第2話 新しい生活
連邦領土に入ってから数日、クリスとトワは相変わらず山の中を歩いていた。
「じゃあ帝都の近くには自動で動く馬車があるってこと?」
「馬車どころの騒ぎじゃないぞ。何十人も乗れるくらい大きいんだ。それと一応自動ってわけではなくて燃料は必要らしい」
「全く想像がつかないや。いつかその蒸気機関車ってのに乗ってみたいなぁ」
クリスはトワの話に目を輝かせている。
数日にわたり歩き続ける中で、クリスはトワがこれまでに見聞きした様々なものについて尋ねていた。
国の辺境に住んでいたクリスにとってはどれも新鮮で興味深い話だった。
「いつか乗れるといいな」
トワは優しく微笑んだ。
「次はクリスの番だぞ」
「えー、もう話せることなんてないよ。すごく小さい村だし」
「それでも何かあるだろう。それに蚊帳の外で傍観していた私と違って、クリスはたとえ小さな村だとしても自分が経験したり、側で見聞きしたりした話じゃないか。その分リアリティがあって私としてはそっちの方が面白い」
トワはトワで自分の話が終わるとクリスの村について尋ねた。
クリスは先生やエマを始めとした村の人々について話したり、村の特産品や歴史について話した。
お互いがお互いの話を面白そうに聞いている。
しかし、2人とも目にしたものや聞いたことの話こそするが、お互いの個人的な話には踏み込まずにいた。
クリスは自ら望んで聞いたトワの過去を未だ消化しきれずにいた。
そんな様子に合わせるようにトワも自然とクリスの核心をつくような話題は避けていた。
***
「そろそろ町に着くな。そこで食料の買い溜めをしよう」
鬱蒼と生い茂っていた木々の間から町並みが顔を覗かせる。
「町の中に入っても平気なの?」
「ここはもうセルメギス領土ではないからな。私の正体も知られてないだろうし問題ないよ」
嬉しそうにパチンとウインクをしてみせる。
「確かに、服もボロボロだもんね」
トワの服は剣や矢で貫かれた穴が至る所に空いていた。
そしてクリスの服もこの数日でかなりくたびれていた。
「一応、川を見つけるたびに洗っているから見た目ほど汚くはないんだがなぁ。流石にいつまでもこの格好でいるのは私も辛い」
トワは自分の服の裾を伸ばしながら呟いた。
「まだ目的地まで距離があるとはいえ、時間もたっぷりあるんだし町でお金を稼いで行くか。服とか靴も買い変えよう」
今度は足を前へ蹴り上げる。
踵はすり減っており、親指の付け根は穴が空いている。
「それが良さそうだね。でも、そう簡単に働き口が見つかるかな?」
「そこは私に良い考えがあるから任せてくれ」
トワは自分の胸を軽く叩いて見せた。
久々の平穏な町が嬉しいのだろう、トワは鼻歌まじりに軽快なリズムで山を降っていった。
***
「じゃあなんだい? 2人は行方不明のご両親を探すために兄妹で旅してるのかい」
大声で身を乗り出しながら男は話に聞き入っている。
「そうなんです! でも路銀が尽きてしまって、お兄ちゃんも私もお腹空いちゃって……次の町へ進むだけのお金を稼ぎたいんです。ここら辺で雇ってくれる場所ないですか?」
普段の大人びた雰囲気から打って変わっていたいけな少女の顔を見せながら、トワは5分前にできた設定を語っている。
「泣かせてくれるじゃねぇか。よし! うちに住み込みで働かせてやるよ!」
町に入るなり目に止まった酒場で旅する兄妹という設定を演じたところ見事に店主の同情を買えたようだ。
「よくこんなアイデア思いついたね」
クリスは小声でトワに話しかけた。
「静かに。うまくいきそうなんだから、良い具合に相槌打ってくれ」
トワは口八丁であれよあれよと住む場所と働き口を確保した。
「いつもこんな感じで住むところとか見繕ってたの?」
一度店を出て借家に案内される道すがら、2人は声を潜めて話していた。
「そんなまさか。今回はクリスがいたからうまく行ったんだ。私1人だと幼すぎて相手にされないよ」
「それじゃあ今まではどんな?」
「……まぁあんまり気持ちいい話ではないからやめておこう。少なくとも盗みは働いていないから安心してくれ」
露骨に話したくなさそうな様子を見せられ、クリスがそれ以上質問することはなかった。
***
「いらっしゃいませ!」
トワの声が店内に響いた。
普段と比べて少し高めの声色が溌剌とした印象を客に与える。
「マスター、いつの間にこんな可愛い子雇ったんだよ」
「まあちょっと縁あってな、期間限定のお手伝いさんよ」
トワの接客は店の常連から好評だった。
事情を知らない人から見れば、年端も行かない少女が甲斐甲斐しく店内を駆け回る様はそれだけで庇護欲をくすぐられる。
「それに今日はいつもよりご飯がうまいぜ!」
上機嫌に料理を頬張る客を見てマスターも満足そうだ。
「そりゃあ、こんな可愛い子がいりゃあ飯も上手くなるだろうよ」
「いや、そういう意味じゃなくて確実にうまい。いつもと味付け変えたろ?こっちの方がいいよ」
常連の褒め言葉にマスターは顔をしかめた。
「おい……そいつはこの娘の兄さんが作った料理だ。いつも食ってる俺の飯よりこの坊主の料理がうまいってか! 叩き出すぞテメェ!」
「マスター、それなら今すぐその兄ちゃんに料理習った方がいいぞ」
「なんだとぉ」
マスターは皿を奪うと料理を一口摘んだ。
「確かにこいつは俺よりうめぇや」
店内は賑やかな笑い声で溢れた。
「賑やかですね」
クリスが厨房から顔を出した。
「うるせえ! クリス! 味付け俺にも教えろ!」
「お安い御用ですよ。お世話になってる身ですし、なんでも言ってください」
「にしてもこいつは、この辺じゃあまりない味付けだな。どの辺に住んでたんだ?」
「あっ、ええと」
国境を超えてきたというわけにもいかず、クリスはうろたえた。
「北の方です! すっごい北!」
トワが見た目相応の幼さを出しつつ答えた。
「そうかそうか、トワは兄ちゃんよりしっかりしてんなぁ」
「そうなんですよ、トワにはいつも助けられてて」
なんとか取り繕うように、今度は話を合わせてみせた。
***
「今日はもう上がって大丈夫だぞ」
夜のピークが落ち着いた頃、マスターは2人に声をかけた。
常連たちは一気に押し寄せ、ひとしきり騒いだ後、一気に帰っていった。
残っているのは酔い潰れた数人の常連とカウンターの端でグラスを傾ける女性、そして店員のウィルくらいだった。
ウィルはマスターの甥っ子で幼い頃から店を手伝っているらしく、今日は2人に仕事のいろはを教えてくれた。
すらっとした長身に笑顔が似合う好青年である。
「2人ともお疲れさん。2人がきてくれたおかげでかなり助かったよ」
ウィルがクリスの元へやってきた。
「今まではマスターと2人で接客されてたんですか?」
「そうなんだよ。まぁ常連の人たちはとりあえずお酒を出しておけば料理がくるの気長に待ってくれるから、焦ることはないんだけどね」
ウィルはニカッと笑ってみせた。
するとその後ろからマスターが顔を出した。
「おう、クリス! 合鍵忘れんなよ」
マスターは借家の鍵を手渡す。
「ありがとうございます」
「家もマスターが準備したんだ。太っ腹だね」
頭の後ろで手を組みながら叔父を褒める。
「おうよ、俺は義理人情に厚い男だからな」
マスターはカウンターの女性をチラリと見ながら話す。
「そういうの、自分で言うとカッコ悪いよ」
ウィルは視線の先をチラリと確認してアドバイスを送る。
「おいおい、マジかよ」
「マジだよ。もっとこう、背中で語る方がモテると思うんだよね」
「そうなのか。気をつけねえとな」
マスターは再びカウンターの女性を一瞥した。
女性はサングラスをかけており、視線の先はわからないが、マスターたちのやり取りを聞いているようで、真っ赤な口紅に彩られた唇の端を少しだけあげていた。
女性が1人グラスを傾ける様は絵になっており、先程まで馬鹿騒ぎが繰り広げられていたこの酒場には不釣合いに映った。
空になったグラスを置くと、澄んだ声でマスターを呼びかけた。
「お会計お願いしてもいいかしら」
「はい! ただいま!」
マスターは一目散に女性の元へ駆け寄った。
「特製のカクテルはいかがでしたか?」
「とっても美味しかったわ。いつ来ても違う味を出してくれるから、ここにくるのがとても楽しみになっちゃった。またくるわ」
女性は立ち上がると、金色の長髪をなびかせながら店を後にした。
ウィルはこっそりとクリスに耳打ちした。
「あの人、最近来る様になったんだけど、マスターが一目惚れしちゃってるんだよ。だからさ、こっそり応援してやってくれよ」
ウィルは女性に見惚れてぼーっと突っ立っているマスターの元へいき、背中を叩く。
「ほらほら、店閉めましょうよ! 2人とも、また明日な!」
ウィルは爽やかな笑顔でクリスたちを見送った。
***
「クリスがあんなに料理得意だなんて知らなかったよ」
借家への帰り道をトワとクリスは歩いていた。
「小さい頃から料理とか家事全般やってたから、自然と身についたんだよ」
「孝行な息子だったわけだな」
「まあね。あっあそこ服屋さんみたいだね。明日の午前中行ってみようよ」
話を逸らすように、視線の先にあった店を指さす。
「そうだな。今日は店にあった制服を貸してもらったが、しばらくここで暮らすわけだし何着か買っておこう。バイト代前借りさせてくれたマスターに感謝だな」
「なんだか随分嬉しそうだね」
「それはそうに決まっているだろう。こうして衣食住がしっかり揃った暮らしなんていつ以来かわからない。それに私だって色々オシャレしたい年頃なんだぞ」
トワは冗談めかして笑うが、クリスはこれまでの過酷だったであろう暮らしを思い胸を痛めた。
「じゃあ開店と同時に行ってバイトの時間まで沢山見よう」
せめてこの瞬間は笑顔で過ごせる様にと、クリスも笑って返した。




