第18話 一片の可能性
いよいよ不死鳥が祭壇に入ってから7日が経過した。
いつ不死鳥が出てきてもいいようにと、村長をはじめ村人の多くが祭壇近くに陣取り、固唾を飲んで見守っている。
トワたちもその中の一人だった。
村人の集団から少し離れたところで一塊になってその時を待っている。
祭壇の炎は一度も弱まることなく燃え続け、その間トワの言葉は届かなかった。
言葉が通じるのかどうか未だ定かではないが、これが不死鳥に語りかける最後のチャンスになる。
空は今日も青く高い。
あの日からずっと快晴が続いている。
時間の経過につれて、村人は増えたり減ったりを繰り返したが、トワたちはただの一歩も動くことはなかった。
日は西に傾き始め、北から強い風が吹いた。
「あの時みたいだな」
「えっ?」
「私が生贄として崖に飛ぼうとした時、今みたいに強い風が吹いたんだよ。今の比じゃないくらい強かったがな」
トワとクリスは北から吹き付ける向かい風を受け止める。
風に炎が乗った。
赤く揺らめく炎がこちらへ伸びてくる様は夕日が影を長くするのに似ていた。
少しずつ炎を纏った風が大きくなる。
その光景に皆が「おお」と期待の声を漏らす。
一層強い風が向かってきた。
誰もが反射で瞼を閉じる。
その激しさとは裏腹に、風は暖かく優しく通り過ぎた。
そしてトワが目を開いたときには既に祭壇から炎は消えていた。
「どこだ!?」
慌てて周囲を確認する。
少しずつ変化した光景に気がついた村人が増え、途端にざわつき始める。
「おい! 上だ!」
誰かが発したその声で全員の視線は空に注がれた。
不死鳥は村に舞い降りた時と同じように、上空から村を照らしていた。
その姿は7日前と比較するとかなり小さくなっているようだ。
ピョオオオーーー
7日前よりも高く、細い鳴き声が響く。
「ああ、不死鳥様がお目覚めになったぞ」
村長はその姿に涙し、地にひれ伏した。
「不死鳥! 聞こえるか!」
トワが叫び、村人の視線が注がれる。
場にそぐわない発言に不快な顔をする人間もいたが、咎める者はいなかった。
「あなたはどうして不死になったんだ?」
不死鳥からの返事はない。
ただ、トワの方をチラリと向いた気がする。
「不老不死じゃなくなるにはどうすればいいんだ?」
やはり返事はない。
しかし次に不死鳥はトワの目の前に降りてきた。
不死鳥はトワと目線を合わせるように羽ばたく。
「あなたは一体どれだけの時間を生きてきたんだ? 同じような仲間はいないのか? ずっと世界を見てきてどうだった?」
トワの目からは自然と涙が溢れる。
不死鳥は鳴くこともせず、バサバサという羽根の音だけを立てている。
無言で一人と一羽の視線が交わる。
とても長い時間に思われた刹那が終わる。
ピョオオオーーー
不死鳥は叫ぶと同時に大きく羽ばたいて遥か上空へ浮かんでいった。
そしてトワの上で数回円を描く。
はらりと舞い落ちる炎がトワを輝かせてみせる。
その中で一際揺らめく一片がトワの目の前で瞬く。
トワは不意に両手を差し出し、その炎を包み込んだ。
不思議と熱くはなかった。
潰れないようにやさしく掴んだ手を広げると、中には一枚の羽根があった。
「これは……もらってもいいのか?」
何故か贈り物のように思えて、空に声を投げかける。
ピョオオオーーー
この時、初めて不死鳥と会話ができた気がした。
トワは再び羽根を包み込むと、溢れないように、壊れないように、しっかりと、優しく、宝物を愛でるように抱きしめた。
不死鳥は東の空へと消えていった。
太陽は既に西の地平へ沈んでいた。
北の祭壇には静寂と夜が訪れた。
***
「ふふふ」
ジェンセンの家で羽根を眺めながらトワが笑う。
羽根は赤く、うっすら夕焼け色に発光しているように見える。
「あんなトワ初めてだね」
ひっそりとエマがクリスに話しかける。
トワは羽根に夢中で気がついていないようだ。
「ほんとだね。でもようやく手に入れた手がかりだから、喜ぶのもわかるよ」
「トワおねえちゃん! ふしちょうの光る羽根もらったってほんと? 私にも見せて!」
扉が勢いよく開かれ、外からジェシカとジョンが入ってくる。
「もちろんいいぞ。ほら、綺麗だろ」
トワはジェシカに羽根を近づける。
「わー、きれーだね」
ジェシカの頬が羽根によって赤らむ。
「ああ、とってもな」
「ところでお頭はどこ行ったんですか?」
ジョンはジェンセンの姿を探していた。
「ジェンセンならフロウとさっき出ていったよ」
エマは羽根に飽きたジェシカと戯れながら答えた。
トワは相変わらず羽根を見つめている。
「そうなんですね。話したいことがあったんだけどなあ」
***
「なあジェームズ、そろそろ理由話してもらおうか。俺も明日にはこの村出るわけだし、上への報告があるんだ。もう少し詳細が知りてえ」
村の外れ、林に一歩踏み入れた人目につかない場所で、フロウとジェームズが向かい合っていた。
その横でジェンセンが心配そうにジェームズを見ている。
「盗賊を再開してすぐの頃、たまたまゴライアスに遭遇したんですよ。それで先日レオンハルトさんにやられた一件の後、お頭が盗賊を辞めるなら俺はゴライアスの仲間に入れてもらおうと思ってタイラーに話を持ちかけました」
ジェームズは申し訳なさそうにしつつも、覚悟していたという様子で何度も練習したように詰まることなく話し始めた。
「ちょっと待て、俺らへ相談も無しにそんなことしてたのか?」
盗賊を辞めることになったとはいえ、仲間である自分たちに一言も話がなかったとあってはジェンセンも穏やかでなかった。
「でも、あのまま村に戻ったところでどうしようもなかったじゃないですか。あのまま村は雨に沈むと思ってましたし、村を捨ててまともに働けるほどの学も才もないですし……もし俺がゴライアスに入って、それでお頭たちも望むなら後から口利きしようと思ってたんです」
「お前……一言くらい相談があってもよかったじゃねえかよ」
「そうですけど、でもお頭は」
言いかけたところでフロウが話に割って入った。
「はい、ちょっとストップ。話が逸れてる。お前らの仲がどうなろうが俺はどうでもいいから後で話してくれ。ジェームズ、その後どうしたんだ?」
2人ともフロウに反論することはできずジェンセンはジェームズを促し、ジェームズが続きを話し始めた。
「ただ仲間に加えてくれといったところで、突然現れた俺が相手にされるわけもありませんでした。それで何か土産が欲しいということで」
「不死鳥の伝承を話したってわけか」
「はい。でもそんな伝説相手にされなくて、そのまま追い出されました。それからは元通り村に戻ってお頭たちと石碑を元に戻して。そしたら不死鳥が現れたもんだから……きっとゴライアスの奴らが嗅ぎつけて襲ってくると思ったんです。それで確かめに行ったら案の定、不死鳥を奪いに村を襲うって言われて……俺が盗んでくるから村を襲わないでくれって言ったんですが聞き入れてもらえませんでした」
「それでボコボコにされながらも何とか逃げて危機を知らせに戻ってきたってことだな」
「そうです」
「話はわかった」
事のあらましを把握したフロウは少し考えた後、一つ頷いた。
「じゃあ戻りましょう。ジェームズ、戻ったら俺ともしっかり話してもらうからな」
ジェンセンはホッと一息ついて林を出ようとする。
ジェームズはその姿を気まずそうに見つめていた。
「その必要はねえ」
「どういう事です?」
キョトンとした顔でジェンセンは振り返る。
「ジェームズ、お前はここで殺す」
たちまちジェンセンの顔が色を失い、ジェームズは覚悟を決めたように目を瞑った。
「ジェンセン、俺はあの時言ったよな。『次は無い』ってちゃんとジェームズにも伝えたんだろ?」
「はい、お頭から聞きました」
はっきりとした口調でジェームズが答える。
「だったらお前はこれで終わりだ。一歩間違えば村に危害が及んでいたかも知れねえ。そうでなくても恐怖に陥れたきっかけがお前だったのは事実だ。前回の事がありながら懲りねえなら一生無理だ。村のためにもここで死にな」
フロウは有無を言わせず剣を抜く。
「ま、待ってください。でもジェームズが知らせてくれたから村人は無事で、被害も最小限だったんですよ。だから」
ジェンセンはフロウとジェームズの間に割って入る。
「だから許せってか? そもそもこいつが招いたもんだっつってんだろ。こういうやつは何回だってやるんだよ。次に同じ事が起きた時、俺はもういねえし尻拭いてやる気もねえ。だから俺は俺の責任でこの国のためにコイツを殺る」
それでもジェンセンはジェームズの前から離れない。
両手を大きく広げてジェームズを庇うようにフロウに立ちはだかる。
その全身は大きく震えていた。
「面倒くせえなあ。どかねえとお前ごと切っちまうぞ」
フロウは無表情で剣を振りかざす。
「俺が、俺がしっかり見ます! もうこいつが『次』をしでかさねえように見張ります。だからお願いします。俺の大切な仲間なんです」
震えながらジェンセンは声を振り絞った。
その姿を見て、フロウは剣を振りかざしたまま動かない。
そして少し考えた後に剣を鞘に収めた。
「まあ、俺も殺したくて殺すわけじゃねえ。それ以外の方法があるならそれに越したことはねえしな」
ジェンセンはほっとして、その場にペタンと尻餅をついた。
「ただし、俺たち諜報員はいつだってお前らを見ている。次に怪しい行動でも取ってみろ。有無を言わせず2人とも殺すからな」
「ありがとうございます。俺、絶対もうこんなことしませんから」
ジェームズはフロウに対して土下座をした。
「礼ならあんたらのお頭に言いな。あいつがトワたちをこの村に連れてきてくれた件で、俺はジェンセンに一つ借りがあった。それを返しただけだ。想定とは違う結末だが、これはこれでかなり上出来だったよ」
何事も無かったようにいつものだらしない表情に戻ると、フロウは一足先に林を後にした。
「お頭、俺、本当にすみませんでした」
ジェームズはジェンセンに向き直ると涙ながらに謝罪した。
「いいんだよ。俺の方こそ、お前の考えに気がつかなくてすまなかった。これからについて少し考えがあるんだ。あいつらも合わせて4人でまたこれからやり直そうぜ」
「はい……はい!」
泣き崩れて力の入らないジェームズに肩を貸し、2人は家へと帰っていった。




