第1話 帝都にて
コツコツコツ。
足音を響かせながら、男が廊下を歩いている。
端が見えないほど長く、そして天井が高いためその音はよく響く。
絢爛な装飾が施されており煌びやかな空間だが、それを見るような人影は一切なく無言で歩を進める男がこの広大な空間を占有していた。
男はこの空間を独占するに相応しい姿をしている。
金色の髪は襟足が綺麗に整えられており、歩く姿は淀みない。
紺碧の瞳は鋭く、ブレることなく正面を捉えている。
一定のリズムで一歩一歩廊下を進む。
そして一段と大きく、豪華な扉の前でぴたりと止まり、扉の方へ向き直る。
するとその姿をどこかから見ていたかのようにタイミングよく、内側からゆっくりと扉が開いた。
部屋の中には数名の騎士が左右に整列しており、その中央には玉座があった。
「お呼びでしょうか、皇帝陛下」
男は一礼したのち、片膝をついて部屋の中央に座る皇帝に話しかけた。
「よくきたなレオンハルト。此度はお前に依頼したい仕事があって呼び立てた。この人相描きにある少女を捕らえるのだ」
皇帝は玉座に深々と腰をかけたまま、傍に立つ従者へ指示を出した。
従者はすぐさま人相描きをレオンハルトへと手渡す。
「この少女をですか……一体何者なのでしょうか」
レオンハルトは人相描きを穴が開くほど凝視し、仔細な特徴をも捉えようとしていた。
「順を追って話さなくてはならんな」
皇帝は自身の顎髭を撫でながら再び従者を促す。
「実は先日、南東の果てに位置するヘイダ近隣の山奥で騎士団に所属するアンダーソン隊長が亡くなりました」
「まさかその犯人がこの少女だということですか?」
レオンハルトは驚きを露わにした。
「特徴からすると、まだ10歳くらいのようですが……」
「そのことですが、この少女は見た目こそ10歳ですが、不老不死の能力を持っておりまして、推定320歳となります」
その言葉を受けて、再びレオンハルトは驚きを露わにする。
「不老不死とは一体どういうことでしょうか?」
「文字通り、少女はどれだけ時が経っても老いません。どのような傷を負っても、どのような病にかかっても決して死ぬことはありません」
「信じられません……まさかそのような力が存在するとは……」
「しかし紛れもない事実だ」
皇帝は諭すように声をかけた。
「この能力がどのようにして少女に発現したのかは不明です。しかし、国としては少女の保護を目的とした捜索活動を数百年に渡って行ってきました。過去に幾度か接触はしていましたが保護には至っておらず、最近になってヘイダ周辺で少女を発見したという情報を得ました。そこで捜索にあたっていたところアンダーソン隊長が」
「命を落としたというわけですね」
「左様。この少女の能力が知れ渡れば混乱を招くということで、不老不死については捜索メンバーの中ではアンダーソンにしか知らせていなかった」
「口封じに決まっています!」
整列していた騎士の1人が皇帝の言葉を遮るように声を上げた。
アンダーソンから部隊を預けられていたライアンその男だった。
「私はこの目で見たのです!隊長が落下したであろう崖には激しい戦いの跡が残っていました。隊長は少女を見つける自信があるように見えましたから、間違いなくこの少女と出会い殺害されたのです!隊長が遅れをとることなど考えられない……卑怯な手を使われたに決まっています!心優しい隊長に付け込んだに決まっているのです!」
ライアンは涙を浮かべながら叫んだ。
「今話があったようにこのライアンがアンダーソンの亡骸を発見した。しかし、厳密には少女が殺したという確たる証拠はない。そこで重要参考人として、そして当初の目的である保護のために少女を連れてきてほしい」
皇帝は話を戻し、続けて従者が説明を加える。
「実はこの少女はヘイダ近隣の村に住む少年の力を借りて隣国ヴェスティガッセ連邦へ逃亡したそうです。現在でこそ停戦中ですが騎士団を大々的に派遣するわけにはいきません。そこでレオンハルト殿にはヴェスティガッセへ潜入し、少女を連れ戻して欲しいのです」
皇帝は従者の説明に深く頷いた。
「失礼ながら、なぜ私なのですか?」
レオンハルトは皇帝の目をじっと見つめた。
「そうです!なぜ私ではないのですか!」
便乗するようにライアンが叫んだ。
「ライアン、お前の無念はよくわかる。しかし、私怨に駆られているお前を他国での潜入捜査にあたらせるわけにはいかん。それに隊長亡き今、ヘイダの騎士団をまとめられるのはお前だけであろう。此度はレオンハルトへの伝達にあたり、認識に齟齬がないようにと立ち合わせたがすぐにでもヘイダに戻るのだ」
皇帝は諌めるようにライアンへ告げた。
そしてレオンハルトへと向き直り、目をしっかりと見つめ返す。
「良い目をしておる。レオンハルト、お前は自身の目で見て判断することができる。此度の潜入捜査は単独行動になる故、上官の命令に従うだけの人間ではダメなのだ。そしてお前は騎士団内での評価も高い。剣術や馬術の腕は勿論、博学で折衝も得意とし、なんでもそつなくこなす。何が起こるかわからぬ異国の地ではお前のような存在が求められるのだ」
「身に余るお言葉です」
「本件はレオンハルトの判断に任せる。期限は設けぬ故、状況をよく見て適切な判断を下すのだ。最終的に少女を儂の元まで無事に届けるように頼んだぞ」
「承知致しました」
レオンハルトは深々と頭を下げて部屋を出た。
「皇帝陛下、あのような若造など納得できません!私に隊長の仇を取らせてください!」
レオンハルトが部屋を出る間際、またもライアンの叫びが聞こえてきた。
しかしレオンハルトは気にも留めず来た時と同じように長い廊下を規則正しく歩き始めた。
(不老不死の少女か……この目で確かめるまでは信じられないな。しかしこの話どうにもキナ臭い。陛下の依頼内容にしても何か含みを持たせているようだった……)
***
「アーデリアスまでは蒸気機関車で1日です。そこからはこちらで用意した馬で移動をお願いします。ヘイダの山を越えた東部にアルフという村があるので、そこで逃亡を手引きしたという少年の情報を集めていただければと」
皇帝の従者が改めて捜索の概要を説明しにレオンハルトを訪ねた。
「馬はアルフで預ければ良いのですか?」
「いえ、そのままヴェスティガッセでも乗っていただいて構いませんよ」
「そういうわけにはいきません。潜入捜査なわけですから、体一つの方が良い。それに我ら騎士団の馬はヴェスティガッセには生息していない品種です。万が一にも馬が逃げ出す事態に陥って生態系へ影響を与えてはいけません」
「他国の事情をよくご存知なのですね」
「いつ戦争になるかわからない相手ですから。少しでも知っていて損はありません」
「敬服します。では、アルフの村で預けていただくようにしましょう。すぐに手配致します」
従者はそのまま部屋を出て行った。
「長い旅になりそうだな……」
レオンハルトは地図を見つめながら呟いた。




