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【完結】遊び人の王太子に相応しい『悪女』になるための方法  作者: 木風


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第三話 本当に誘惑したいのは

オードリックの瞳には、隠しきれない欲望が透けて見えた。

かつてのアイリスなら、これを『愛されている証』だと思って喜んだだろう。

けれど、今の彼女には、それがただの『狩人の目』にしか見えなかった。

ライアンは、練習中、どんなに情熱的な瞳をしていても、最後の一線だけは絶対に越えなかった。


『アイリス、嫌なら拒め』

『俺を信じるな』


そう言いながら、彼はアイリスの尊厳を何よりも守ろうとしてくれていた。


「……アイリス?」


オードリックが、返事のない彼女に焦れて、強引に唇を奪おうと顔を寄せた。

その瞬間。

アイリスの全身に、拒絶反応が走った。


「……申し訳ありません!」


アイリスは、ライアンに教わった『誘惑の技術』をかなぐり捨て、全力でオードリックを突き飛ばした。


「な、なんだ!?急に……」

「ごめんなさい……あの、急に体調が悪くなってしまいました。失礼いたしますわ!」


驚きに目を見開く王太子を置き去りにし、アイリスはドレスの裾を翻して走り出した。

心臓が今、ようやく激しく打ち鳴らされている。けれどそれは恋のときめきではない。

『取り返しのつかない間違いを犯していた』という恐怖と、後悔だった。


(私、バカだわ。大バカよ……!)


馬車に飛び乗り、屋敷へ向かう道すがら、アイリスは涙を堪えることができなかった。

王太子に釣り合う女になりたいと思っていた。けれど、いざその腕に抱かれて分かった。

自分が本当に欲しかったのは、王太子の隣の席ではない。

あの図書室で、不器用ながらも自分を導いてくれた、ライアンの隣だったのだ。


「ライアン……ライアンに会いたい……っ」


屋敷に帰り着いたアイリスは、そのままライアンのいるはずの騎士団宿舎へ向かおうとした。

だが、玄関先で耳にしたのは、絶望的な会話だった。


「……聞いたか?アシュード家のライアン様、隣国の侯爵令嬢との婚約が決まったらしいぞ」

「ああ、先ほどアシュード伯爵家から正式に使いが来たそうだ。おめでたい話だな」


執事たちの何気ない会話が、アイリスの心に冷水を浴びせかけた。


「……え?」


足から力が抜け、アイリスはその場にへたり込んだ。

ライアンが、他の誰かと……?

そんなの、絶対に嫌。嫌だ。

アイリスは、教わったばかりの『悪い女』の顔ではなく、ただの恋する少女の泣き顔で、再び走り出した。


「ライアン!ライアン、どこにいるの!?」


降り始めた雨も厭わず、アイリスはライアンの屋敷へと駆け込んだ。

公爵令嬢としての矜持も、教わったばかりの淑やかな歩き方も、すべて泥に塗れて構わなかった。

屋敷の広間で彼女を待っていたのは、驚きに目を見開くライアンと、その傍らに立つ見知らぬ美女だった。


「アイリス……?なぜこんな時間に。それに、その格好は……殿下とのデートはどうしたんだ」


そう言いかけたライアンの言葉を、アイリスの悲鳴のような声が遮った。


「嫌よ!婚約なんて、絶対に認めないわ!」


アイリスはライアンに詰め寄り、彼の胸元を掴んだ。


「隣国の令嬢だなんて、どこの誰かも知らない女の人に、あなたをあげるなんて嫌!私が、私がライアンを好きなの!王太子様なんて、ちっともドキドキしなかったわ。ライアンじゃなきゃ、練習の時みたいに私はドキドキできないのよ!」


その場にいた『見知らぬ美女』……

実はライアンの従姉妹であり、隣国から親善大使として訪れていたソフィアが、目を丸くしてライアンを振り返った。

ライアンは顔を真っ赤にし、慌ててアイリスの肩を掴んだ。


「待て、アイリス!落ち着け。……婚約というのは、彼女の従兄の話だ。俺はただ、案内を頼まれていただけで……」

「え……?」


アイリスの動きが止まる。

ソフィアがクスクスと笑いながら、優雅に一礼した。


「初めまして、公爵令嬢。ライアンからあなたの話は聞いていたけれど、これほど情熱的な方だとは思いませんでしたわ。……お邪魔虫は退散しますわね」


ソフィアが去り、広間にはアイリスとライアンの二人だけが残された。

静寂が訪れ、雨音だけが響く。アイリスは自分の放った言葉の重大さに気づき、一気に顔を火照らせた。


「……あ。あ、あの、今の、その……」

「アイリス」


ライアンの声が、これまでになく低く、震えている。

彼はアイリスの腰を引き寄せ、逃げられないようにしっかりと抱きしめた。


「今、なんて言った。『ライアンじゃなきゃドキドキしない』……そう言ったのか?」

「……っ。……そうよ。王太子様に触れられて、やっと分かったの。私をあんなに乱して、変な気持ちにさせたのは、ライアン、あなただけだったって。……あなたのせいよ。責任、取ってちょうだい」


アイリスはライアンの胸に顔を埋め、消え入りそうな声で訴えた。

ライアンは、ふっと自嘲気味に笑った。


「責任……?ああ、喜んで取るさ。俺がどれだけ、君を他の男の元へ送り出すのが地獄だったか、君には想像もつかないだろうな」


ライアンの手が、アイリスの髪を愛おしそうに撫でる。

そして、彼はアイリスの顎を掬い上げた。

その瞳は、練習の時のような『演技』の熱さではなく、何年も煮詰めてきた、逃げ場のないほどに深い愛の色を湛えていた。


「アイリス。……最後の『口づけ』の練習、まだだったな」

「え……?でも、あれは本番でって……」


ライアンは、逃げ道を与えるようにほんの僅かに距離を取った。


「嫌なら、今ならまだ引き返せる」

「嫌じゃないわ……引き返さないわ」

「……ここからは、練習じゃない。『本番』だ」


ライアンの唇が、アイリスの唇に重なった。

オードリック王太子の時には感じなかった、魂が震えるような熱。

ライアンの手が、背中を、腰を、確かめるように強く抱きしめる。アイリスは彼の首に腕を回し、必死にしがみついた。


「……アイリス。もう、どこにも行かせない。公爵令嬢だろうが王太子妃候補だろうが、俺が奪って、二度と手放さない」

「……ええ。奪って、ライアン。私を、あなたの『悪い女』にして」


二人は、雨の音に祝福されるように、何度も、何度も唇を重ねた。


『悪い女』を目指した公爵令嬢の迷走は、最高に甘い、彼女だけの騎士の手によって、ようやく終着点へと辿り着いたのだった。


その後、アイリスは王太子オードリックとの婚約話を正式に断り、ライアンとの婚約を発表した。


当初は周囲から「なぜ王太子を蹴って辺境伯の子息を?」と囁かれたが、仲睦まじく、それでいてどこか艶っぽい雰囲気を纏った二人の姿を見て、誰もが納得せざるを得なかったという。

ちなみに、王太子オードリックは「あんなに僕を翻弄したアイリスが、あんな武骨な男を選ぶなんて」とショックを受けていたが、ライアンは彼に対してだけは、これ以上ないほど冷ややかな、そして勝利を確信した『悪い男』の笑みを浮かべて見せたという。


「……ライアン、またあの顔をしてるわ。私以外には見せないでって言ったでしょう?」

「ああ、悪い。……アイリス、続きをしようか。今日の『手解き』は、まだ終わっていないだろう?」


二人の幸せな『授業』は、これからもずっと続いていく。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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