第12話 はじめての契約
傷だらけのアルヴェルグ希少種を前に、俺は異空間から一本のポーションを取り出した。
「ハイポーションか?」
ロベルトが覗き込んでくる。
「うん。手持ちで一番効果が高いやつ」
本来は人間用に調合されたものだ。
魔獣にどれほど効くかは分からない。
だが、このまま放置するよりはずっといい。
「ちょっと染みるかもしれないけど、我慢してね」
そう声をかけながら、白銀の毛並みへゆっくりとポーションをかける。
すると――。
淡い光と共に、裂けていた傷口が目に見えて塞がっていった。
「うわ……」
ロベルトが思わず声を漏らす。
深く裂けていた背中の傷は、あっという間に薄くなり、最後にはどこに傷があったのか分からないほど綺麗に消えていた。
「すごいな、ハイポーション」
「公爵家品質だからね」
とはいえ、傷は治っても体力までは戻らない。
アルヴェルグの幼獣は眠ったまま動かなかった。
だが、呼吸は先ほどよりずっと安定している。
「とりあえず命は助かったかな」
「だな」
ロベルトが空を見上げる。
夕陽はかなり傾いていた。
「そろそろ街の門閉まるぞ」
「……今日は野宿か」
初日から野宿になるとは思わなかった。
苦笑しながら、俺たちは野営準備を始める。
と言っても、俺の場合準備というほど大変ではない。
異空間からテントを取り出す。
既に組み立てた状態で収納してあるため、そのまま設置するだけだ。
ロベルトが呆れたような顔をする。
「やっぱ反則だろ、その魔法」
「便利なのは認める」
さらに食料も異空間から取り出す。
公爵邸を出る前、料理人たちが作ってくれた食事を大量に収納しておいたのだ。
時間停止機能のおかげで、全部出来立ての状態のまま保存されている。
普通の旅人なら保存食か現地調達。
夜は交代で見張りを立てるのが基本らしい。
だが俺には空間魔法がある。
「結界展開」
魔力を流し込むと、周囲に透明な膜が広がる。
これで悪意を持つ者からはこちらが認識できなくなる。
完全無敵ではないが、野営には十分すぎる性能だ。
「本当便利だな……」
ロベルトが感心したように呟く。
「空間魔法ってこんな何でもできるもんなのか?」
「俺も知らない。でも旅との相性はかなりいいと思う」
テントの中へ入り、食事を並べる。
「とりあえず、あの子が起きるまで待ちながら食べよう」
「あいよ」
食事中、アルヴェルグの幼獣は眠ったままだった。
だが食べ終わる頃、小さく身体が動く。
白銀の耳がぴくりと揺れ、ゆっくり瞳が開いた。
淡い氷色の瞳。
警戒するように周囲を見回し、そして俺たちへ視線を向ける。
「目、覚めた?」
一瞬だけ身体を強張らせる。
だが、敵意は感じない。
「体調はどう? まだお腹空いてるなら何か食べる?」
その瞬間、ぴくりと耳が反応した。
そして――。
じゅるり。
口元から涎が垂れた。
「……相当空いてたんだな」
ロベルトが吹き出す。
俺も苦笑しながら、異空間から鍋を取り出した。
肉を柔らかく煮込んだスープだ。
怪我人――いや怪我魔獣にも優しい料理を選んだつもりである。
皿へ盛り付け、そっと前へ置く。
「熱いから気をつけて」
するとアルヴェルグの幼獣は、待ってましたと言わんばかりに食べ始めた。
ものすごい勢いだった。
「あ、おい、落ち着いて食べろって」
心配になるくらいの速度で食べ進める。
結局、一杯目は一瞬で空になった。
「……おかわりいる?」
ぱたぱたぱたっ!
尻尾が凄い勢いで振られる。
「分かりやすいな」
ロベルトが笑う。
結局、その後三杯もおかわりを出すことになった。
ようやく落ち着いた頃には、アルヴェルグの幼獣は満足そうに伏せていた。
その姿を見ながら、俺は少し考える。
「なあ」
声をかけると、幼獣が顔を上げた。
「お前、行くあてあるのか?」
返事はない。
だが、じっとこちらを見ている。
「ないなら、俺と従魔契約しないか?」
ロベルトがこちらを見る。
「従魔契約?」
「うん」
テイム魔法は無理やり支配するものじゃない。
相手が拒否すれば成立しない。
「契約してくれるなら、ちゃんと食事も用意する。傷だって治す」
アルヴェルグの幼獣は静かにこちらを見つめる。
そして次の瞬間――。
淡い光が額に浮かび上がった。
複雑な魔法陣。
従魔契約の証だ。
「……承諾、してくれたのか」
胸の奥が少し熱くなる。
「ありがとう」
そっと頭を撫でる。
ふわふわしていて気持ちいい。
「これからよろしくな」
そして少し考えてから、名前を口にした。
「お前の名前は――ルナだ」
その瞬間。
『ルナ……!』
頭の中へ直接、幼い声が響いた。
「うわっ!?」
今度は俺が驚く番だった。
『いい名前、ありがとう、ご主人様!』
嬉しそうな声だった。
『ご飯も、傷も、ありがとう』
「……喋れるのか」
『うん!』
ルナが嬉しそうに尻尾を振る。
「ああ、俺はレオルド。こっちはロベルト」
『ロベルト、よろしく!』
「うぉっ!? 何だ今の!?」
ロベルトが飛び上がる。
「頭の中に声が!?」
「契約したから念話みたいに聞こえるんだと思う」
「びっくりするだろ普通!」
ロベルトが本気で驚いていて、思わず笑ってしまった。
「よろしくな、ルナ」
『うん!』
嬉しそうに返事をするルナ。
白銀の尻尾がぶんぶん揺れていた。
こうして俺たちの旅に、新しい仲間が加わったのだった。
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