第11話 懐かしい街並み
「ただいまぁ」
クリスが宿に戻ると、そこには誰もいなかった。
フレッドに弟子入りを認められたこと、それをすぐにでも伝えたかったクリスは肩透かしを喰らってしまう。
(買い物にでも行ったのかな)
まだ陽は高く、お昼を少し過ぎた頃合いだ。
椅子に座って一息つくと、腹の虫が鳴り始めて自身の空腹に気がつく。
クリスは誰もいない部屋で恥ずかしそうにお腹を撫でる。
(着替えたら昼食にしよう。待ってればみんな帰ってくるだろう)
喜びを伝えたくて急く気持ちを抑えながら、クリスはゆっくり立ち上がった。
クリスと入れ違う形で3人は街に出ていた。
「やっぱり、クリスにだけ無理をさせるのは申し訳ない」
自分の意思で行動しているとはいえ、その延長線上に立っているトワは何かしないともどかしいという様子だった。
エマとレオンハルトは顔を見合わせると、トワの気持ちを汲んで軽く頷いた。
「だったら、最初に会ったエドって人だっけ?その人にフレッドって人のこと聞けばクリスが弟子入りする手助けになるんじゃない?」
「その男の特徴は覚えているか?」
トワは両腕を組んで首を傾げる。
「そうだな……確か右足を怪我してたはずだ。左手に杖を持ってて身長はレオンハルトよりも高かった気がする。あとは髪も長かったかな?それくらいしか覚えてないな」
「それで十分じゃないか。街は広そうだし、手分けして探そう」
歩けば歩くほど、この街にどこか懐かしさを感じる気持ちが強くなる。
いくつもの街を渡り歩いてきたトワはたまにこういう気分になる。
デジャブか、似た作りの街並みに重ねているのか、いずれにしても広い広い大陸を徒歩で巡っている以上、同じ街にたどり着く偶然などそうそう起こらない。
それでも今回は本当に同じ街なんだと確信が持てていた。
それはこの300年で最も大切だった記憶の背景だったからだ。
あの頃と比べると荒廃した雰囲気が強まって、家並みや道がところどころ変わっているが、多分間違えない。
温かく幸せな出会いの記憶。
辛く悲しい別れの記憶。
最初は意図して考えないようにしていたそれらも、100年という歳月の中で自然と風化していった。
レジーナに自身の過去を話した時、久々に思い出した当時の記憶は思った以上に胸を傷つけなかった。
それは時間のおかげか、隣にいる彼らのおかげか。
それでもこの土地で少しずつ、覚えのある景色が色褪せた記憶に色をつけ始める。
それはとても辛かった。
一般的な寿命を考えればモネはおそらく、もういない。
拒絶された過去を振り返るのもそうだし、面影を残す街に自分以外の人間がもういない事実も耐え難かった。
しかし無意識にトワの足はあの路地裏を目指す。
次第に人気は消えていき、エドを探すという目的も二の次にトワは暗い道へと入っていった。
一方エマは人混みをかき分けながら歩いていた。
(人が多い方が聞き込みしやすいと思ったけど、なんか想像以上に警戒されてる気がするなあ)
何人かにエドの素性を尋ねてみたが、誰も知っている人はいなかった。
本当に知らないという雰囲気の人もいれば、エマのことを訝しむ人や意図してエドの情報を隠しているような人もいたような気がした。
エマはそうした人々の怪しい動きに半ば確信を得ていたが、無理に聞き出すことは決してしなかった。
(足を怪我してて背が高い男の人か……自力で見つけるなら、ここじゃないかな)
足を怪我して杖をついている人が歩くには、この道は雑多すぎた。
エマは徐々に人並みが落ち着く方向へと歩いていった。
(ちょっと小道にそれたところとかにいるかもね)
いちいち路地の方まで顔を覗かせながら、エマはキョロキョロと道を歩く。
突然、どんっと顔に衝撃を受けた。
「いたっ」
実際にはたいした痛みはなかったが、つい反射でそんな声が出てしまう。
すぐに正面を見て、人にぶつかったことを確認すると慌てて頭を下げた。
「す、すみません。よそ見してて、怪我はないですか?」
下げた頭の先には包帯が巻かれた足と、1つの杖。
下げた頭を上げて相手の顔を見ようとすると、その顔は随分と高い位置にあった。
「こちらこそ、怪我はないですか?」
その男は怒る素振りなど一切なく、優しく笑った。
「もしかして、エドさんですか?」
エマは思わずそんな返事をしてしまった。
「なるほどね。じゃあ君はこの前の二人組の友達ってことか」
「そうです!」
2人は近くのベンチに座って、エマがことのあらましを伝えていた。
「それで、どうしてもフレッドさんに診てもらいたいので、なんとか見てもらう方法を知りたかったんです。お願いします」
エマは丁寧に頭を下げる。
エドはそれをニコニコしながら見つめている。
少し考えるそぶりを見せたあと、エドは一度だけ頷いた。




