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第12話 旅が始まる

「私が先に足場を確かめながら歩くから、大丈夫そうならクリスもついてきてくれ」

 先程の騒動で崩れた足場の周辺に残った僅かなスペースを一歩一歩確かめるようにトワが歩いていく。

「気をつけてね……」

「命綱も(くく)ってるから心配ないさ」

 クリスが持っていた包帯を使った簡易的な命綱を持って見せる。


「それに、私はここから落ちても死なないからあんまり気にしないでくれ」

 トワは冗談めかしていうが、今のクリスには笑えなかった。

「死なないとしても痛みはあるんでしょ? それにもっと自分を大事にしてほしい……」

 トワはハッとして自分の不用意な発言を悔いる。

 それと同時に、久々に誰かから体を案じられたのが少しこそばゆかった。


「そうだな……すまなかった……よし、無事に渡れたぞ! クリスも気をつけて渡ってくれ!」

 2人はそれからゆっくりと山を下りた。



***



 秘密基地に辿り着いた頃には辺りは完全に暗くなっていた。

 秘密基地にはエマの手紙が置かれていた。

『暗くなってきたので一度村に戻ります。明日は父さん達と探しに行くのでどうか無事でいてください』

「エマ……」

 自分がエマにかけたであろう心配を考えるとまた胸が痛む。

(昨日から本当にごめん……)


「アンダーソンもいなくなったことだし、君と私の関わりを知る人間はもういない。早く村に戻って幼馴染を安心させるといい」

「でも……」

「私のことが気がかりか? 心配しなくてももう何百年と一人旅だ。充分助けてもらったし、君が後ろめたさを感じることなど微塵(みじん)もないんだよ。それに、幼馴染に心配をかけ過ぎだ。ちゃんと会って謝ったほうがいい」

 トワは(たしな)めるように告げた。


「あと、クッキーのお礼も伝えておいてくれ」

 そして悪戯っぽく笑った。

 クリスはその表情を見てしばし悩む。

 しかしどうしてもこのままトワと別れるという選択肢を選べずにいた。


「君もしつこいやつだな。さっき君はアンダーソンを助けようとしたね?」

「うん。あいつのやったことは今でも許せない。けど……トワには申し訳ないけど、僕はそれでもあいつを助けたかった……」

 クリスは掴み損ねたアンダーソンの右手を思い出し、自らの手を強く握る。


「違うんだよ。責めているんじゃないんだ。君を凄い人だと思ってるんだよ」

「えっ?」

「君は自分を殺そうとした相手でさえ、助けを求めれば手を差し出した。私にはできなかった。君はそれ程に他人を大切にできる人間なんだ」

「そんなこと……」

「そんなことあるんだよ。だからこそ、君は村へ戻るべきだ。君のその優しさを大勢の人たちに与えてあげてほしい。私みたいな……いや、こういう言い方はさっき怒られたな。私は1人でも大丈夫だから、もっと身近で君の助けを必要としている人のために君はここに残るべきなんだよ」


 トワは言い聞かせるように想いを伝えた。

 クリスはしばらく黙って、悩み、考えた。

 トワのこと、エマのこと、村のこと。

「やっぱり、村には戻らない」

 そして答えをトワに伝えた。


「わからんやつだなぁ」

「さっきかけてくれた言葉は本当に嬉しかった。けど、今ここで困っている君を見捨てて村に戻ったとして、僕は一生そのことを後悔して生きることになると思うんだ。だから、ごめん、けど、戻れない」

 トワはどうしたものかと悩むように頭をかいた。


「それに、君との関係は知らなくても何かしらの形で僕が指名手配されてないとも限らないし、安易にこのまま山を下りるのは危険だと思うんだよ」

「もっともらしい事を言って……」

「お願いだから僕も一緒に旅をさせてください」

 クリスは深々と頭を下げた。


「あーあー、もうわかった。君の好きにすればいいさ。どうせもう何言ったって聞く耳持たないんだろ? ただし、私は今回みたいな危険も伴う旅を続ける。君の安全は保証しないし、ついて来れなくなったら容赦なくおいていく。それでもいいんだな?」

「構わない!」

「お金も碌に持ってないからいつも飢え死にと隣り合わせ。私は死なないからいいが、君は簡単に死ぬんだぞ。昨日今日あった人間のためにそこまでするなんてどうかしてる。それで悔いはないんだな?」

「ない!」

「好きにすればいい……本当に」


 狂ってる。

 トワは嬉しさ半分、恐ろしさ半分だった。

 このまま()こうとしたところで、きっとこの男はついて来る。

 トワが折れるしかないということをひしひしと感じていた。

「ありがとう」

 クリスは顔をあげ、トワに笑顔を向けた。


(一体何が彼をここまで駆り立てるのだろうな……)


「そうと決まれば暗いうちにこの山を出よう」

「目的地は決まってるの?」

「あぁ、そのためにまず、このまま東へ向かって国境を越える」

「隣国に? そんな簡単に入れるの?」

 ただ地続きの土地を渡るわけではない。

 隣国はつい数年前までクリスがいる帝国と戦争をしていた。

 停戦中の今でも、一般人の往来もまだほとんどされていないと聞いている。


「多分な。以前別の地域だったが、こういう田舎はわざわざ往来を制限してはいないし、見張りもいない。見つかったらその時はその時だ」

「そんな乱暴な……」

「嫌ならついてこなくていいぞ」

「勿論ついていくとも!」

「じゃあ30分後に出発だ」

 トワは洞窟の壁にもたれかかる。


「今すぐじゃなくていいの?」

「大切な幼馴染に書き置きを残してやれ。ただでさえ君はひどく心配をかけたんだし、これからもかけるわけだからちゃんと事情を伝えないと失礼だろう」

「そうだね……ありがとう」

 2人は書置きを記すとすぐに秘密基地を去った。



***



 早朝、エマは秘密基地を訪れていた。

「はー? なんだよなんだよなんだよこれ、どういうこと? 何さこの書置き、ふざけるなよ!」

『エマへ 心配かけてごめん。僕は無事です。女の子は見つけられたんだけど、色々な事情が重なってすぐには戻れなくて遅くなってしまいました。本当にごめんなさい。僕は理由があって女の子と旅に出ることにします。だからもう探さないでください。あと、クッキーのことも嘘ついてごめんなさい。折角くれたものだったけど、自分で食べることができなくて嘘をついてしまいました。本当にこの2日間、色々ごめんなさい。先生にも良くしてもらったのに村を出ることになって申し訳ないですと伝えてください。騎士団の試験頑張ってください。 クリス』

「なんだよ事情って! 理由って! 結局何も書いてないじゃん! クリスのやつ絶対許さない……絶対に見つけ出して

 ボコボコにしてやるんだから!」

 エマは秘密基地から飛び出すと一緒に来ていた村の人たちに捜索の中止を告げて回った。



***



「アンダーソン隊長は未だ見つからずですか……」

 仮設キャンプではライアンの主導で、朝になっても戻らないアンダーソンの捜索を開始していた。

「昨日、隊員達が捜索していなかったエリアを中心に捜索しましょう。考えたくはないですが、最悪のケースも想定して捜索するように」

(隊長、どうかご無事で……)



***



「ここら辺までくればもう国境は越えただろう」

「本当に見張りも何もなかったね」

 トワとクリスは昨夜から歩き続け、ついに国境を超えていた。

「国境全部を警備なんて無理な話さ。クリスも歩き疲れただろう、一休みしようか」

「そうだね、途中で拾っておいた木の実とか食べよう」


 クリスはカバンから拾い集めた木の実と果実を取り出して広げた。

「クリスがこういうのに詳しくて助かるよ。1人だと適当な葉っぱを食べてお腹壊してたからな」

 量は多くないが、何も食べないよりはよほど良い。

 2人はポリポリと木の実をつまむ。


「わがまま言ってついてきたんだし、ちょっとでも役に立ちたいからね。ところで、ここからはどうするの!」

「実は200年くらい前に訪れた町で不死鳥の話を聞いてな、近々不死鳥が町に訪れるらしいんだ」

「そんな噂が」

「あぁ不死ということで何かわかればと思って他に今の所アテもないし、そこを目指そうと思う」


「近々ってことは急がないとだね」

「いや、そこまで急ぐ必要もないよ。多分あと1〜2年くらいだから」

「それって近々なの?」

「私の尺度ではな。そういうわけだから、もう少しゆっくりしよう。昨日は動きっぱなしでクリスも疲れてるだろうからな。ご飯食べながらクリスのことを教えてくれ」

「そういうことなら」

 クリスは自分のことをトワに話し始めた。

(こうして人と落ち着いて会話するのは久しぶりだ。ありがとうクリス)

 トワは相槌を打ちながら、心の中で感謝を述べた。


「よし、それじゃあ行こうか」

「うん、そうしよう」

 ゆっくりとご飯を食べ、会話をしてから2人は立ち上がる。

(どれだけ役に立てるかわからないけど、きっと君の不老不死を治して見せる)

 先を行くトワの背中を見つめながらクリスは決意を固める。


「おーい、何をぼーっとしてるんだ、早く行くぞ!」

 いつの間にか先へ進んでいたトワが呼びかける。

「すぐ行くよ!」

 クリスは小走りで駆け寄る。

 2人の旅は始まったばかりだ。

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