みんなで海水浴
青葉と健が河川敷に居るのと同じくらいの頃、りんかは部屋で一人エアコンを付けてくつろいでいた。
その時、玄関が開いて中から女性が入って来た。りんかは、その女性を見ると、
その人、シンガポールに単身赴任しているりんかの母親、厄神美香だった。美香は、りんかの顔を見るといきなり抱き締めてきた。
「久し振り!りんか!」
「お母さん、久し振り!」
美香は、ショートカットの髪の毛に、スーツを着ていた。玄関には、大きなスーツケースがある。美香は、通訳の仕事で年に一度しか帰ってこない。りんかは、毎年美香がこの時期に帰って来るのを、楽しみにしていた。
「大介さんは、元気にしてるの?」
「うん!最近忙しくて…、帰ってくるの遅いけど…」
美香は、大介とは二十歳離れていた。警部である大介は、りんかが起きている間、家に居ない事が多い。アクアマリンと一緒に行動している時が、父親と居る事が出来るチャンスでもあった。
「そうだ、明後日青崎湾に行かない?」
「えっ、二人で?」
「ううん、私の友達も行くわ。りんかもいろんな人誘って良いわよ」
「良いの?!ありがとう!」
りんかは、わくわくしながら家を飛び出し、色んな人の所へ向かった。
青葉は、公園で偶然健と久美に出会い、話をしていた。
「えっ?海でキャンプ?」
「家族総出で行くっス!どうっスか?」
「えっ、どうしよ…」
すると、和人も青葉達の元にやって来た。
「青葉、健、どうしたんだ?」
「和人!青崎湾にキャンプに行こうっス!」
「そういや今年行ってなかったっけ…、行きたいな」
「和人も行くの?!俺も行こっかな…」
「それじゃあ決まりっスね!明後日だから準備しといてっス!」
「えっ?!そんないきなり…?!」
青葉は、突然の出来事に驚きながらも、健と和人とキャンプに行ける事を楽しみにしていた。
その頃、千歳は、学校で花恋とりんかと一緒に放送部の活動をしていた。
「体育会が夏休み入ってすぐなの、だからその間にナレーションの原稿考えとかなきゃ」
「後、学校新聞もね!」
千歳と花恋が世話しなく準備をしている。その間、りんかは暇そうにしていた。
「りんかちゃんに何させよう…」
「とりあえず、学校新聞の枠決めといてくれない?」
「了解しました!」
りんかは、模造紙を広げて、定規で枠を引いた。そして、それを終えると突然二人にこんな事を聞いた。
「明後日、キャンプに行きません?」
「えっ?どうして?」
「海にキャンプに行くんです、センパイ達もどうですか?」
すると、
「へぇ、良いね。結菜ちゃんも誘っていい?」
「でも、その日結菜ちゃんお兄さんの大会の応援行くって言ってたよ?」
部活がある日以外は、結菜は、家族総出で祐一郎の野球大会の応援に行っていた。それもあって、夏休みは結菜と会う機会が少なくなっていた。
「そうだった…」
「じゃあ、二人と、りんかちゃんと行く事になるね」
「そうだね…」
千歳は、結菜が居ないという事で少し寂しい気分になったが、花恋と一緒にキャンプが出来て嬉しかった。
「それじゃあ、準備しなきゃね」
部活が終わると、千歳と花恋は早速準備に取り掛かった。
千歳が海洋邸に戻ると、クローゼットで青葉がリュックサックに水着と着替えを詰めていた。
「あれ?青葉もキャンプに行くの?」
「青葉も、って事は…、千歳姉も?」
千歳は、青葉と同じリュックサックを持ってきて、同じように詰め始めた。
「健に誘われてね、明後日行くんだ」
「そうなんだ、私はりんかちゃんに…」
千歳は、クローゼットの奥から、水着を取り出した。
「千歳姉?!それ持っていくのか?」
千歳が取り出した水着は、学校で使うものではなく、へそが出るタイプだった。
「ダメ?」
「まぁ、ダメじゃないけど…」
「そっか…」
千歳は、その水着をリュックサックの中に入れた。
「後、浮き輪いるかな?」
青葉は、潰れた浮き輪を何処からか持ってきた。
「泳げるし、いらないって…」
「そうか…?」
青葉は、浮き輪はもとの場所に戻した。
「そういえば…、何処の海に行くの?」
「青崎湾、確かコテージがあるって、行ってたな…」
「そうなんだ…、って私と同じ場所じゃん!」
「千歳姉も?!」
「それじゃあ、私達同じ場所に…」
青葉と千歳はそう言って考え込んだ。
花恋は、家に帰ってからキャンプの準備を始めた。学校の野外活動ではなく、友達とキャンプに行くのは初めてだった。
「千歳ちゃんとお泊りって、楽しみだな…」
すると、玄関の扉が開いて、俊哉が返ってきた。
「お帰り、珍しく早いね」
「ああ…、花恋、何をしてるんだ?」
俊哉は、膨れたボストンバッグを指差した。
「明後日お泊りに行くの」
「誰と行くのか?」
「りんかちゃんのお母さんと行くの」
すると、俊哉は何かに驚いた顔をした。
「俺も付いて行っていいか?」
「えっ?」
「花恋を一人で行かせるのは心配だ」
「でも、千歳ちゃんだって居るし…」
「それにな、一人で家に居るのは寂しいからな」
俊哉はそう言って寂しい顔をした。
「お父さんも寂しいって思う時あるんだね」
「七海が居ないから…」
母親の七海の事をよく知らない花恋は、俊哉にどういう言葉を返せば良いか分からなかった。
そして二日後、千歳と花恋、りんかと美香は電車に乗って青崎湾に向かった。
「海に行くの、久々だね」
「そうだね…」
二人は窓の景色を見た。この電車は、海岸沿いを走っていて、すぐ目の前に海が見える。丁度海水浴客で大賑わいになっていた。
青崎湾はホテルやコテージ、キャンプやバーベキューが出来る施設もあり、この時期は毎年混んでいる。千歳は、青崎湾に行くのは久し振りだった。
千歳が電車の通路を見ると、後ろの車両に見覚えのある人が見えた。
「あれ?青葉…?」
青葉らしき人物は、誰かと楽しそうに喋っている。
「確か、青葉も青崎湾にキャンプに行くって言ってたけど…」
「青葉センパイもキャンプなんですか?!」
青葉という言葉に反応して、りんかは目を輝かせた。
「そうだけど…」
千歳は、向こうにバレないように、後ろの車両の人物に目をやった。
青葉は、健と和人と、健の妹の久美と、両親の律子と康之と一緒に、電車揺られていた。
「海楽しみっスね〜、何するっスか?」
「イカダ作るのどう?」
和人は、以前青崎湾に行った時、イカダ体験をした事があった。
「へぇ…、良いっスね!」
「でも、お金掛かるでしょ?」
「私が出すわ」
律子が、青葉達にそう言った。
「三人で思い出作ってきてね」
「ありがとうございます!」
和人は、律子に笑顔お礼をした。
青葉はふと、前の席に目をやった。すると、千歳らしき人物が、誰かと一緒に喋っている。
「千歳姉…?」
青葉は、向こうに気づかれないように、何度もチラチラ見ては、見ぬふりをした。
そして、一同は最寄りの青崎駅で降りた。同じホームに並んだ千歳と青葉は、同時にお互いの事を見つめて驚いた。
「青葉、どうしてここに…?」
「そう言う千歳姉こそなんで…?」
お互い困っていると、突然律子と美香が目を合わせて挨拶を始めた。
「美香!久しぶり!元気にしてた?」
「そう言う律子こそ、会いたかったわ」
康之も、二人に合わせて挨拶をした。
「美香、シンガポールからここまで長旅お疲れ様」
「同級生がこんなに集うって、同窓会みたいね」
「俊哉も後で来るって連絡来てたぞ?」
「そうなの、久々に顔を合わせられるわね」
美香と律子と康之と俊哉は、高校時代の同級生だった。
親達がそう盛り上がっている間、千歳達は青葉達と話していた。
「まさか一緒になるなんて…」
「遊園地と同じパターンだな」
健と花恋は、夏休み前の遊園地を思い出して、頷いた。
「りんかちゃんのお母さん初めて見たっスね、通訳って話は聞いた事あるっスが…」
「はい、母はシンガポールに単身赴任してて、一年に一回しか帰って来ません」
「お父さんは警部、お母さんは通訳って、りんかちゃんのご両親は凄いっスね…」
「そうだね…」
りんかと大介と親子で振り回されている青葉は、想像しただけでぐったりとしていた。今日は母親も居るが、どのような人なのか、青葉はまだ分からない。
「りんかって、お父さんとお母さんとどっちに似てるって言われる?」
りんかは、少し考えてこう答えた。
「お母さんに会った人は、お母さん似だって言います」
「そう、なんだ…」
りんかは、青葉を穴が開くほどじっくりと見つめ、目を輝かせた。
「青葉センパイと一緒にキャンプ出来るなんて、感激です!」
「お、俺達今からイカダ体験するから…、一緒には泳げないよ?」
「そうなのですか…」
りんかは、分かりやすくションボリとした。
「りんかちゃんは、私達と泳ぎましょうか?水着持ってきてる?」
そんなりんかを、花恋は優しく宥めた。りんかは、すぐに復活して、千歳と花恋の方を見る。
「はい!持ってきてます!」
「じゃあ、着替えに行こっか」
女子三人はそう言って、海水浴場の更衣室に向かった。
「俺達も着替えて、イカダ作りに行こう!」
男子もそう言って更衣室に向かった。残された久美は、パンパンに膨れたリュックサックを下ろして、砂浜にしゃがみ込んだ。
「久美はどうするの?」
律子と美香が優しい声でそう尋ねる。
「私も泳ぎたい!」
「そう、じゃあ千歳ちゃん達と一緒に泳いできていいわよ」
「やったぁ!」
久美は、一人で駆け出し、千歳達が居る更衣室に入って行った。
そして、千歳達女子四人は、水着に着替えて波打ち際まで走って行った。
「うわ〜、気持ちいい!」
「久美ちゃんは、海行った事ある?」
「幼稚園の時に一回行って、それ以降はなかったです」
「そうなんだ…」
千歳と久美は手を繋いで波に足を着けて歩いている。花恋は、そんな千歳を見ながら、浜辺で貝殻を拾っていた。そして、りんかはと言うと、波に流された海藻を集めていた。
「センパイ!ワカメいっぱいですよ!」
りんかは、集めたワカメを頭に載せていた。
「りんかちゃん?!」
花恋は、そんなりんかを見ながら、綺麗な貝殻を集めてバケツの中に入れていた。すると、大きな貝殻の一つが、音を立てて動き始める。よく見ると、それはヤドカリだった。
「うわ、これヤドカリじゃん…」
花恋は、ヤドカリを砂浜に戻して、別の貝を拾いに行った。
青葉達は、青崎湾のイカダ体験に参加していた。三人から四人くらいのチームに分かれて、インストラクターの指導の元、全員が乗れる程の大きなイカダを造って実際に浮かべるといったものだ。和人は一度参加した事もあったので、他のチームよりも早く完成させる事が出来た。
青葉達は早速イカダを浮かべ、その上に乗った。乗り心地は悪いが、当たる海風が気持ち良く、見える景色も新鮮だった。
「なぁ健、海に行ってもナンパはするなよ?」
「間違ってもこのイカダを難破させる気は無いっスよ!」
「いや、そうじゃなくて…」
健は、サングラスをかけてイカダに寝転がった。
「健、日焼けるのか?」
「日焼け止め塗ってるっスよ?」
「お前…、女子か」
「男子が日焼け止め塗って悪いっスか?」
「いや、悪くないけど…」
青葉は、イカダの上に立って海を眺めた。
「綺麗だな…」
「あまり沖の方に行ったらダメだぜ?すぐに戻ろう」
和人は、イカダを漕いで、体験をした浜辺に戻って行った。
その後、三人は女子と合流した。千歳達はもう疲れたらしく、日陰のベンチで休んでいる。
「ふぅ…、疲れた…」
花恋は、貝殻の砂を落として、ケースの中に入れている。
「これ、綺麗だと思わない?」
花恋がそう言って見せたのは、桜貝と大きな巻き貝だった。
「これは持って帰ろうかな」
「へぇ…、良いね」
一同が話していると、後ろから、美味しそうな匂いが漂ってくる。浜辺のバーベキュー場で、親達がバーベキューを焼いていたのだ。
「へぇ…、昼ごはんはバーベキューなんだ…」
「食べに行くっスか?」
「うん!」
健を先頭に、一同はバーベキュー場に向かった。
網には、美味しそうに焼かれた肉が並べられている。また、トウモロコシや輪切りの玉ねぎ、人参やピーマンもあった。
「いっぱい食べて良いわよ」
律子は、汗をかきながら楽しそうに肉を焼いていた。
「いただきます!」
一同は、一斉にバーベキューの網の上の食べ物を取った。
「肉ばかり取るな!」
「早くしないと食べっぱくれるっスよ」
「お兄ちゃん私のも取って!」
肉ばかり取る青葉達に対して、千歳達は遠慮して野菜ばかり食べていた。
「争いながら食べてるよね」
「そうだよね…」
「みんな、野菜ばかり食べてないでお肉も食べてよ?」
「だって、男子がみんな取ってしまうんですよ」
網の上には、焼かれた肉は一つも残されていなかった。
「せっかくの機会だもの、遠慮せず食べて食べて」
「それじゃあ、焼けたら貰います」
ところが、食べ頃だと思った肉は、すぐさま健や青葉に取られ、千歳達には回ってこなかった。
「青葉!肉ばっかり取らないでよ!」
「せっかくのバーベキューだもん、肉を取らないで何を取るんだ」
「私達肉一枚も食べてないの!」
千歳は、青葉を追い掛け回した。
「分かった分かった、一枚やるよ」
青葉がそう言って渡した肉には、青葉が一口齧った跡があった。
「食べかけはいらない!」
「ちえっ…」
青葉は、仕方なくピーマンを取って、焼けた肉を千歳達に渡した。
「俺達はもうお腹いっぱいだから、やるよ」
「あ、ありがとう…」
千歳は、喜んでいいのか悪いのか分からなかった。
そして、網の上の野菜や肉をお腹いっぱい食べた一同は、エアコンが効いたホテルの休憩所で休んだ。
「午後から、どうしょっか」
「なんか…、疲れたね」
「休憩してから、テント建てようか」
康之は、キャンプに使うテントを持ってきていた。
「ホテルに泊まる訳じゃないの?」
「テントを張ってキャンプっス」
てっきりホテルに泊まると思っていた青葉は、驚いていたが、みんなとテントで泊まれると思うと嬉しくなった。
「そうなんだ…、いつもここのホテルに泊まっていたから」
「家族で海に行ったの楽しかったな…」
千歳と青葉は、両親と姉と一緒に行った事を思い出した。
すると、ホテルの自動ドアが開いて、中から花恋の父親の俊哉が現れた。
「お父さん?!思ったよりも早かったね」
「花恋を一人にするのは心配だからな」
「別に一人じゃないのに…」
花恋は、余計な事をしなくていいのにと思った。そんな俊哉に、康之は馴れ馴れしく話し掛けてきた。
「よっ、俊哉、元気にしてたか?」
メタルのアクセサリーやサングラスをかけてオシャレをしている康之に対して、俊哉はボロボロのスーツを着ていた。どうやら俊哉は、仕事からそのまま青崎湾に来たようだ。
「元気な訳ないじゃないか、バカヤロウ」
「その様子だと元気そうだな!」
康之はそう言って大胆に笑った。
「やっぱり、健のお父さんと花恋のお父さんは知り合いなんですか?」
「何、知り合いなんて生易しいもんじゃない、ただの腐れ縁だよ」
そう吐き捨てる俊哉に対して、康之は聞かない振りをして青葉の方を見た。
「後はお前の母さん、朱里が居ればな…、ずっと行方不明なんだよな?」
「そうですね…」
ここに来た時から両親の事を考えている青葉だったが、名前が出た瞬間、胸が急に苦しくなった。
「さっ、テントを張りに行くぞ、健、青葉、和人、手伝え」
「はい!」
青葉達三人は、康之に連れられ、キャンプ場にテントを張りに行った。
その間、千歳と花恋とりんかと、美香と律子と俊哉は、休憩所で待っていた。
「ハァ…、全くあいつは」
俊哉は、溜息をついて花恋を見た。
「青崎湾は七海が好きだったよ」
花恋は、生きていた頃の母親の事を知らない。俊哉がいくら話に出しても、全く思い浮かばないのだ。母親が写っている写真を見ても、懐かしいとは思わない。だが、不思議と知らない訳ではなく、何処か知ってる気がした。
「ねぇ、お母さんって、どんな人だったの?」
花恋は、今まで気になっていた事を今俊哉に聞く事にした。
「七海か?あいつは誰に対しても優しかった。悲しみに暮れている俺を真っ先に慰めてくれたのは七海だったよ。七海は難病に罹ってたが、不思議と海が好きだった。七海が入院していた病院、ほら、お前が産まれた病院はあそこにあるんだ」
俊哉は、大きな窓から見える小さな病院を指差した。その病院は、ホスピスのような場所だが、不思議な事に、産婦人科の先生も居た。
「七海は花恋を産む時、大分無理をしてたらしくてな…、俺はもういい、産まなくていいって止めたけど、七海はそれでも止めなかった、だからお前が居る訳だが…。それで七海が早死する事は分かりきっていた。それが、どのタイミングだったか、それだけだ」
「うん…」
花恋は自分がここに居る事が、決して当たり前の事ではないと感じた。
「お母さんがもし今生きていたとしても、そこに私が居るとは限らないんだね」
「ああ…」
それを考えて、花恋は悲しそうな顔を浮かべた。
すると、青葉達がテントを張り終わって戻ってきた。健は、落ち込んでいる花恋を見て、そっと近づいた。
「花恋ちゃん、大丈夫っスか?」
「うん…」
花恋は頷くが、健と顔を合わせようとはしない。
「これから、テントでババ抜きするっスが…、やるっスか?」
健は、カバンからトランプを取り出して、みんなに呼び掛けた。
「大勢でババ抜き?!楽しそうですね!やりたいです!」
りんかは、真っ先に手を上げてそう言った。
「私もやろうかな…」
健は、もう一度花恋の方を見た。
「息抜きするのも大事っスよ?」
「う、うん…」
花恋は立ち上がり、千歳達と一緒にテントまで歩いて行った。
テントの中はエアコンは無いが、健がハンディタイプの扇風機を持ってきていた。また、シートも捲ってある為、海風も入る。六人は、その中でババ抜きをした。
「じゃあ、早速行くっス!」
健は手持ちの札から、早速六枚出した。他の人はもう揃っている札は無い。
「ホントに切れてるのか?」
「じゃんけんするぞ」
六人は一斉にじゃんけんをした。すると、青葉だけグーを出していて、後は皆パーを出していた。
「げっ!」
「青葉、じゃんけん弱いな」
その後、他のみんなはじゃんけんを続けた。
その結果、千歳、健、りんか、花恋、和人、そして最後に青葉という順番になった。
青葉は、まともにじゃんけんに勝った覚えがない。係を決める時も、給食のおかわりも、毎回負けていた。千歳と実力勝負には勝つが、運任せのものには何故か青葉は弱い。
青葉は他の人の顔色を見ながら、カードを回していた。青葉は分析に長けていて、友達の性格や表情の出やすさを把握していた、はずだった。健はすぐに上がり、続けてりんかも上がった。
青葉がお目当ての札が千歳の手にあると分かった矢先、揃えろうとしていた札を和人に取られ、千歳の手にあったババを引いてしまった。
「(うわっ、やられた…)」
青葉が千歳と争って、負けるものの一つにババ抜きがある。千歳の隣に来てしまったのが運の尽きか、そのまま、ババが青葉の手から動かなかった。
そして、結局青葉は負けてしまった。
「青葉、弱いな」
「こういう運任せのものになると…」
「運も実力のうちって言うぜ?」
続けて二回戦、今回は青葉が早速ババを持ってしまった。前のじゃんけんで千歳と隣では無くなったが、それでも青葉は最後に負けてしまう。
「まともに勝った事ないな、ババ抜き…」
青葉は、溜息を吐いて、トランプを置いた。
そして、空は暗くなり、人気もなくなった。和人は、懐中電灯を点け、顔を不気味に照らした。
「な、何する気…?」
「何って、怖い話だよ、夏にこんな大勢が集まって、しない訳ないだろ?」
それを聞いて、青葉は震えだした。
「えっ…、やめよう…?」
だが、青葉以外の人は怯えてはいない。青葉は、仕方なく聞くことにした。
「さっ、始めるぞ」
和人は、覚えたであろうその話を、静かに語り始めた。
「何でお盆を過ぎると海に入るなって言われるか、知ってるか?」
「クラゲが出るから…?」
「それもあるけど…。いいか、海や山っていうのはな、魂の通り道なんだ。生者もここに居る事は出来るが、ちょっとした拍子で、死者の道が開いてしまう。海や山で行方不明者が出るのは、それのせいだよ」
それを聞いて、青葉は肩や足が掴まれている気配を感じた。だが、千歳も、花恋も、りんかも怯えている気配を見せない。
「そしてお盆になると…、その道が開くんだ。そこから、亡くなったご先祖さまの霊とかがやってくる。だが、お盆を過ぎても、しばらくはその道は開いたままなんだ」
「えっ…」
「でもまぁ良かったな、俺達が来たのがお盆前で」
和人はそう言って懐中電灯を切った。その瞬間、青葉は、身体に何かが入り込んだ気を感じたが、誰も異変に気づいていない。
「ねぇ、和人ってそういうの好きなの…?」
「まあな…」
「私はそういうの信じないけど、夏になると不思議とそんな話は増えるよね」
「センパイ達怖くないんですね」
「うん…」
女子達の反応を聞いて、和人はがっかりした。
「なんだよ…、そういうのって普通女子が、キャーッって悲鳴上げるもんだろ?なのに一番ビビってるのが青葉とか…」
青葉は、頭を抱えながらテントを捲った。
「俺、ちょっと外の空気吸ってくる…」
そして、青葉は外に出ていってしまった。
「追い掛けて来るっス!」
今まで何も話さなかった健は急に立ち上がり、青葉を追おうとした。
「待って、俺も!」
「和人はいいっス!」
健は、和人から逃げるように、外に出ていってしまった。
月光が夜の海に映り、波は静かに立っている。青葉は、夜空を見上げて、海風に当たっていた。そして、ビーチサンダルを脱いで波打ち際に足を浸し、目を閉じた。
青葉が考えていたのは、姉の観月の事だった。青葉と千歳は、観月と両親と一緒に、よく青崎湾に来ていた。その思い出と、今の景色が重なる度、青葉は胸が苦しくなる。今までが明るく、楽しい日々だったせいで、色々なものを失った今が辛く、悲しかった。失ったものが、必ずしも取り戻せるものではないと、青葉は分かっていた。
「姉ちゃん…、居るんだろ?」
青葉は目を開けて、海を見つめた。青葉の目線の先には、月に照らされて海の上で踊る観月の姿が見える。だが、生前の観月は踊れるような身体ではなかった。
これが自分の妄想から産まれた幻覚だという事は分かっていた。だが、青葉は観月が今も自分を見守っていると思っている。
青葉は、ポケットの中からお守り袋を取り出して、中の珠を見た。珠は光を放っていて、仄かに温もりを感じる。それはただの石ではない。青葉はいつもそんな事を考えていた。
「青葉、どうしたンスか?」
健の言葉で、青葉は現実に戻された。青葉は海から上がって、健の方に向かう。
「健、そっちこそどうしたんだ?」
「迎えに来たンスが…、それどころじゃなさそうっスね」
健は、青葉の手を掴んで、一緒に浜辺にしゃがんだ。
「青葉、悲しい顔してるっスよ?」
「うん…」
青葉は、お守り袋を握り締めて、潤んだ目で健を見つめた。
「青葉、霊感があるってホントっスか?」
「そうだよ…」
「幽霊が視える時あるっスか?」
「姉ちゃんのしか、視た事ないけど…」
青葉は、身体中が震え上がり、青褪めた顔になった。
「辛いよ…、俺は無いほうがよかった。千歳姉じゃなくてなんで俺が…」
「だから怖い話とか、お化け屋敷とか苦手なんっスね」
「目の前で人が死んだのを見たら…、誰だってトラウマになるよ…」
「そうっスね…」
健は、無理に青葉を連れ戻すような事はしなかった。青葉の心が落ち着くまで、隣でじっと待っている。
「大丈夫っスか?」
「うん…」
そして、ようやく青葉が落ち着いたと思った健は、ゆっくりと立ち上がり、一緒にテントに帰った。
その間、美香と律子は別のテントで、康之と俊哉は、外のバーベキュー場で話していた。
「みんな、成長してるわね…」
「そっか、美香は一年おきだから尚更だよね」
高校、大学を卒業しても、美香と律子は仲が良かった。一方、腐れ縁と良いながら、縁を切らない康之と俊哉はお酒を飲みながら話し合っていた。
「俊哉、いつまで引き摺るんだ?」
俊哉は、ビールの缶を置いてこう言った。
「ふんっ、気が済むまで、だ」
俊哉はあぐらをかいて、康之の方を見つめた。
翌日、一同は青崎湾を離れた。電車で泉ヶ丘に向かう千歳達、海で遊べないのは寂しいが、また、いつかキャンプに行こうと思った。
千歳と青葉の夏休みは始まったばかりだ。だが、今年の夏休みは平凡とは明らかにかけ離れたものになるに違いない。
帰ってきた千歳と青葉の前に、挑戦状が届いた。それは、怪盗プリンス・トパーズからだった。
「呪宝『プリンス・キーストーン』を、どちらが早く見つけられるか勝負だ」
二人の平穏な日常は、そう簡単には来ないようだった。




