探偵と怪盗
涼平は、自分の部屋で、赤縁の眼鏡を拭いていた。涼平は、中学生探偵として現れる時、いつもこの眼鏡をしている。本当は、コンタクトを付けているが、探偵としてはこっちの方が雰囲気か出ると思っている。
涼平の両親は、共働きで平日は家に居ない事が多かった。
遊び相手はいつも、弟の港平だ。涼平と港平は仲が良い兄弟で、青葉や健とも仲が良かった。だが、港平が居なくなった今、青葉や健にも冷たく当たっている。涼平は、孤独を感じてはいるものの、誰かを頼ろうとする思いはなかった。
涼平は、眼鏡を机の上に置いた。机には、涼平と弟の港平が写っている写真が飾られてある。涼平は、それを触りながら、次の宝の地図を眺めた。
「出来たとしても港平が戻ってこない事は分かっている。だけど、僕は何としてでも成し遂げなければならないんだ」
涼平はそう言って写真から手を離した。
今回の呪宝、『プリンス・キーストーン』を調べる為、青葉はパソコンを開いていた。
「『プリンス・キーストーン』、ある王朝の王子の冠に填められていたとされる巨大な宝石か…。その冠は見つかっていないものの、貴重なものとされて展示されている」
「そうなんだ…」
「王子、プリンス・トパーズが狙うのもあながち間違いじゃないな」
『プリンス・キーストーン』があるのは、隣の県の美術館だった。そこでは、『歴史上の王子の足跡』という展覧会を行っており、その目玉が『プリンス・キーストーン』だった。
「そうなんだ…」
「どうする?トパーズとまともに争うか?裏をかくか?」
青葉の頭の中には、二つの作戦が考えられていた。一つは、いつものように呪宝を盗む作戦、もう一つは、トパーズに嘘の情報を送って、妨害するというものだった。
「まともに戦うよ。だって、あいつはいつも腑に落ちないんだもん」
「そうだな…」
青葉は、美術館の見取り図を千歳に渡した。
「その挑戦、正々堂々と受けてこい。俺も少々水を挿すけどな」
「青葉…、ありがと」
千歳は、見取り図を受け取り、ピンクジュエルの衣装を取りに行った。そして、予告状を美術館に送って、準備を始めた。
そして、予告当日に青葉は、アクアマリンとして警察の前に現れた。厄神警部と臼井刑事、それからりんかが居て、アクアマリンを待っていた。
「アクアマリン君!来たのか」
「ええ、ピンクジュエルとトパーズが来ると聞きましてね」
「そうか…、助かるぞ」
りんかは、ニコニコしながらアクアマリンを見た。
「アクアマリンさん、今回も頑張りましょうか!」
アクアマリンは警察達の面々を汲まなく見た。アクアマリンは、涼平が中学生探偵として来ているのだろうと睨んでいたが、今回は姿が見えない。
「りんか、中学生探偵は来てるのか?」
すると、りんかは首を振った。
「いいえ?来てませんよ?」
りんかはそう言った後、アクアマリンにしか聞こえない声でこう付け足した。
「あの人、多忙な人ですもんね」
アクアマリンはその言葉を聞いて、背中を強く叩かれたような衝撃が走った。
「(まさか、りんかも涼平の正体を知って…?!)」
アクアマリンは、りんかにそれを聞こうとしたが、あえて聞かない事にした。
その一方、ピンクジュエルは美術館のバックヤードに潜んで様子を見ていた。
「えっと…、ここからどうやって盗りに行こう」
「どうしたんだ?」
すると、呼んでもいないはずなのに、トパーズがピンクジュエルの前に現れた。
「トパーズ、どうして…」
「盗る前なら協力するよ」
優しい声を掛けるトパーズに対して、ピンクジュエルはそっぽを向いた。
「ふんっ、お断りするわよ」
「そうか…、連れない子だね、君は」
トパーズは、苦笑いを浮かべた。
「だいたい、いつ私があんたに協力するって言った?」
「さぁ…、聖杯争奪戦の時?」
「あんたが勝手に私と行動してるだけでしょ?私だけでも見つけ出してやるんだから」
ピンクジュエルは、トパーズを引き離すように先を歩いていった。
「だいたい、あんたは私達の敵なの?味方なの?どっちなの?」
「戦友って書いてライバルってとこかな」
ピンクジュエルは、トパーズのカッコつけた台詞に、嫌悪感を覚えた。
千歳は、お嬢様と呼ばれる立ち位置に居るが、ロマンとは程遠い泥臭い現実を知っている。口説き文句をいくら並べた所で、心が動く事はないのだ。恋する前に色々知ってしまったせいで、素直に恋する乙女にはなれなくなってしまった。それを、男を頼ろうとしない凛とした強い女と取るか、女心を忘れた悲しい乙女と取るか、それは周囲の捉え方次第だ。
ピンクジュエルは、溜息を吐いて、やれやれと言った。
「なんなのそのクサイ台詞、嫌いなんだけど。ってかあんたは探偵なの?怪盗なの?どっちなの?」
「君は健みたいな事言うね。まぁ、どちらにしても、僕の目的はたった一つ…」
トパーズ、その理由を言おうと言葉を溜めたが、何を考えたのかそれを急に止めた。
「質問ばかりしているお嬢さんは嫌われるよ?」
トパーズはそう言うと、ピンクジュエルとは違う場所に行ってしまった。
アクアマリンは、りんかと一緒に『プリンス・キーストーン』の所に向かった。『プリンス・キーストーン』は、黄金色をした美しい宝石で、造られて長い年月が経った今も美しい光を放っている。その周囲には大勢の警官が警備の目を光らせていた。
「こんな目立つ所に置いて、大丈夫ですか?」
「今から場所を移動させようと思っていたよ」
警官の一人がアクアマリンとりんかの間を割り込み、『プリンス・キーストーン』が入ったケースを持った。
「何処に移動させる気なんですか?」
「君には教えられないね」
何か違和感を感じたアクアマリンは、その警官の服を引っ張った。すると、服の下から、黄色い衣装が見える。
「やっぱりそうだったのか…、プリンス・トパーズ」
警官は、不敵な笑みを浮かべると、一瞬でプリンス・トパーズの姿になった。トパーズはケースごと『プリンス・キーストーン』を持ち去り、逃げようとする。
「奴め…、捕まえろ!」
臼井刑事の命令で、大勢の警官達が一斉に動く。また、美術館のセキュリティも作動し、防火扉が閉まった。これで、トパーズは袋の中の鼠のはずだった。
「これで僕を捕まえられるとは、甘く見ないでよ!」
トパーズは、防火扉で警官達を閉め出し、自身は非常口から脱出した。
アクアマリンとりんかは、トパーズか逃げる道を辿って追い掛ける。トパーズは、屋根の上に登り、追い掛ける二人を眺めた。
「今日はピンクジュエルは来ないのか」
もう来ないと思ったその時、トパーズの背後から、ピンクジュエルが現れた。
「ここに居たのね、プリンス・トパーズ!」
「やっぱり来たか…」
「予告状まで叩きつけて、来ない訳ないでしょ?!」
トパーズは、屋根の下を見た。外を警備していた大勢の警官達が、ピンクジュエル達に気づいて、屋根によじ登ろうとしている。また、警察のヘリコプターが近づく音がした。
「世の中にはね、逃げるが勝ちって言葉もあるんだよ?命が惜しくば逃げたらどうだ?」
トパーズは、そう言い残して屋根から消えた。
「くっ、私も…」
「待て!ピンクジュエル!」
ピンクジュエルは、アクアマリンとりんかから逃げ、屋根から飛び降りた。
アクアマリンは、ピンクジュエルの事が心配ながらも、トパーズの事が気になっていた。
結局、警察は今回もピンクジュエルとトパーズを捕まえる事は出来なかった。
「すみません…、せっかくここまで追い詰めたのに」
「あのトパーズは策略家だ、最初からこうするつもりだったのだな」
厄神警部は、溜息を吐いてこんな事を呟いた。
「でも、彼奴らはグラマラスキャットに比べたら幾分かはマシな所はある。あいつは宝の為に人の命を奪った事がある」
そこに居合わせた人はそれを聞いて息を呑んだ。
「あの子を救えなかった事、今も後悔してるんだ…」
「私もその場に居合わせましたが、その現場は悲惨なものでした…。私が昔捜査したどの殺人事件よりも、おぞましい光景でした」
臼井刑事も、その事を思い出していた。
「あの噂は本当だったのですね…」
グラマラスキャットは宝の為なら命を惜しまない。アクアマリンは、それは噂だとばかり思っていた。ところが、それは本当の事だったのだ。
「とりあえず、今日はゆっくり休め、また依頼するかもしれないからな」
「はい…」
アクアマリンは厄神警部達と別れ、帰った。
アクアマリンは、りんかと別れた後、千歳を心配して美術館の庭の茂みの中に入った。すると、いつものように千歳は、茂みの中に顔を突っ込んでいる。
「パターンを増やす気は無いのか、千歳姉」
「ううっ…」
アクアマリンは、茂みの中で青葉の姿になった。千歳は今回は自力で、茂みから脱出する。
「グラマラスキャットが宝の為に人の命を奪ったのは、本当だった」
「えっ…?!」
千歳は、驚きの声を上げた。
「なんで涼平はグラマラスキャットの事を知ってるんだ?きっと俺達には言ってない何かを知ってるはずだ」
「それを聞きに行くの?」
「俺達はお互いの正体を知っている、聞いたら何かを返してくれるはずだ」
「そうだね…」
二人は涼平の事を考えながら帰って行った。
その頃、涼平は家の中で『プリンス・キーストーン』の箱を開けた。箱の中には、『プリンス・キーストーン』と、小さな石版が入っている。涼平の目当ては、『プリンス・キーストーン』ではなく、その石版だったのだ。石版には、古代文字と王冠の絵が彫られている。
「『アシスカ四世のクラウン』、これが『プリンス・キーストーン』が填められていた王冠か」
涼平はそれを元に戻して、戸棚の中に仕舞った。そして、机の上にある港平の写真を眺める。
「あいつらには、話してもいいかな」
涼平は港平の写真に手を触れた後、その手でカーテンを閉めた。
「グラマラスキャット…、お前だけは絶対に許さない」
涼平の目は、中学生とは思えない程、鋭く光っていた。




