06-12 今すぐ、今すぐ解に会いたい
セイレーンの塔の内部は円筒状の巨大な書庫、天へと続く図書館の様だった。
木製の螺旋階段が上へ上へと続いている。
革表紙の本だけではなく、石板に刻まれたエジプトのヒエログリフ、古代中国の竹簡、奈良・平安時代の絵巻物まである。
「師匠。これ現世の枕草子、伊勢物語、源氏物語、宇治拾遺物語ですよ。現世の平安時代の絵巻物ですよ。懐かしいなー」
永久は目を細める。
「ああ、こっちは古代中国の竹簡だな」
解は眉にしわを寄せる。
「解さん、こっちの石板に刻まててるのはエジプトのヒエログリフですよ。大英博物館で似たのを見たな」
ドラキュラ伯爵はキリシタンに交じって江戸に入る前に大英帝国に旅行した思い出を懐かしむ。
「お師匠、現世のものがあるってことはセイレーンは俺らと同じ、現世の追放者か転生者でしょうか?」
「解さん。それなら、同郷の身として仲間になってくれる可能性が高まりますね」
人狼ガルムと鬼女ベニは戦闘が避けられると思って二人顔を見合わせる。
「……。セイレーン……。現世ではギリシャ神話に登場する、半人半鳥若しくは半人半魚の女性の怪物。こちらでは人魚族の黒魔術師セイレーン、かつての勇者のパーティーメンバー……。会ってみないとわからないな。とにかく登ろう」
ララララー、ララララー、ハアアアー、フウウウー。
見上げる先は遥か彼方。セイレーンの歌声だけが、塔内を木霊する。
五人は、革表紙の重厚な古代書の背表紙を眺めながら、ただひたすら螺旋階段を上る。
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休憩を入れずに身体強化して昇り始めて約三時間。三分の二ほど登りきったところで休憩を入れる。
「お師匠、どのくらいの高さですかね」
人狼ガルムが解に尋ねる。
「まあ、ざっと千メートルってところだな。窓があったら眼下に雲が見えることもある高さだな」
「師匠、グフフ。東京スカイツリーを超えましたね。室町時代の酒呑童子に鬼爪を教えた時に奴が言ってました。俺は弥彦山で育ったって。知ってます。弥彦山って高さ六百三十四メートルでスカイツリーと同じなんですよ」
永久は自慢顔。ガルムとベニは、千年妖狐の意外な現代知識に返す言葉が見つからず、ただ黙々と階段を蹴る足を早めた。
「師匠……。少年ステップの最新刊がありますよ!私、これ読みたかったんですよね」
ジュバッ!
週刊漫画に伸ばした永久の手は何かに弾かれる。
「痛っ。魔法結界がありますね。それより、これがここにあるってことは、セイレーンは師匠と同じですね……」
永久は解のチョコの秘密を知っている。
「そうらしいな……。セイレーンはきっと本の番人。世界を記録する者だな」
解は思考する。気相でつながる世界の理、我流六気操術の意味を。
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時空の狭間の解の部屋のベッドで眠るマユは夢にうなされていた。
ベージュのカーテンで囲われた、白い天井が見えるベッドの上。
腕には点滴のチューブ。心電図を刻むモニター。
見たこともない機械に囲まれて眠る自分を幽体離脱して眺めているような夢。
何故か城塞都市サーイギルド長、通称髭マッチョのヨウが傍らにいる。いや、顔は同じだが体形はかなり太っている。
「繭……、天乃解が戻ってくるまで頑張るんだぞ」
背広姿のヨウが自分の手を握る。血管の浮いた細い腕。
「解なら、きっと繭の全身に散った癌細胞を消し去る術を手に入れて帰ってくるさ。だからそれまで……。こんなことなら解との高校生活を楽しませた方が良かった。世界各国が解を危険視する時に繭を人質に取られるわけにはいかなくてな。すまん」
「ぐあっ」
マユと同じ顔をした女性が苦痛で目覚める。その痛みが気相を通じてマユに伝わる。
「冨士岡おじさん。内閣総理大臣がこんなところで……、油を売っていたらダメですよ。うふふ」
「そうだな。解からまた薬が届いたぞ。異界のエルフ族特性の回復ポーションだ。直せはしないが病気の進行は止められるらしい」
サーイギルド長ヨウに顔がそっくりな太った男は小瓶に入ったマユの知っている回復ポーションを見せた。
「ほわー、解君頑張ってるんだぁー。私も頑張って生きなきゃですね」
彼女の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ出る。両手で顔を隠してむせび泣く。
「会いたい。解に会いたい。今すぐ、今すぐ解に会いたい。解、一人に世界を押し付けて、ズルいよ。そんなのズルいよ」
起き上がって男の胸を叩く彼女。感情の爆発。その時……、響き渡る女性の歌声。
ララララー、ララララー、ハアアアー、フウウウー。
「「「闇の力と光の力、集いし時。汝の魂よ。汝の記憶よ。一つに戻りて我が心と共に」」」
繭とマユは夢の中に響いてきた声に合わせて知らない魔法の呪文を唱えていた。
吉澤繭の記憶がマユの中に流れ込んでくる。
孤児院で天乃解と過ごした日々、天乃解との別れ、高校になって天乃解との再会。
そして天乃解との接触を禁止された日々。闘病の日々……。
全てが一つに結びついていく。現世の繭は光の粒となって霊体のマユの中に吸い込まれていく。
「ぐかっ」
吉澤繭は時空の狭間の解の部屋のベッドの上で目覚めた。
全身に巡る病魔の痛み。
「そっか、お前もついてきたんだね」
吉澤繭は白く光る手でがん細胞の進行を抑え込んだ。




