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跡取りになれなかった公爵嫡男は、前世の夢だった“自由な旅”を選ぶ  作者: みのり
二章 海風の街

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第18話 港町の裏側

 ラナを連れて漁港近くの食堂へ入る。


 昼時を少し過ぎているというのに店内はかなり賑わっていた。

 日に焼けた漁師たちが酒を片手に笑い合い、大声で今日の漁について話している。


 魚を焼く香ばしい匂い。

 潮風に混じる海の匂い。

 港街らしい活気に満ちていた。


「いらっしゃい!」


 元気のいい店員に案内され席へ座る。

 メニューは驚くほどシンプルだった。

 魚定食か肉定食のみ。


「ラナ、どっちにする?」


「……お肉」


 即答だった。

 余程肉に飢えていたらしい。


「じゃあラナとロベルトは肉定食。俺とライオネルは魚で」


「了解」


 料理はすぐに運ばれてきた。


 肉定食は大きめの肉を甘辛く焼いたものにスープとパン。

 魚定食は焼き魚に海藻入りのスープが付いている。

 どちらもかなり美味そうだ。


 ラナは運ばれてきた肉を見た瞬間、目を輝かせていた。

 尻尾までぱたぱた揺れている。


「誰も取ったりしないからゆっくり食べな」


「……うん」


 そう返事をした直後だった。

 ラナは凄い勢いで食べ始めた。


 ……三日食べてないって言ってたもんな。

 途中で喉に詰まらせそうになって慌てて水を飲んでいる。


「落ち着け落ち着け」


「んぐっ……!」


 耳まで真っ赤だ。


 流石に三日何も食べてない状態で肉は重かったかとも思ったが、今のところ問題はなさそうだ。


 俺たちもそれぞれ食事を口にする。


「美味いな」


 ライオネルが感心したように頷く。


「王都の魚より美味いかもしれん」


「獲れたてだからな」


 流石港街だ。

 魚の鮮度が違う。


 因みにルナとノアは食堂に入れないため、今頃街の外で兎系の魔獣を狩っているはずだ。


 ノアが「ルナに狩りを教える」と言っていた。

 まあ、自分たちの食事を現地調達してくれるのは正直助かる。

 あの二頭、身体は小さいのによく食べるんだよな。

 特にノア。

 どこへ入っているんだってくらい食べる。


 食事を終え、会計を済ませて店を出る。

 港から吹く風は少し冷たかった。


 人通りの邪魔にならない場所へ移動してから、俺はラナへ聞く。


「ラナ、今どこで寝泊まりしてるんだ?」


 ラナは少し南側を指差した。


「ここからもう少し南に行ったところ」


「南?」


「スラム街がある。お父さんたちがいなくなってからそこいる」


 ……やっぱりあるんだな。

 スラム街。


 前世の日本では見たことがない場所だった。

 ホームレスはいた。

 治安が悪い場所もあった。

 でも“街そのもの”が貧困層の集まりみたいな場所は、少なくとも俺の知る限り存在していなかった。


 海外にはそういう場所があるとテレビやネットで見たことはある。

 だけど、実際にそういう場所が存在する世界へ来ると、やっぱり重い。


 この港町は賑わっている。

 活気もある。

 笑っている人も多い。

 市場には新鮮な魚や珍しい果物が並び、異国の品物まで売られている。

 船が行き交い、人々が働き、笑い、生活している。


 でもその一方で、食べる物もなくスリをしなければ生きられない子どもがいる。

 綺麗なだけじゃない。

 それが現実なんだろう。


 一歩街の奥へ入れば、仕事に就けず、その日を生きるだけで精一杯の者たちがいる。

 そして、そういう者たちは一歩間違えれば犯罪へ手を染める。


 ラナみたいに。


 それを全部「悪い奴だから」で切り捨てられるほど、俺は割り切れなかった。


「そうか……」


 小さく呟く。


「そこにはラナと同じくらいの子どもはいるのか?」


 ラナは首を横に振った。


「いない」


「いない?」


「仲良くなったおばさんが、孤児院があるって教えてくれた。でも獣人は入れないって」


 ……そういうことか。


「この街、獣人結構いるのにな」


 ロベルトが周囲を見回す。

 確かに港町へ来てから獣人を何人も見た。

 犬系。

 猫系。

 兎系。

 色々いる。


 でも言われてみれば、子どもの獣人はラナ以外見ていない。


「ジェノーバ王国ってそもそも獣人少ないんだっけ?」


 ロベルトが思い出したように聞く。


「九割人間で、残り一割が獣人だったはず」


「しかも国境近くくらいでしか見ないよな」


「そうそう」


 実際、この港町へ来るまで俺たちは獣人を一人も見ていない。

 ここは海から他国の船も来るから比較的多いんだろう。


「見た目じゃ分からないだけで、実は子どもってことはないのか?」


 獣人は見た目と年齢が比例しない。

 大人に見えて実は成人前だったり、その逆もあるらしい。

 だがラナは再び首を横に振った。


「獣人は分かる」


「分かる?」


「匂いとか、雰囲気とか違う。人間は分からないと思うけど」


 獣人特有の感覚なんだろうな。

 人間には分からない何かがあるらしい。


「……どうするかな」


 思わず呟く。

 正直、このまま放っておけない。

 一度関わった以上、「じゃあな」で終わるのは無理だ。


「子ども一人くらい何とかなるだろ」


 ロベルトが軽く言う。


「この街を出るまでに考えればいいんじゃないか?」


「まあ……そうだな」


 旅を始めたばかりだ。

 俺たち自身、まだ安定しているわけじゃない。

 だけど、だからといってラナをスラムへ返して終わりにもしたくなかった。


「とりあえず当初の目的地だった冒険者ギルド行くか」


 そう言いながら念話を飛ばす。


『ルナ、ノア。冒険者ギルド行くけど戻ってくるか?』


『ご主人ー!』


 真っ先に返事をしたのはルナだった。


『狩り終わった!』


『今戻るわ』


 次の瞬間。

 目の前の空間が歪む。

 そこからルナとノアがひょいっと現れた。


「……便利だな、本当に」


 転移魔法。

 本来なら空間魔法適性が必要なはずなんだけどな。

 二頭とも適性魔法に空間魔法なんてなかったはずだ。

 やっぱり俺と契約した影響なんだろうか。


 ルナは満足そうだった。


『いっぱい狩れた!』


 口元に少し血が付いている。

 ……後で拭こう。

 ノアは優雅に尻尾を揺らした。


『ルナもちゃんと狩れるようになってきたわ』


「そっか。偉いなルナ」


『えへへ』


 褒めると嬉しそうに尻尾を振る。


 するとラナが目を丸くしていた。


「……転移?」


「うん」


「魔獣って転移できるの?」


「俺も最近知った」


 本当に謎だ。

 まあ便利だから助かってるけど。

 ラナはしばらく二頭を見つめた後、小さく呟いた。


「……すごい」


 その声には少しだけ、憧れが混じっているように聞こえた。

読んでいただきありがとうございます!

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