幕間 息子の旅立ち(ランハード公爵視点)
私には二人の息子がいる。
長男のレオルド。
次男のリュシカ。
二人とも私の自慢の子だ。
長男であるレオルドは、幼い頃からよく努力する子だった。
勉学も礼儀作法も弱音を吐かず、必死に学んでいた。
きっと幼いながらに理解していたのだろう。
自分がランハード公爵家の長男であり、いずれ私の跡を継ぐ存在なのだと。
だからこそ、鑑定の儀の日――火魔法の適正がないと分かった時、あれほど深く傷ついてしまった。
あの日のことは今でも後悔している。
目を離さず、もっと側にいてやるべきだった。
レオルドは鑑定の儀の後、屋敷の池へ飛び込んだ。
発見された時には既に意識がなく、高熱まで出していた。
三日間。
あの子は目を覚まさなかった。
医者は命に別状はないと言っていたが、それでも最悪の事態が頭を過ぎった。
もし、このまま目を覚まさなかったら。
もし、後遺症が残ったら。
考える度に胸が締め付けられた。
だから、目を覚ました時は心の底から安堵した。
後遺症もなく、身体も徐々に回復している。
本当に良かった。
目を覚ました後、私はレオルドと今後について話した。
火魔法の適正がない以上、公爵家当主にはなれない。
だが、あの子は優秀だ。
文官としても十分やっていける。
王宮勤めという道もある。
そう思っていたのだが――。
『旅に出たいです』
返ってきた答えは予想外のものだった。
だが、不思議と納得もした。
あの子は昔から、冒険譚や各地の本を好んで読んでいたからだ。
妻は当然反対した。
危険だ、と。
せめて王都で働いて欲しい、と。
それでも最終的には、レオルド自身の意思を尊重した。
条件として、騎士団長の息子ロベルトを同行させること。
そして、次の目的地へ行く前に必ず一度戻ること。
その二つを約束させ、旅立ちを認めた。
旅立ちの日。
レオルドは笑顔で「行ってきます」と言った。
あの笑顔を見て、少しだけ安心した。
――その数時間後までは。
「東門の門番をしております!」
そう名乗る男が、公爵邸へやってきた。
「レオルド様より手紙を預かっております!」
……早くないか?
困ったことがあれば連絡しろとは言った。
だが、旅立って数時間で届くとは思わなかった。
何かあったのかと急いで手紙を開く。
『王都の冒険者ギルドで人身売買の疑いあり』
短い。
驚くほど簡潔だった。
「……人身売買?」
そんな報告は上がってきていない。
そもそも冒険者ギルドが関わるとは考えにくい。
だが、レオルドは無意味な嘘をつく子ではない。
私はすぐに調査を命じた。
すると、不自然な点がいくつも見つかった。
近年、王都で行方不明になった者が毎年数十人。
しかも、その多くが冒険者登録直後の者たちだった。
偶然にしては出来すぎている。
「これは……黒だな」
背後に貴族がいる可能性も高い。
さらに調査を進める必要があった。
そして数日後。
再びレオルドから手紙が届いた。
――王家直属の“カゲ”経由で。
「……何故カゲ?」
嫌な予感しかしない。
恐る恐る手紙を開く。
『第一王子ライオネル殿下と合流。帰りそうになかったため、次に帰る時も共に行動する』
また簡潔だった。
いや、そうじゃない。
「殿下、何をしているのですか!?」
思わず叫んだ。
その頃、王宮では大騒ぎになっていた。
第一王子ライオネル殿下が失踪。
しかも『王位継承権を放棄し、第二王子へ譲る』とだけ書かれた手紙を残して。
王宮中が混乱していたというのに。
まさか息子の旅へ同行しているとは誰が思う。
私は急ぎ国王陛下へ謁見を申し込んだ。
陛下も王位放棄の件は初耳だったらしく、大層驚かれていた。
とりあえず、来年の収穫祭頃までは戻らないだろうという話になり、引き続きカゲに護衛兼監視として付いてもらうことになった。
……帰ってきたら説教だな。
主に殿下へ。
レオルドは恐らく止められなかっただけだろう。
それより問題は冒険者ギルドの件だ。
調査を進めた結果、背後にはシューベルト伯爵家の影が見えてきた。
以前から黒い噂の絶えない家だったが、決定的な証拠がなく手を出せずにいた。
だが、今回の件で動かせるかもしれない。
「……レオルドには感謝せねばならんな」
旅立ったばかりだというのに、既に大事を持ち込んできている辺り、あの子らしいと言えばあの子らしい。
願わくば――。
どうか無事で。
元気な姿で帰ってきて欲しい。
それだけが、今の私の願いだった。
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