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第17話 誰が為の旅路

「クリスいる?」

 エマは扉を開けて上半身を中に入れると、ジェンセンの家を見回した。

「いや、林のほうに行ったみたいだぞ」

 声の主を気にするでもなく、条件反射のような浮ついた返事が聞こえた。

 声の主はジェンセンだ。

 何やら木を削っているらしい。


「そっか。ジェンセンさん、昨日は僕のせいで隊形を乱してしまってごめんなさい」

 全身を家の中に入れると扉を閉じて謝罪する。

「いや、いいんだよ。結局何もなかったんだから気にするな」

 木を削(けず)る手を止めるとエマの方を見て首を横に振った。


「ありがと。それ何作ってるの?」

 ジェンセンの手にある木材は細長い長方形をしており、まだ何になるのか全くわからなかった。

「ふっふっふ。そいつはできてからのお楽しみってやつよ」

 意味深な含み笑いをするジェンセンの顔は幼い子どものように無邪気だった。


「まっ、なんでもいいけど。せっかくトワが綺麗にしたんだから、あんまり家汚さないでよね」

 ここ数日で見違えるほど整理された家は、工具や削りカスによってすっかり最初の頃の様子に戻っていた。

「ん? ああ、まあそのうちな。そんなことより、さっさとクリスのとこ行ってこいよ」

 痛いところを突かれたジェンセンは、エマを追い払って作業を再開した。



「こんな所にいたんだ」

 林をしばらく進むとクリスの姿が見えた。

 しゃがみこんで何やら草を観察しているようだった。


「ああ、エマか。思ったより元気そうでよかった」

 エマの顔を見て笑うとスッと立ち上がる。

 見下ろしていたエマの目線は、並び、追い越されて見上げる形になった。


「まーね。昨日は迷惑かけてごめんね。それにトワの傷を手当てしてくれてありがとう」

 腰を落として、先ほどまでクリスが見ていた場所に視線をやる。

「こんなところで何してたのさ」

「薬草探してたんだよ。ジェームズさんやトワの治療で結構減っちゃったから」

 クリスの横にはリュックが置かれている。


「ふーん。僕には全部一緒に見えるけど、クリスには違いがわかるんだねー」

 エマはリュックから適当な葉っぱをいくつか手に持って、表と裏をまじまじと見てみたが、違いはほとんどわからなかった。

「そうでもないんだよ。アルフとは全然生えてる植物が違ってほんの少ししか採れてない」

 クリスはリュックの大部分を占める空白に目を落とす。

「そっか」

 葉っぱをリュックに戻すとゆっくりと立ち上がる。


「僕ら、ここ数ヶ月でかなり変わったよね」

 エマが今度は空を見上げる。

 木々が生い茂り、空の青はほとんど見えない。


「なんかさ、アルフにいて好き勝手に夢見てた頃と違って、最近は辛いや」

「えっ?」

 クリスはエマとの長い付き合いの中で、これ程はっきりとした弱音を初めて聞いた。

「レオンハルトやフロウみたいに国を守る仕事の人は強いし。襲ってきた盗賊も強いし。村にいた頃は負けなしだったけど、そういう人には全然歯が立たない。クリスだって鍛えてなかっただけで、鍛えだしたらもうがっしりしてきて、このままじゃそのうち勝てなくなっちゃうんだろうな」


 エマが剣の実力について周囲に劣等感を抱いていることは、クリスも薄々感じていた。

「でも、何よりも悔しいのは結局自分のことしか考えてなかったことなんだよ。迷惑かけて、守られてばっかりであの時から何も成長してないや……」

 二人はアンナに助けられた日のことを思い出す。


「そんなこと言ったら僕だって成長してないよ。状況に流されて、自分で何も決められない。あの時トワになんて言葉をかければよかったのか、未だにわかんないよ」

 トワを止めたかったが、ジェシカを見捨てることもできず、曖昧(あいまい)な立ち位置のまま時の流れに身を委(ゆだ)ねた。

 そしてあの時どうするべきだったか、答えをずっと出せないままトワの優しさに甘えている。

 そんな自分がどうしようもなく卑怯に思えてクリスは思い悩んでいた。

 しかし時間切れの状態で、いつまでも後に伸ばせる状況で答えを探そうとすること自体、本当はずるいことなのかもしれない。


「そっか……クリスもそんな風に悩んでたんだね」

 エマは意外そうにクリスの顔を見る。

「いつも難しそうな顔してるから気づかなかったよ」

 冗談めかして、口角を目一杯上げて笑ってみせる。

 釣られてクリスからも笑みが溢(あふ)れる。


「でも僕はここで止まるつもりはないからね! もっともっと強くなるし、ちゃんと誰かを守って上げられるように、これからは冷静に視野を広げるのです」

 相変わらず口調は冗談混じりだが、エマの視線はしっかり前を見ていた。

「そういうわけだから、クリスもあんまりウジウジしてたら置いてっちゃうからね!」

 エマはさささと駆けて村の方へ向かう。

「あっ! あと、ここでの話はみんなには内緒でね!」

 一度立ち止まって振り返ると、村まで聞こえそうなほど大きな声で叫んで、クリスを置いて行ってしまった。


 一人残されたクリスは自分の手を見つめる。

 旅を始めてから、特訓を始めてから、少しずつ傷つき、逞(たくま)しさを増した。

 指の付け根のタコをそっとなぞる。


 トワの力になりたいと村を強引に飛び出した時の勢いは少しずつ現実という向かい風に弱まっていた。

 二人で山を越えてお互いのことを語ったり、兄妹のフリをして働いたり最初は非日常を楽しむ気持ちもあった。

 追いかけてきてくれたエマや、帝国からの追っ手であるレオンハルトが旅に加わってからは賑やかで自分やトワの笑顔も増えたように思う。


 戦いの役に立たず、逃亡の足手纏(あしでまと)いにさえなりかねない自分の存在がトワにとってどう映っているのか考えないわけではなかった。

 それでも、仕事探しの役には立ったし、深く考えることは避けていた。

 旅はそれなりに順調だった。


 それが今回の一件によって一気に夢から覚め、勢いだけの楽しい旅は終わりを告げたように感じられる。

 結局自分はトワについていって、何の役にも立たずその場に立ち会っているだけの人間だった。

(僕は何をすればいいんだろう……どうするべきだったんだろう……)

 いくら考えても答えは出ないし、これからのことを真剣に考えることは怖くてあまりできなかった。

 ほとんど空のリュックを背負う。

(ここのところずっとこんなこと考えてばかりだな……)

 雨が止んだ空とは裏腹にクリスの心は曇ったままだった。

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