第17話 猫獣人の少女
「お嬢さん、何を取ろうとしてたのかな?」
ライオネルの上着ポケットへ伸びていた小さな手を掴むと、少女はびくりと肩を震わせた。
「っ!?」
驚いたように目を見開き、恐る恐るこちらを見上げてくる。
黒髪に猫耳。
細い尻尾。
年齢は十歳くらいだろうか。
服はかなり汚れていて、ところどころ擦り切れている。靴もボロボロで、まともな生活を送れていないことは一目で分かった。
魔眼で見てみる。
名前:ラナ
種族:猫獣人
年齢:十歳
状態:空腹・軽度栄養失調
やっぱり空腹か。
「獣人の子どもか。残念だけど、俺のポケットには何も入ってないぞ」
ライオネルが苦笑しながら言う。
いや、この人そもそも貴重品ほぼ俺の異空間の中だからね。
「……ごめんなさい」
ラナは小さく謝ると、そのまま俯いてしまった。
耳までしゅんと垂れている。
周囲を見ると、大通りの人々がこちらをちらちら見ていた。
港街の中心通りだけあって人通りが多い。
立ち止まっていると邪魔になるな。
「とりあえず場所移動しよう」
俺たちは近くの路地へ移動した。
大通りから少し外れるだけでかなり静かになる。
壁際へ移動してから改めてラナを見る。
「名前、ラナでいいんだよね?」
「……うん」
小さな返事だった。
「猫獣人で間違いない?」
獣人は種族が細かく分かれている。
魔眼では猫獣人と出ていたが一応確認する。
見た目や魔眼ではは判別しにくいこともあるため確認しておく。
「猫獣人……」
「そっか」
俺はしゃがみ込み、目線を合わせた。
「何でスリなんてしたの?」
怒るつもりはなかった。
ただ理由を知りたかった。
ラナはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟く。
「……お父さんもお母さんもいなくなった」
「いなくなった?」
「お魚取りに海行って……帰ってこない」
なるほど。この街は港街だ。
漁へ出たまま帰って来ない者もいるのだろう。
海には海の魔物もいるらしいし、天候が荒れれば船が沈むことだってある。
冒険者ギルドへ護衛依頼を出す漁師もいると聞いたことはあるが、全員がそんな余裕を持っているわけじゃない。
ラナの家はそれができなかったんだろう。
「それで食べる物がなくなったのか」
ラナは小さく頷いた。
「どのくらい食べてない?」
「……三日くらい」
三日。
思っていたより深刻だった。
「最後に食べたのは?」
「お魚」
「何食べたい?」
その瞬間、ぴくりと猫耳が動く。
「……お肉」
思わず苦笑する。
ずっと魚ばかりだったんだろうな。
「飯食うならどっか店入ろうぜ」
ロベルトが口を開く。
「流石に三日食ってない子放置するの無理だろ」
「俺もそう思う」
ただ問題がある。
ラナの格好だ。
かなり汚れているし、高級そうな店は絶対入れてくれない。
「っていうか、こいつ連れて入れる店あるか?」
ロベルトがラナを見ながら聞いてくる。
「港近くの食堂なら大丈夫じゃない?」
ライオネルが辺りを見回す。
「漁師向けの店ならそこまで気にしないだろ」
確かに。
港街は労働者も多い。
服装をそこまで気にしない店もあるはずだ。
するとラナが慌てたように首を横に振った。
「だ、大丈夫……!」
「ん?」
「わたし、悪いことしたから……」
消え入りそうな声だった。
「だからご飯いい……」
……こういうところ、本当に子どもだな。
本当に悪質なスリなら謝ったりしない。
もっと開き直る。
「別に一食くらいで破産しないよ」
俺がそう言うと、ラナは困ったようにこちらを見た。
「でも……」
「レオルド、こういうタイプは押し切った方が早いぞ」
ロベルトが小声で言う。
まあ、確かに。
「じゃあ質問」
「……?」
「お腹空いてる?」
ぐぅぅぅ。
タイミングよくラナのお腹が鳴った。
一瞬で顔が真っ赤になる。
耳まで赤い。
「うぅ……」
恥ずかしいのか尻尾まで丸まっている。
……可愛いな。
「答え出たね」
「……」
「よし、飯行こう」
「……ほんとに?」
「うん」
「お肉食べていい?」
「好きなだけとは言えないけど、ある程度なら」
「やった……」
ラナの尻尾がぱたぱた揺れる。
その様子を見ていると、自然と頬が緩んだ。
「レオルド」
ライオネルが横から小声で話しかけてくる。
「お前、結構甘いよな」
「放っておけないだけ」
「それを甘いって言うんだぞ」
ロベルトまで頷いている。
でも仕方ないだろ。
お腹をすかせた小さい子が目の前にいら放っておかないよ。
十歳なんて、本来なら親に甘えて、友達と遊んでいる年齢だろう。
それなのに空腹でスリをするしかない状況なんて、普通じゃない。
「ほら、行くぞラナ」
「……うん!」
ラナは小さく頷くと、俺たちの後ろをついて歩き始めた。
その途中、ノアが俺の肩へひょいと飛び乗る。
『ご主人』
「ん?」
『あの子、かなり痩せているわね』
『ルナより小さい』
ルナも心配そうにラナを見ている。
ラナはそんな二匹を見て少し驚いた顔をした。
「黒猫さん……喋るの?」
「うん。ノアはちょっと特別なんだ」
『わたしは偉いからね!』
ノアが胸を張る。
するとラナが少しだけ笑った。
さっきまで怯えきっていた表情が、ほんの少し柔らかくなる。
その顔を見て、少し安心した。
とりあえず今は、難しいことを考えるより先に、この子へ温かい食事を食べさせてやろう。
読んでいただきありがとうございます!
面白いと思ったら⭐︎を押していただけたら投稿の励みになります☆彡




