05-05 沈みゆく夕日が森に差し込んで長い影を作る
「そろそろだな」
ムッとするほどの鬼の妖気が立ち込め、血の匂いも濃くなってくる。
解の言葉で四人はウィンド・バイクを下りる。
素早く無限収納ファスナーに二台をしまって、風向きを計算しながら、四人は木陰に隠れながら気づかれないように慎重に鬼族の村に近づく。
「「「「っ……」」」」
夢遊病者のように立ち尽くす鬼の列。
寄生魔蟲の鬼角を埋め込まれたゴブリンたちが、ナイフで先頭の鬼に生えた無数の寄生魔蟲の鬼角を強引に抉り取っている。
その度に鬼は顔を歪めて苦痛を顔に浮かべるが、抵抗するそぶりは見せない。完全に寄生魔蟲に精神を支配されている。
最後の鬼角を切り取られた鬼は、まるで枯れ木のように干からびて粉になって消えていく。
ゴブリンたちが切り取った巻貝のような角がガラス容器の中で触手を出してヤドカリのように蠢いている。
「ベニちゃん!」
列の次の鬼を見た時、人狼ガルムはこらえ切れずに一気に狼化して木陰から飛び出した。
「マユ、頼む」
解は慌ててマユに指示を出す。
マユは立ち上がり、両手を合わせて高く上げる。
「神の御霊よ、光となりて彼らを救い給え。『浄化』」
回復師の最上位魔法が水平な光の輪となって衝撃波を伴いながら広がり走る。
あまりの眩い光に鬼角ゴブリンたちは目を閉じる。
光の輪が晴れると鬼達の額の上に張り付いた沢山の貝殻のような角型の魔石がポトポトと落ちて、大粒の雨のように地面を叩く。
ヤドカリのような足をもがき動かす蟲は、ガラス容器に貯められたものものを含め、みるみる干からびて角型の魔石と共に粉になって消えた。
「あれっ、私たち、何してたんだっけ……。あれっ、ガルム?」
先頭のベニちゃんと呼ばれた鬼女は木の陰から駆け出してくる巨大な狼を目にとめる。
鬼角を失ったゴブリンたちは意識を取り戻し、鬼の列に怯えて森の中へと逃げていく。
一列になっていた鬼達は顔を見合わせる。戦いの記憶も蟲を植え付けられた記憶もないらしい。
力を全て使いつくしたマユは解の手の中に倒れ込む。
「ゴブリンを使ったか……」
用意周到すぎて、魔蟲で鬼を操っていた傀儡師の姿すらない。
いるのは、これから人狼村を消し去った自責の念にさいなまれる完全な被害者だけ……。
小さな行き違いから大規模な戦争に発展する火種。憎悪のスパイラルを生み出すのが目的……。
自己の戦闘欲に狂ったピエロ男邪、狂戦士とも違う。
承認欲求に翻弄された黒ローブの男瘴、死霊使とも違う。
今度の敵はおそらく純粋な破壊願望。
「マユでしか救えないのかもしれないな……」
解は腕の中で静かに眠るマユの顔を見詰めながらこぼした。
「師匠、どうします。鬼族の人たち、なんにも覚えていないみたいですよ」
永久は唇を噛み締める。
「事実を伝えるしかないだろう。隠してもいずれわかる。村が一つ消滅したんだからな」
解は無限収納ファスナーの中の部屋の解のベッドにマユを休ませて、生き残った鬼族を集めた。
解の話を聞き終えた鬼族。無言で俯くもの、涙するもの、悔しがるもの。
反応は様々だったが、怒りの行先は自らの心の中にしかない。
「ベニさん。人狼族の村には何も残っていないと思うが、村人を集めて、せめて墓くらい作ってあげてくれないか」
解はとりあえずの生きる目的を彼らに与えた。
それから全員で人狼族の村に戻り、遺体の無い墓標を立てた。
唯一の生き残りである人狼族のガルムが名を刻み、鬼女たちが摘んできた花を供えた。
畑だった場所に立ち並ぶ墓の群れ。沈みゆく夕日が森に差し込んで長い影を作る。
長い沈黙と祈りを経て解と永久は立ち上がる。
「そろそろ行くぞ、永久」
「はい。師匠」
墓の管理を鬼族に託して村はずれの獣道まで歩く。
見送りは人狼族のガルムと鬼族のベニ。
重い空気が支配したまま、小さな森の隠れ里での事件は終わりを告げた。




