第16話 潮風の街
本人は冒険者ギルドが珍しいのか、きょろきょろと辺りを見回している。
「すみません」
受付の奥にいたマッチョなお兄さん―副ギルド長へ声をかける。
「彼の冒険者登録をお願いしたいんですが」
すると、お兄さんはライオネルの顔を見て盛大にため息を吐いた。
「……はぁ。とりあえずついて来い」
嫌そうな顔をしながらも、昨日と同じようにギルド奥へ案内してくれる。
通されたのは、やはりギルド長室だった。
「ギルド長、入りますよ」
扉を開けながら声をかける。
中ではギルド長が大量の書類と格闘していた。
「ん?」
顔を上げたギルド長は、俺たちを見る。
「何だお前たち。まだ何か用か?」
そしてライオネルを見た瞬間、動きが止まった。
「……って、お前、この国の第一王子じゃねぇか?」
「はい……」
思わず遠い目になる。
「昨日宿に戻ったら何故かいました。そして同行するらしいです」
「もう王位継承権は放棄したから王子じゃない」
ライオネル本人は平然と言う。
いや、そういう問題じゃない。
「王位継承権とか俺らには関係ねぇよ」
ギルド長が頭を抱える。
「で、どうしたいんだ?」
「冒険者登録をお願いしたくて」
「……はぁ」
ギルド長は諦めたように椅子へ深く座り直した。
「副ギルド長、作ってやれ」
「了解です」
「できるまでそこで大人しく座ってろ」
「ありがとうございます」
ライオネルは妙に嬉しそうだった。
数十分後。
無事ギルドカードを受け取った俺たちは、そのまま街を出発した。
目指すのは東側最大の港街。
前世でも見たことのない“海”がある場所だ。
街道を歩きながら、俺は隣のライオネルを見る。
「そういえばライオネル、荷物それだけ?」
肩から提げている革鞄を指差す。
一見すると普通のバッグだが、使われている革はかなり高級品だ。
「ああ、マジックバッグだからな」
ライオネルが得意げに笑う。
「見た目より入るぞ」
「流石王子様……」
「平民ならまず買えないよ、それ」
「王子でもそうそう持てん」
ライオネルは悪びれもなく続けた。
「父上の寝室にあった一番小さいやつを拝借してきた」
「それ泥棒だからな?」
思わず真顔で突っ込む。
今頃王宮は大騒ぎだろう。
第一王子失踪。
ついでにマジックバッグ紛失。
父上にはライオネルと合流したことは伝えたが、マジックバッグの件までは書いていない。
「なあ」
ロベルトが不安そうな顔で聞いてくる。
「うちの国の王子がこれで大丈夫なのか?」
「……第二王子殿下に期待しよう」
俺たちは同時にため息を吐いた。
「それより、その荷物」
俺はライオネルのバッグを指差す。
「亜空間に入れるけどどうする?」
「お、いいのか?」
ライオネルが顔を輝かせる。
「手ぶらの方が楽だし頼む」
遠慮がない。
「武器だけは持ってて。身分証は街が近くなったら返すから」
「助かるー」
本当に王子か、この人。
そんな感じで旅を続けること一か月。
いくつもの街や村を経由しながら、ついに目的地である港街へ到着した。
途中、村では宿がないことも多かった。
大きくても人口数百人程度。
宿屋自体が存在しない場所も珍しくない。
そういう時は村長の家を借りるか、広場で野営だった。
まあ、空間魔法のおかげで困ることはなかったけど。
あと、ルナとノアにはかなり癒された。
男三人旅だからな。
もふもふは大事だ。
ちなみに試しにノクスキャットとエーテルキャットも召喚してみた。
どちらも格好良かった。
凛々しい。
でも今求めてるのはそうじゃない。
可愛いだった。
なので丁重にお帰りいただいた。
港街の門で手続きを済ませ、門番へおすすめの宿を聞く。
「海猫亭がいいぞ」
そう言われた。
看板は鳥とベッドの絵らしい。
海猫。
前世の世界にも同じ名前の鳥がいたな。
この世界にもいるんだろうか。
「とりあえず冒険者ギルド行くか」
俺が言うと、ロベルトが首を傾げる。
「先に宿じゃないのか?」
「いや、ノアの首輪問題がある」
「あー……」
二人とも納得したような顔をする。
ノアは従魔用首輪がお気に召さない。
しかも結構こだわる。
このまま放置すると機嫌取りが大変になりそうだった。
街中へ入ると、今まで訪れた街とは空気が違った。
人が多い。
活気が凄い。
荷車を押す商人。
魚を運ぶ男たち。
大声で客引きをする屋台。
見慣れない果物や香辛料まで並んでいる。
さらに、この国では滅多に見ない獣人の姿まであった。
犬耳。
猫耳。
尻尾を揺らしながら歩いている。
「すご……」
自然と声が漏れる。
そして何より。
風が違った。
潮の香り。
前世で本やテレビ越しにしか知らなかった“海の匂い”がする。
ずっと見てみたかった。
自分の目で。
病室では絶対に叶わなかった景色。
「海……」
まだ見えていない。
でも確かに近くにある。
そう思うだけで胸が高鳴った。
視線をあちこちへ向けながら歩いていると、不意に違和感を覚える。
魔眼が反応した。
視界の端。
一人の獣人の少女がライオネルへ近づいている。
そして、その小さな手がライオネルの上着のポケットへ伸びた。
咄嗟にその手を掴む。
「っ!?」
少女が目を見開いた。
「お嬢さん」
俺は苦笑しながら問いかける。
「何を取ろうとしてたのかな?」
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