06-13 悔いだけ抱えるには俺らの人生は長すぎる
ララララー、ララララー、ハアアアー、フウウウー。
塔内にこだまするセイレーンの歌声が途切れる。
「「「闇の力と光の力、集いし時。汝の魂よ。汝の記憶よ。一つに戻りて我が心と共に」」」
代わりに呪文を唱える声が響く。
解のポケットから勝手に飛び出た無限収納ファスナーのつまみが中に浮く。
ジジー。
つまみが内側から開かれ、空間をカーテンのように歪ませて吉澤繭が顔を覗かせる。
「マユ!?どうした、大丈夫なのか?」
解は慌てて駆け寄る。
「はい。解君、戻りました」
にっこり微笑む吉澤繭。会いたくて会いたくて今すぐ抱きつきたくなる気持ちを『マユ』の記憶が押しとどめる。
「っ……。吉澤繭なのか?」
いつもは『解さん』と呼ぶのに今は『解君』だった。
それに現世の吉澤繭と異界のマユを繋ぐ気相の流れが重なって見える。
「はい」
照れたように俯く繭。
「師匠、何やってんですか?両手を広げたらどうです」
永久は一瞬で吉澤繭の匂いを嗅ぎ分けた。
それが出来てしまう自分が少し悲しかったが、解の喜びを隠しきれない無邪気な顔をみたら、自分のことなどどうでもよくなった。
戸惑う解の後ろに回って解の腕をつかんで両腕を広げさせる。
「解、ふふふ。解だ、本当に解なんだね」
繭は解の胸に飛び込む。
「「「……!?」」」
眩暈が治って戻っただけなのに意味の分からない二人の行動に戸惑う人狼ガルム、鬼女ベニ、そしてドラキュラ伯爵。
「師匠、そう言うのは中でやってくださいよ」
無限収納ファスナーが作り出す空間の歪みの中に二人を押し込んで永久はファスナーの摘まみを引き上げた。
ジジー。
「さてと、師匠が話す気になるまで、この件に関する質問は一切無しです。さっさと上まで登り切りますよ」
永久は空間に浮かぶ無限収納ファスナーの摘まみを取り、ポケットに突っ込んだ。
三人は無言で階段を上る。
ララララー、ララララー、ハアアアー、フウウウー
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最上階のセイレーンの部屋と思わしきドアの前で永久は無限収納ファスナーの摘まみを引き、解と吉澤繭と合流した。
「師匠、いよいよですよ。みんなに師匠の正体がバレるかもですが、いいんですね」
永久の顔が引き締まる。
「ああ。いずれ話す時がくる。知ってもらっていた方が安心して戦えるしな」
解はそう応えて、部屋のドアノブを回した。
セイレーン塔の頂上の部屋は全面窓で覆われ、差し込む日差しが眩しい。
一瞬、眩しさに目がくらむが徐々に慣れていく。
中央に据えられた巨大な水晶玉に自分達の後姿が映っている。
その陰から一人の白いベールのようなものを纏った少女が現れる。
「天乃解さん、吉澤繭さん、九尾永久さん、人狼ガルムさん、鬼女ベニさん、ドラキュラ伯爵」
白いベールのようなものを纏った少女は一人一人の顔を眺めて名前を告げて続ける。
「お待ちしておりました。この塔の主、セイレーンです」
彼女の会釈に合わせて全員が首を垂れる。
「さてと、『世界』を一気に駆け上った気分はいかがですか?解さん」
セイレーンは解の答えに興味津々と言った感じだ。
「『世界?』、っ……。史記や空想物語が全て、並行世界の現実だと言いたいのか」
解は言葉を選びながら慎重に答える。
「ふふふ、ご名答。さすが我流六気操術の創始者ですこと。それでは貴方と如月創の関係をお話ししましょう」
白いベールのようなものを纏ったセイレーンは横にある巨大な水晶玉に触れる。
「あなた方が現世と呼ぶ日本と異界と呼ぶこの世界は魂で繋がっています。そうですね、我流六気操術では気相と呼ぶのでしたっけ」
解はコクンと頷く。
「日本が第二次世界大戦だった約八十年前、異界では魔族が現われました。魔族は当時の現世の人々の魂の歪みによって生まれたと私は思ってます。怒りは狂気、悲しみは瘴気に、そして絶望は解気へと膨らみました」
巨大な水晶玉に当時の日本の映像が次々浮かんで消える。
当時を現役として生きた永久は唇を噛む。
「一方、異界では魔族に対抗する力を欲した。当時、黒魔術師だった私と異界から転生した勇者如月創、大聖女マユがパーティーを組んで魔族との二度にわたる激しい戦いを経て、大魔王プロトニを倒したわ。もうお分かりでしょ。一度目の戦いは広島に原爆が投下された日。二度目の戦いは長崎。そして大魔王プロトニを帝都トキオの地下ダンジョンで倒したのが終戦の日」
巨大な水晶玉に映し出される正視できない凄惨な光景。
原爆投下で逃げ惑う地獄絵図、略奪、絶望して自殺する者など、人のやることとは思えない現世の映像と重なって異界での侵略してくる魔族の軍団。それに抗う各都市の冒険ギルドのメンバーと勇者パーティー。
異界で眷属たちと山にこもり、見守るだけだったドラキュラ伯爵はその映像に絶句する。
「皮肉な話でしょ。大魔王プロトニを討伐したら、現世の歪みを受け入れるダンジョンが消えるなんて。大魔王プロトニは、その前の大魔王を討伐した転生勇者だったわ。そうやって、この世界は勇者を贄にして大魔王を生み出し連綿と続いてきたのよ」
「「「「「「っ……」」」」」」
世界の真実を知って言葉を失う解のパーティーメンバー六人。
「如月創は裏の大魔王となり、五大都市のダンジョンを管理するために自分の魂を割いて影を作った。邪、瘴、妖、闘そして、あなた解ね。フフフ、如月創の力を分けたからみんな子供みたいになって。六つ子みたいで可愛かったのになあ……」
白いベールのようなものを纏ったセイレーンは思い出し笑いして続ける。その顔はどこか物悲しい。
「その時に六振りに分離したのが如月創と繋がる妖刀『鬼神』」
解は妖刀『鬼神解』、人狼ガルムは『鬼神邪』、鬼女ベニは妖刀『鬼神瘴』、ドラキュラ伯爵は妖刀『鬼神妖』、そして永久は託されたばかりの妖刀『鬼神闘』を見詰める。
「だけど、一つ問題がありました。天乃解さん、賢いあなたなら、もうお分かりですよね。我流六気操師!」
セイレーンは真剣な顔で解の瞳をのぞき込む。
「我流六気操術における六芒星。『創気』対極となる『解気』」
解の答えに震えるセイレーン。
「『創』の力は全てを生み出す力、そして『解』の力は全てを無に帰す力。あなたの力は危険すぎです。暴走を恐れた如月創は、あなたを現世に追放したのです。最愛の大聖女マユの魂を解と同じ年齢の子供の姿にして、見張り役につけてです」
セイレーンは繭を見詰める。
「吉澤繭、あなたは如月創の元に帰るべきです」
繭は下を向く。
「キビ村のマユはどうなるんだ。土蜘蛛の贄になることを知っていたんだろ」
「っ……。どんなにうまくやっても歪みは生まれるものです。大聖女マユも人の心が、迷いがあったって事です」
セイレーンの瞳に動揺が走る。
「違うわ、セイレーン。ごめんなさい。逆なの……。私はとってもズルいの。私は創の中の解の危うさが好きだった。だからセイレーンと創、二人で先を歩んで欲しくて……、逃げたのよ。創との記憶を消して……。その罪の意識がキビ村のマユになったのよ」
繭の瞳からポロポロと涙が落ちる。
「セイレーン。繭の命は長くない。現世に詳しいならガンと言う病気を知っているだろ。治療魔法もエルフ族特性の回復ポーションも外から受けた傷や病の回復はできるが、自身の細胞が増殖するガンだけは効果が無いんだ。だから俺は全世界を敵に回したとしても繭を治す。その為に神に逆らってでも繭の体に巣くうガン細胞だけを無に帰す力が欲しい」
解は『時空の狭間』で知った。吉澤繭が異界のマユと一体となっても癌細胞が消えていないことを。だから彼の中の計画はブレていない。
「っ……。自身が暴走して現世と異界、全てを危険にさらしてでも繭、一人の命を選ぶというのですか?」
セイレーンは解の覚悟に驚愕する。
「だから、ここで死ぬわけにはいかないんだ。セイレーン」
解はニヤリと笑う。
「いつから分かってました。刺し違えてでも解さんだけは消し去ろうと思ってたんですけどね。私にも命を賭して守りたいものがありまして。でも気づかれてたら無理です。奇襲でもしなければ私程度では、あなたに傷一つ付けられそうもありません。それと、繭さん、お帰りなさい。お互いバカな男を好きになったものですね……。私は不老不死ですから彼を愛する資格なんて最初からなかったんですよ」
セイレーンは静かにソファーに腰を落とした。
うつむく永久を優しく支えるドラキュラ伯爵。
伯爵は永久に耳打ちする。
「解さんはそんなこと気にする奴じゃないぞ。だから遠慮せずに繭さんと戦うんだな。それで負けたらそれはそれ。やりもせず悔いだけ抱えるには俺らの人生は長すぎるからな」
「伯爵……」
永久は前を向いた。




