05-04 戦う理由
むせ返るような赤い血に染まる森の一角の村、人狼ガルムは膝をついて地面を拳で叩く。
昨日まで笑顔を交わし合った仲間の姿は、もうそこにはなかった。
何もかもが奪われた後の静けさの中に風が吹き抜ける。自分だけがただ一人生き残った。
「強くならなきゃ……。必ず、必ず、復讐してやる」
人ならざる狼の耳と尻尾、黒く染まった目が悔しさを、口惜しさを、自分の非力を呪う。
「ガルムさん。怒りに心を託してはいけません。あなたの家族が、あなたの友達は復讐なんて望んでいません」
マユはガルムの肩に手をかけて、少し厳しい声で伝える。
「お、お前らに。何がわかるって言うんだ。異界に追放されて隠れるように暮らし、それでも季節のちょっとした変化に幸せを感じるようなささやかな日常だったのに……」
ガルムの鋭い爪が手のひらに食い込み、握ったこぶしから鮮血が流れ出る。
「私もそうだよ。千年間も独りぼっち」
永久は狐耳を持ち上げて、九本のしっぽを揺らして続ける。
「ずっと、ずっと一人で人間に復讐してきた。恨み、呪い、逃げ回りながら。でも、何もなかった。ただ虚しかった」
「……」
ガルムは項垂れながら狼耳を永久に向ける。
「気が付いたら尻尾、九本になってた。笑っちゃうよね。ある日、変な奴に追い詰められて、あっ、変な奴ってそこにいる解って人間。今は師匠って呼んでんだけどね」
解は静かに永久の横に立つ。
「師匠にコテンパンにやっつけられた。ボロボロになってもう死んでもいいかなって思ったとき、師匠が右腕を差し出して言うんだ。『これで気が済むなら食うか?』って。人間の腕なんてちっとも美味くないし『狐そば』って言ったら、もう、それがセコくって立ち食い蕎麦屋で……。二人で並んで食べてたら千年ぶりに涙出てさ……、千年ぶりに笑ってさ……」
永久は俯く。涙がポトリ、ポトリと落ちて血に染まった草を揺らす。
マユはガルムの肩から手を外してハンカチを取り出して永久に渡す。
グシュ。
「永久、鼻水ついたぞ。ハンカチ、ちゃんと洗ってマユに返すんだぞ」
解はガルムに向かって続ける。
「俺の見立てでは、この村を襲った鬼は誰かに操られている。額だけじゃなくてそこら中に角が生えていたってお前、言ったよな。おそらくそれは人工的に作られた寄生魔蟲だ。俺たちはそれを作った奴を探している。一緒に来るか?」
人狼ガルムは顔を上げて解を見る。
「ただし、復讐は無しだぞ。今のお前では寄生魔蟲付きの鬼には勝てない。勝手に食われるのはかまわんが妖気を奪われて、敵をパワーアップさせられたらかなわんしな」
解は同情も情けもかけない。説得も強制もしない。
弱肉強食の世界、大なり小なり生き物は他の生き物を食らってしか生きられない。ベジタリアンなんて気取る奴もいるが植物だって立派な生物だ。
だからこそ、勝手に生き物の理を変えてしまう寄生魔蟲の存在は許せない。
「ガルム、お前。鬼族の村に知り合いがいるだろ」
人狼ガルムは答えない。
「これだけの惨状だ。お前ひとりの力じゃ生き残れない。鬼の妖気が纏わりついているぞ。そいつが寄生魔蟲に抗って理性を失う前に最後の意志でお前を逃がしたんだろ」
「……。ベニちゃんの顔に変な角がいっぱい生えてきて……。ベニちゃんを元に戻せるのか?」
あのアホみたいに笑う、お節介なベニちゃんが……、化け物になっちまった。それでも俺を助けてくれた……。
「マユの力があれば戻せるかもしれない。急ぐぞ。鬼の村へ案内しろ」
ガルムは死にかけていた自分を聖女アンナ・マレッサのような強力な力で回復してくれたマユをみる。
マユの瞳に力が宿る。
こうして人狼ガルムは戦う理由ができた。
ジジー。
解は無限収納ファスナーを大きく開いて二台のウィンド・バイクを時空の狭間から引き出す。
ウィンド・バイクのタンデムシートにガルムを乗せて、永久は森の木々を縫うように進む。
マユをサイドカーに乗せ、解はその後を追う。
バヒューンー!!
鬼の妖気が立ち込める森に向かって爆走するウィンド・バイクの音が木霊した。




