番外編 オードリックが誘惑したいのは……
「……はぁ。今日もダメだった。全然、ちっとも、一ミリも心が動かない」
豪華絢爛な王宮の一室。
オードリック王太子は、誰にも見せない情けない声を漏らし、高級なソファーに突っ伏していた。
先ほど、公爵令嬢アイリスから『体調不良』という露骨な言い訳でデートを強制終了されたばかりだ。
普通の男なら憤慨するところだが、オードリックの心にあるのは、絶望的なまでの『自己嫌悪』と『虚無感』だった。
彼は、社交界では『夜の王』などと噂されている。
夜な夜な着飾った淑女たちに囲まれ、甘い言葉を囁き、浮名を流す。
だが、その実態は……。
「……そもそも、僕に経験なんてあるわけないじゃないか!女の子の手を握るだけで、本当は心臓が口から出そうなのに……っ!」
そう、オードリック王太子、二十歳。
その輝かしい称号とは裏腹に、彼は正真正銘、純潔を貫き通してしまっている、いわゆる『チェリー』であった。
彼が『遊び人』のフリをし始めたのには、悲しい理由がある。
初恋だった。相手は五歳年上の従姉、エレナ。
凛としていて、優しくて、幼いオードリックの憧れを独占した女性。
しかし彼女は三年前、愛する夫の元に、幸せそうに隣国へ嫁いでいった。
『オードリック様は、まだ可愛い弟みたいですものね』
別れ際に贈られたその言葉が、彼の胸に深く突き刺さった。
彼は誓った。『弟』を卒業してやる、と。
悪い男になって、エレナを忘れさせてくれるような素敵な女性をたくさん作って、この虚しい恋を上書きしてやるんだ、と。
「それなのに、現実はどうだ。寄ってくるのは僕の『肩書き』が好きな子ばかりだし、僕の方も、彼女たちの耳元で囁きながら……頭の中ではエレナ姉様との思い出をリピート再生している始末。……ああ、死にたい。情けなくて死にたい」
アイリスとのデートも、彼なりの必死な努力だった。
公爵令嬢という最高峰の淑女を口説き落とせば、自分も少しは『大人の男』になれるのではないか。
だから、アイリスが誘惑してきた時、彼は「今こそチャンスだ!」と奮起したのだ。
(あ、今、アイリスが隙を見せた!ここで腰を抱いて、耳元で『あちらの東屋へ』って言えばいいはず!?恋愛小説にはそう書いてあった!)
内心でマニュアルを必死にめくりながら、震える手で彼女の腰に触れた。
内心は「うわあああ女の子の腰だ!細い!柔らかい!どうしよう!」とパニック状態。
しかし、精一杯の『遊び人の微笑み』を顔に貼り付け、必死に格好をつけた結果……。
突き飛ばされた。
「……あんなに全力で拒絶されるなんて。僕、そんなにキモかったかな……。それとも、やっぱりエレナ姉様以外の女性を無理に抱こうとしたバチが当たったのか……」
オードリックはソファーのクッションに顔を埋め、ジタバタと足を動かした。
格好良すぎる王太子の、あまりに格好悪い独り言。
オードリックはガバッと起き上がると、酒瓶……ではなく、中身がただのブドウジュースであることを確認してから、ヤケクソ気味にグラスに注いだ。
「もういい!僕は一生、悪い男のフリを続けてやる!経験豊富そうな顔をして、夜会でシャンパンを回してやるんだ!中身は全部ジュースだけどね!誰も僕の純潔を奪えないまま、伝説の聖王太子として歴史に名を刻んでやる……!」
涙目でブドウジュースを煽るオードリック。
外では「遊び人の王太子が、また一人令嬢を泣かせた」という噂が広まっているが、実際に泣いているのは、失恋を引きずりすぎて『悪い男』の演技を止めるタイミングを見失った、可哀想な彼の方なのであった。
「……エレナ姉様。やっぱり、僕には『悪い男』なんて、百年早かったみたいです……」
その夜、王太子の寝室からは、むせび泣く声と、何度も「エレナ姉様ぁ……」と呟く情けない声が漏れ聞こえていたという。
最後までお付き合い、ありがとうございました。
個人的にはオードリックの方が好きだったりします。
オードリックがいつか誰かと幸せになれるのか…?もし、気になりましたら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




