると、副ギルド長と表示されている。
(副ギルド長が受付に立ってるのか)
少し不思議に思いながら、その人の前へ向かう。
「すみません。従魔用の首輪って置いてあります?」
「はい、従魔用ですね。少々お待ち――」
女性職員はそこで俺たちの顔を見て、わずかに目を細めた。それから声を落とす。
「もしかして、ランハード公爵家のレオルド様ですか?」
ああ、やっぱり連絡が来ているのか。
「はい。そうです」
「でしたら奥へご案内します。皆様、こちらへ」
ここでは要件を済ませてくれないらしい。俺はロベルトとライオネルを見たが、二人とも「またか」という顔をしていた。
ルナは首輪を気に入っているのか機嫌よく俺の足元を歩き、ノアは肩の上で尻尾を揺らしている。ラナは少し緊張した様子で俺の服の裾を掴んでいた。
案内された先は、やはりギルド長室だった。副ギルド長が軽く扉を叩く。
「ギルド長。ライオネル殿下、レオルド様、ロベルト様がいらっしゃいましたのでお連れしました」
「入ってくれ」
中から聞こえてきたのは女性の声だった。
部屋に入ると、机の向こうに凛々しい雰囲気の女性が座っていた。年齢は三十代後半くらいだろうか。短くまとめた髪に、鋭いけれど明るい目。冒険者上がりなのだろう、座っていても姿勢が良く、隙がない。
彼女は手元の書類から顔を上げると、にこりと笑った。
「おや、いい所に来てくれたね」
……いい所。
その言い方、嫌な予感しかしない。
「私はこの海洋支部のギルド長、ミランだ。そちらは副ギルド長のウェン。立ち話も何だし、座ってくれ」
「失礼します」
勧められるままソファーへ腰を下ろす。
ウェン副ギルド長は手早くお茶を用意すると、一礼して部屋を出ていった。動きに無駄がない。仕事のできる人ってこういう感じなんだな。
「君たちの話は聞いているよ。魔眼、空間、テイム、召喚持ちのレオルド君。元第一王子のライオネル殿下。ジェノーバ公爵家騎士団長の息子ロベルト君」
「元第一王子って言い方、なかなか強いですね」
「本人が王位継承を放棄したんだろう?」
ミランさんが笑うと、ライオネルは堂々と頷いた。
「今はただのライオネルだ」
「いや、ただの、ではないと思いますけどね」
俺がぼそりと言うと、ロベルトが隣で頷いた。
「で、その子たちが契約している従魔かい?」
「はい。こっちがルナで、俺がテイム契約したアルヴェルグ希少種です。肩にいるのがノアで、召喚契約したヴェルノクスです」
「アルヴェルグ希少種にヴェルノクス……聞いてはいたが、実物を見るとすごいね」
ミランさんの視線がルナとノアへ向く。
『じろじろ見るでくれる』
ノアが少し偉そうに言うと、ミランさんは目を丸くした後、楽しそうに笑った。
「念話もできるのか。なるほど、これは頼もしい」
「それと、この子はラナです。この街で知り合って、訳あって一緒にいます」
俺がそう紹介すると、ラナは小さく頭を下げた。
「……ラナです」
「猫獣人の子か。そうか」
ミランさんはそれ以上深く聞かなかった。ただ一瞬だけ、何かを察したように目を細めた。
「さて、本題に入ろう。高難易度依頼を受けてもらえるんだろう?」
やっぱりそれだった。
「……内容によります」
「ちょうど昨日、面倒な依頼が二つ入ってね。受けてもらえると助かる」
顔は笑顔なのに、妙な圧がある。前の街のギルド長もそうだったが、ギルド長という職業は性別に関係なく圧が強くないとなれないのだろうか。
「一つ目は海底にしか生えない薬草の採取。名は潮癒草。海中でしか採れない上、普通の袋に入れるとすぐ傷むから扱いが難しい」
「海底採取ですか」
「ああ。二つ目は海魔物の討伐だ。最近、漁場の近くに出るようになったシェルクラブの変異種。漁船の網を切るわ、船底に穴を開けるわで漁師たちが困っている」
港町特有の依頼だなと思った。
王都周辺なら薬草採取や陸の魔物討伐が中心だが、ここでは海上護衛、海魔物討伐、海底採取、船の積み荷護衛などが多いらしい。
依頼掲示板にも、漁船護衛や海藻採取、輸送船護衛といった文字が並んでいた。
「どちらも海の中に入らないと駄目ですよね? 俺たち、泳げませんよ」
遠回しに断ってみる。
するとミランさんはにっこり笑った。
「空間魔法、使えるだろう?」
「……」
「あれは使い方次第で、泳げない者でも海中に入れるらしいね」
知っているのか。
確かに空間魔法には、周囲に空気の層を作って水中を移動できる術式がある。地上と同じように呼吸できるし、ある程度なら水圧も防げる。ただ、まだ実戦で試したことはない。
「一応できますけど、海で使ったことはありません」
「なら試す良い機会だ」
押しが強い。
「……ちなみに期限と報酬は?」
もう断れない気がしてきた。
「どちらも期限は無期限。ただし早いほどありがたい。報酬は潮癒草の採取が金貨三十枚。シェルクラブ変異種の討伐が白銀貨二枚だ」
「白銀貨二枚?」
ロベルトが思わず声を上げた。
それはかなり大きい。
金貨換算でも相当な金額になる。
「それだけ被害が出ているということだよ。討伐できれば漁師組合も喜ぶ」
条件は悪くない。
むしろ報酬だけ見ればかなり良い。
ただ、問題は初めての海中戦だ。
「二人はどう思う?」
俺がロベルトとライオネルを見ると、ロベルトは肩を竦めた。
「俺は口出ししないぞ。レオルドの空間魔法と従魔ありきの依頼だろ」
「俺も同じだな。受けるなら付き合う」
判断は俺任せらしい。
ルナとノアにも視線を向ける。
『海、行く!』
ルナは目を輝かせていた。
『水中か。面白そうね』
ノアも意外と乗り気だ。
「ノア、猫なのに濡れてもいいの?」
『濡れないようにすれば問題なわよ』
まあ、空間魔法の膜を張れば濡れないはずだけど。
俺の中では猫は水嫌いのイメージだったが、ノアにそれは当てはまらないらしい。
「分かりました。その依頼、両方受けます。とりあえず明日にでも浜辺へ行って、空間魔法の確認から始めます」
「助かるよ」
ミランさんは満足そうに頷いた。
「それと、従魔用の首輪でルナが付けているようなものってありますか? ノアが気に入る首輪がなかなかなくて」
「ああ、同じものなら在庫があったはずだ。あとでウェンに声をかけるといい」
「ノア、ルナと同じものがあるって」
『やっとね。もちろん買ってくれるのよね?ご主人』
嬉しそうにノアが頬を擦り寄せてくる。こういう時だけ可愛い。
「あとは宿なんですけど、門番に海猫亭という宿を勧められました。どこにあります?」
「ああ、ギルドの隣だよ」
「隣?」
「私の妹夫婦がやっている宿でね。食事も美味いから期待していい」
ギルドに入る時、全然気づかなかった。
でもギルド長の妹夫婦がやっている宿なら安心できそうだ。
「分かりました。では俺たちはこれで」
「ああ、依頼頼んだよ」
ギルド長室を出ると、すぐウェン副ギルド長が待っていた。
「首輪の件ですね」
「はい。ルナと同じものがあると聞いたんですが」
「ございます。こちらです」
そう言って差し出されたのは、ルナと色違いの可愛らしい首輪だった。ノアは一目見て満足そうに尻尾を揺らす。
『これでいいわ』
「偉そうだなぁ」
苦笑しながら代金を支払う。
ウェン副ギルド長は手際よく手続きを済ませ、最後に依頼書の写しまで渡してくれた。
「海中依頼は危険です。お気をつけください」
「ありがとうございます」
仕事のできるお姉さんって格好いいな。
そんなことを思いながら、俺たちは海猫亭へ向かうため冒険者ギルドを出た。




