第11話 小さな命
王都を出てから数時間。
太陽は少しずつ西へ傾き始めていた。
このまま順調に進めば、あと半分ほどでカナルア公爵領最初の街へ到着する。
俺たちは街道を歩きながら、薬草を摘んだり、他愛もない話をしたりしていた。
街道脇の草むらへ視線を向けると、魔眼によって薬草の情報が自然と浮かび上がる。
薬草。
品質:中。
解毒草。
品質:低。
前世のゲームみたいだな、と未だに少し思う。
ただ、便利なのは間違いない。
見つけた薬草を摘み取り、そのまま異空間へ収納する。
空間が小さく揺らぎ、薬草が消える。
「その空間魔法、本当に便利だよな」
隣でロベルトが感心したように呟く。
「荷物が増えないのは大きいね」
「普通の冒険者だったら袋パンパンだぞ」
「それに食料も腐らないし」
「反則だろ、それ」
そんな軽口を交わしながら歩いていると、不意に視界の端へ白いものが映った。
街道から少し外れた草むらの奥。
何かがうずくまっている。
「……?」
気になって足を止める。
「どうした?」
「いや、あそこ」
俺が指差すと、ロベルトも目を細めた。
「あれ、白い犬か?」
「ちょっと見てくる」
街道を外れ、草をかき分けながら近づいていく。
すると、それが犬ではないことにすぐ気づいた。
白銀色の毛並み。
普通の犬より少し大きい身体。
耳は鋭く、四肢もしっかりしている。
だが今は、その身体の至る所に傷があった。
特に背中の裂傷が酷い。
乾いた血が毛を赤黒く染めている。
息も浅く、今にも止まりそうだった。
「魔獣か……」
ロベルトが低く呟く。
この世界には“魔物”と“魔獣”がいる。
魔物は自我を失い、暴れる存在。
対して魔獣は高い知性を持ち、無意味な争いを好まない。
魔獣は基本的に縄張りの外へ出ない。
だから人里近くへ現れるのは珍しかった。
理由があるとすれば、縄張り争いに負けたか、食料不足か。
俺は魔眼でその白い魔獣を見た。
すると情報が浮かび上がる。
種族:アルヴェルグ希少種(生後六か月)
状態:瀕死。背中の裂傷による出血。極度の空腹。
適正魔法:風・氷
「……アルヴェルグ?」
思わず呟く。
「しかも希少種だ」
「はぁ!? アルヴェルグ!?」
ロベルトが驚いた声を上げた。
「そんなの滅多に見ねぇぞ!」
「うん。俺も本でしか見たことない」
アルヴェルグは高位の狼型魔獣だ。
普通の個体でも知能が高く、人語を理解するとも言われている。
そして希少種。
おそらく、この白銀色の毛並みがその証なのだろう。
「何でこんなのがこんな場所にいるんだ?」
「多分、群れから追い出されたんだと思う」
希少種だから。
周囲と違う存在だから。
魔獣にも縄張り意識や群れ社会は存在する。
違う個体を受け入れられなかったのかもしれない。
「この辺りのアルヴェルグの生息地って……」
「南の森だろ?」
ロベルトがすぐ答える。
「あそこ、魔素濃いし」
「やっぱりあそこか」
徒歩一日ほど南へ行った場所に、大きな森がある。
魔素濃度が高く、強い魔獣も多い危険地帯だ。
おそらくこの子は、そこからここまで逃げてきたのだろう。
傷だらけになりながら。
「……で、どうする?」
ロベルトが静かに聞いてくる。
「このままだと死ぬぞ」
白い魔獣はぐったりしたまま動かない。
だが、まだ生きている。
かすかに胸が上下していた。
放っておけば、おそらく今日中に死ぬ。
それは分かる。
でも――。
(放っておけるか?)
前世の記憶が頭をよぎる。
病室で一人だった自分。
必要ないと切り捨てられたように感じて、池へ飛び込んだ自分。
この子も似たようなものじゃないのか。
周囲と違うから、群れから追い出された。
それだけで。
「……助ける」
自然と口から言葉が出ていた。
ロベルトは予想していたのか、小さく笑う。
「だと思った」
「放っておくの、後味悪いしね」
それだけじゃない。
アルヴェルグは知能が高い。
その希少種なら尚更だ。
もしかしたら――。
「テイムできるかもしれない」
「やっぱそれも考えてたか」
「相性良さそうだし」
テイム魔法は無理やり支配するものではない。
信頼関係が必要だ。
だからこそ、この子を助けたいと思った。
意識を取り戻しこの子も同意すればテイムはできる。
「とりあえず傷だな」
ロベルトがしゃがみ込む。
「背中のこれ、結構深いぞ」
「まず水」
異空間から水袋を取り出し、布を濡らす。
白銀の毛にこびりついた血を少しずつ拭き取る。
すると、閉じていた瞳がわずかに開いた。
氷のように淡い青色の瞳。
警戒と怯えが混じった目だった。
「大丈夫」
自然とそんな言葉が出る。
「助けるから」
アルヴェルグの希少種は、小さく息を吐きながら再び目を閉じた。
まるで、その言葉を信じるように。




