01-03 懐事情も最強です
天乃解と九尾永久は枯葉が幾重にも重なるけもの道を進む。
「師匠、ところでこの世界に人間がいたとして、日本語って通じるものですかね」
「さあな。普通に考えたら通じないんじゃないか。漫画なんかじゃ、ご都合主義だけど」
「ですよねー」
「まあ、でも鳥居があるくらいなんだから、日本文化といくらかのつながりはありそうだ」
「そっ、そうですよね。陰陽師の先輩達が妖魔とか妖獣とか、無節操にこっちの世界にポイ捨てしてましたからね。妖獣はともかく妖魔って意外としゃべれるし」
「……」
解は周囲の『気』の質と流れから、日本と異界があながち無関係でないことを感じ始めていた。
この世界の住人に接触できれば、答えに近づくと確信するが、ぬか喜びさせるのはいかがなものかと思って、今はまだ永久には伏せることにした。
「そう考えると、とんでもない話ですよね。医療廃棄物とか放射性廃棄物を別の国に押し付けるのと同じじゃないですか」
「人間のエゴなんてそんなもんだよ。ちょっと待て」
解は立ち止まり、足元の枯葉に隠された、藁で編まれたロープを目線で示して小声て告げる。
「向こうから来てくれるのは手間が省けるな」
「平安時代並みの文明レベルですね」
平安を生きた永久が言うならそうなんだろう。解はかがんでロープをつまみ上げて思いっきり引いた。
カラン、カラン、カラン。
ロープに繋がれた竹鈴が、引きあがり鳴り響く。
しばらく待っていると木々に隠れながら近づいてくる人の気配。
「十人ってところか。素手でもいける」
解は腰に差していた妖刀『鬼神解』を腰から鞘ごと引き抜き、無限収納ファスナーのつまみを引いて制服のブレザーの中にしまった。
「ほんと便利ですね。私にも一個くださいよ」
「無理」
「何でですか。師匠と私の仲じゃないですか」
「お前は陰陽道、俺は我流六気操術、師弟関係を結んだ覚えはない」
「そんなー。私を殺さずに捕まえたってことは……。うふっ。妖界では、夫婦の契りを交わしたことと同じですよ」
「カマキリみたいに旦那を食べるんだろ」
「そりゃ、まあ。愛ゆえの行為。なんちゃって、まあ、子孫を残す厳しい現実ってやつです。私の種族はそんなことしませんよ。長生きなんで」
気配が近づいてくる中、緊張感の全くない会話を続けて待つ。
「何者だ!」
お世辞にも高級とは言えない刀や斧を携えた男達が現れる。
日本語だったことに解と永久は顔を見合わせてニッコリ、ハイタッチ。
「……」
無防備な可笑しなモーションと、武器を持っていないことを確認し、男たちの緊張が少しばかり解ける。
「通りすがりの旅人だけど」
解は両手を上げて、少しおとぼけ顔でニコッと笑い、攻撃の意思のないことを示して続ける。
「鳥居があったものでちょっと、旅の安全祈願に」
「蜘蛛神様にか?」
「蜘蛛?」
「そうだ!強大な魔力で村に魔物が寄り付かんようにしてくださるのだ」
解は鳥居の先に見える、社と呼ぶにはあまりに小さな祠の『気』を探って永久に小声で告げる。
「神気は感じないな。この土臭いちんけな妖気……。恐らく土蜘蛛。三下妖怪だぞ」
「陰陽師の現統領は家柄だけなもんで。倒しきれずにこっちの世界に廃棄したんですよ。まあ、師匠なら瞬殺するんでょうけど……」
永久はチクリと嫌味を差し込む。土蜘蛛は現世でも強者にあたる妖怪だったのだ。
「しかし、地元民が神だと言っているものを殺すわけにもいかんな」
「師匠が神として居座るとか……どうです」
地元民をおいて不審な会話を始める解と永久。
「無視するとはいい度胸だな。ガキと小娘。お前ら死にたいのか!」
リーダーと思われる筋肉もりもり男が、解に向かって手に持つ刀を振り上げ、問答無用で切りかかる。
解は、顔を向けることなく、刀の刃を指先でひょいとつまむ。
「ふんぬっ……」
男は押したり引いたり。顔から蒸気が出るかと思うほど力を込めるがピクリともしない。
男の周りの者たちは事態が飲み込めずに、ポカンとしている。
「顔真っ赤にして怒ってるけど、面倒だから永久に任すわ」
「わかりました。師匠、チョコを出してください」
「チョコ?」
「そうです。進駐軍にチョコもらったら、ほら、いい人ってなりましたよ。私」
「進駐軍?」
「やだな。師匠、第二次大戦で東京に入って来たアメリカ兵ですよ」
「……。百年で一歳だったな。そんな実体験を語れるのはお前くらいだろ。ほれ」
解は例のファスナーを引いて数枚の板チョコを取り出す。
「師匠、これ銀座で話題のショコラティエのじゃないですか。一枚一万円越え…ですよね…」
「そう言われても、それしかないが……」
「師匠の懐事情も規格外の最強なんですね」
「それじゃ、おじさん、ちょっとこれ食べてください」
解に刀をつままれ、憤怒っと顔を赤くしている筋肉もりもり男を睨みつけて『妖気』を開放する。
「なっ……」
リーダーと思われる男も村人も永久の眼光に一瞬で戦う気力を失った。
永久は男に告げる。
「ほら、あーんして」
男は催眠術にでもかかったようなうつろな瞳で口を開く。
ポイッ。
「うまっ!なんだこれ」
一瞬にして正気に戻る筋肉もりもり男。
永久は自分もチョコを一欠け割とって口に入れる。
「うまっ!師匠、やっぱり美味しいものは世界を平和にするんですよ」
幸せそうに笑顔で笑う。
リーダーを毒殺されるのかと思っていた村人は唖然。
永久は有無を言わせず村人たちに手を出させチョコを配って回る。
村人たちは手のひらに乗った焦げ茶色の物体を見詰める。
段々と手の熱で溶けるそれ……。っ……。ガチであれっぽい!勇気あるな……リーダー。
「ほら、早く食べないと溶けちゃうよ」
永久は妖気をブワッと開放して無言で脅す。風もないのに木々がざわつき、野鳥が一斉に飛び立つ。
そんな中、リーダーは子犬みたいな顔になって永久に頼み込む。
「おっ俺にも、もう一つ……」
筋肉もりもり男の、もの欲しそうな一声で、村人たちは勇気を振り絞って人生初の未知の物体を口に含む。
「「「うまっ!なんだこれ」」」
こうして怒れるリーダーと、その取り巻きを手なづけて、やすやすと村に招かれた二人だった。
地球の厄介者の捨て場となっている異界。この世界の住人と元の世界の関わりとは。
六気操術を我流で生み出した解の頭の中に新たなパズルを解く楽しみが生まれた。




