第12話 エドのお願い
「じゃあ俺のお願いも聞いてよ」
エドは依然として笑顔のままだが、少しイタズラっぽくウインクも混ぜてくる。
話しかけた当初の落ち着いた雰囲気とのアンバランスさにエマは驚いて目をぱちくりさせる。
「いいですけど、僕にできることとかありますかね?」
こちらからお願いしている以上、対価としてエドの依頼も受けるのはやぶさかではない。
しかしエマは一体どんな内容を請われるか想像できず困惑する。
エマの反応を肯定と受け取ると、内容は明かさないまま立ち上がる。
「うん、多分君なら大丈夫だと思うんだ。だからちょっと場所を移そうか」
エドは上半身だけ振り返ると、杖を持っていない右手で手招きする。
その一方的な態度にエマは一抹の不安を覚える。
されど彼の雰囲気に悪意は感じられず、恐る恐るながらもついていくことにした。
エドの横を半歩遅れて歩きながらエマは周囲に目をこらす。
徐々に道は細くなり、すれ違う人の数は減っていく。
それに応じて不安は膨らみ、いざという時の逃走ルートに想いを巡らせる。
(逃げる時は塀に立てかけられている看板を倒して邪魔しよう。さっきの感じだと道は賽の目状に繋がってるから左右に折れながら進んでいけば人気のあるところに出られそうだな)
これらの考え方はレオンハルトから教わったものだ。
正式に稽古をつけてもらえるようになって以来、純粋な技術を教わる傍らで地形に応じた戦い方も教わった。
森の奥の小さな村で育ったエマにとってはこのように建物が立ち並び、入り組んでいる状況での戦いというのは想像さえしていなかったことだ。
それが今では自然と状況を把握して策を練っている。
的確かどうかまでは判断できないが、自身の進歩やレオンハルトとの鍛錬が無駄になっていない事実につい顔が綻ぶ。
しかし慣れない思考に気を取られ、喜びに胸を躍らせていたせいで肝心なエドから気を逸らしてしまっていた。
だから声をかけられていることにも肩を叩かれるまで気がつかなかった。
ポンと左肩を叩かれる。
当然、その前にも声をかけられていたのだが、エマにとっては不意打ちに感じられ驚きから体をすくめる。
「大丈夫か?ぼーっとしてたみたいだけど。目的の場所に着いたぞ」
エドに連れられ辿り着いたのは人気のない空き地だった。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事を……」
気まずさに目を逸らしながら改めて周囲を見渡す。
人気もなければ物もない開けた空間に、エマはレオンハルトと初めて戦った場所を思いだした。
「こんなところで何するんですか?」
あたりを不思議そうに見渡しながら、数歩だけ歩く。
自然な流れで逃走経路が自身の背後にくるように、エドが袋小路の奥に来るように位置関係を調節する。
「さっき話している時、君の手を見て思ったんだ。多分剣の稽古をしているんだろうなって。それも相当に」
エマは思わず自分の手を見つめる。
今となっては当たり前になっていた、マメやタコができた手のひらを見て頷く。
村にいて1人で鍛えていた頃と比べても、ずいぶん傷つき、硬くなったような気がするその手にエマは誇らしさを感じている。
それと同時にほんの少しの会話の中でエマの手に気がついたエドの観察眼に驚き、素直に喜ぶべきか警戒すべきか、彼の評価に戸惑う。
「それに今もちゃんと俺のことを警戒している。信用されていないのは悲しいけど、ちゃんと相手を観察して周りを観察して、そういうのは単純な技術の問題ではないけれど、だからこそ重要だ」
自分の中ではうまくやっていたつもりのことが全てバレていたことにエマは恥ずかしくなる。
それと同時に、エドが話したことはそのままエドが実践していることだった。
エマはやはり警戒心を強める。
一方でエドの話は要領を得ず、いまだに目的が見えなかった。
「結局、何をするんですか?」
エマはわざと語調を強める。
あまり回りくどい話は好きではないし、得意でもなかった。
「俺に君の剣を見せてほしいんだ」
その言葉はやはり、いつかのレオンハルトを彷彿とさせてつい笑みが溢れてしまう。
「なんですか、それ?意味わからないですよ」
「見ての通り、俺は今左足を怪我しているんだ。怪我自体は安静にしていればそのうち治るのだが、その間体を動かさないというのも気持ち悪くてね。それで君に相手をしてほしい」
エドは恨めしそうに左足をゆらゆらさせる。
「いや、でも怪我してるんなら言われた通り安静にしたほうがいいんじゃないですか?」
間の抜けた依頼にエマはだいぶ毒気を抜かれてしまい、呆れたように物を言う。
「本当なら俺は毎日だって稽古したいんだ。けど、街の人にバレるとフレッドさんにチクられちゃうから大したことができなくてさ。それに稽古に付き合ったってバレたらそいつまでどやされるもんだからみんな相手してくれないんだよ」
だから頼むとエドは頭を深く下げる。
「別に、それくらいならいいですけど。怪我が悪化しても知らないですよ」
エマは深いため息と共に頷いた。




