第13話 奇妙な立ち合い
「じゃあ、これ使っていいから」
エドは左手の杖を振り上げ、途中で手放す。
杖は綺麗な放物線を描くとエマの胸元へ吸い込まれるように落ちてきた。
手を差し出すと杖はすっぽりとエマの両手に収まる。
「でもこれじゃ、エドさんどうするんですか?」
「俺は君の剣を避けるから、気にせず打ち込んできてよ」
エドは右足に負担をかけないようにと左足に体重を乗せ、わずかに全身が傾いている。
にも関わらず余裕の表情にエマはムッとする。
「本当に怪我しても知りませんからね」
言葉とは裏腹にエマはわざとエドに当たらないように杖を振る。
当たるか当たらないかギリギリを攻めながら様子を伺うと、エドもエマの意図に気がついているのか微動だにしない。
それどころか太刀筋と体の間にあるわずかな余白を埋めるように杖へ体を寄せてくる。
「本気であてていいんだよ」
エドが体を寄せる分、エマの太刀筋はエドから離れていく。
「無防備な相手を叩くなんて気持ち悪いし嫌です」
それに応じてまたエドは体を杖に寄せていき、ついには自らぶつかりにいく形になった。
「危ない!」
エマは杖の軌道を大きく変え、なんとかエドを躱す。
そもそもが全力の振りではなかったことも幸いし、杖はエドの頬を掠めるにとどまった。
が、身を大きく捩っていたエドはそのまま体制を崩し、右足で踏ん張る形になってそのままよろけた。
「あいったー」
尻餅をついたエドは右の足首を押さえて悶絶する。
「だから言ったじゃないですか。大体、当たりに来るなんて何考えてるんですか?」
エマは呆れて心配する気も起きなかった。
何よりその不可解な行動が不気味でたまらなかった。
「いや、すまない。悪ふざけが過ぎたよ」
右足をさすりながらエドは大して悪びれる様子もなく、謝罪を口にする。
「それにしても、本気じゃなかったんだろうけどなかなかに鋭い太刀筋だったね。良い師匠でもついてるのかい?」
「うーん、どうなんだろう。いい師匠といえばそうなのかな?」
確かにレオンハルトは教えるのがうまい、とエマは思っている。
ただ基本に厳しかったり、細かいことにうるさかったり、それも良さだとは思う反面、几帳面さ故の口うるささは時に煩わしくもあった。
もちろん、教えてもらってる立場でそんなことを言うはずもなく、胸に留めているが改めて考えると素直にはいと言えなかった。
それ以上に師匠という言葉がしっくりこない。
立場を考えれば師匠と弟子の関係ではあるが、レオンハルトを師匠と思うとなんだか笑えてくる。
「おい、ニヤニヤしてどうしたんだよ」
エドの言葉ではっと我に帰る。
そんなに笑っていたかとエマは思わず自分の顔を撫でた。
「よくわからんが悪い師匠ってわけでもなさそうだな。それに君は良い弟子だ。そういう関係は羨ましいよ」
エドは器用に腕と左足だけ使って立ち上がると、手を伸ばしてきた。
「エドさんには良い師匠はいなかったんですか?」
聞きながら杖を渡すと、エドはそれを左手に持ってもと来た道へ歩き始めた。
右足の怪我が悪化したのか、その足取りは来た時よりもいくらか重たい。
「そう言われると多分、良い師匠だったよ。どちらかといえば俺が悪い弟子だったのかな」
エマは早足でエドに追いつく。
数十センチ上にあるエドの表情はちょうど太陽と逆光になってよく見えなかった。
「変な人だとは思うけど、悪い人には見えないですよ」
素直な感想だった。
それを聞いてエドは笑い出す。
「そうか、俺は変な人か」
「だって、丸腰で自分から怪我しにいくような人は普通じゃないでしょ」
エマも釣られて笑いだした。
言葉遣いも軽くなる。
「それもそうかもな」
「足、診てもらいにいくんですよね?一緒に行きますよ?」
先程から右足を痛々しく引きずる姿にエマは肩を差し出す。
「いや、自業自得だし大丈夫だよ。それにこの身長差じゃ肩を貸すのも借りるのも大変そうだ」
「それもそうですね」
エマとエドの身長差では、エマの頭を貸すくらいでないと支えにはなり得なかった。
「それにしても、君たちはみんなそうなのかい?」
「そうって?」
「君の友達のクリス君も俺に肩を貸してくれようとしたよ。だから、君たちはみんなそうするのかなって思っただけさ」
そう問いかけたエドの表情はどこか寂しそうに映った。
「どうなんでしょうね?でも多分、僕がこうするのはクリスの影響な気もするし、だったらみんなそうするかもしれません」
エドは答えに満足したのか大きく頷くと、歩幅を大きくして進み始めた。
その姿がエマにはどこか無理をしているように見えた。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫。そうだ、もののついでに君の師匠の名前教えてくれよ」
なぜこのタイミングでそんな質問をされたのかエマは理解できなかった。
しかし黙ったり嘘をついたりする気にはならず、素直に答える。
「レオンハルトですよ」
エドはそれを聞いて「ああ」とエマに聞こえないほんの小さなため息のような言葉を漏らす。
そしてエマの方を振り向くことはせず、右手を上げて返事をした。
エマはそんなエドの姿を奇妙な心持ちで見送った。
思えば彼の言動は不可解なものが多かったような気がする。
それでも決して悪い印象はなく、ただぼんやりとした謎めいた印象だけが残っていた。
帰路に着いたエマは不意に、エドとの交換条件を思い出す。
フレッドの情報をまだ何一つ得られていないことに気がつき、慌ててエドを追いかけたが、その姿はどこかへ消えていて見つけることはできなかった。




