花恋の誕生日
健はカレンダーを眺めて、ウキウキとした気分になっていた。
「もうすぐ…、花恋ちゃんの誕生日っス!」
花恋の誕生日は毎年夏休み中にある。健は、毎年花恋にお祝いをしていた。
「お兄ちゃん、花恋ちゃんのお祝いするの?」
久美がトコトコと健に近づいてこう言う。
「そうっスね…、出来れば、誕生会開きたいっスが…」
「でも、花恋お姉さん、誕生会嫌がってるでしょ?」
「そうっス、だからその…考えてるっス」
久美は、頷くと、自分の部屋に戻って行った。健は、久美が居なくなると、一人こう呟いた。
「そういえば…。あの時の返事、また貰ってないっスね…」
健は、ベッドに横たわって、花恋の事を考えた。
泉ヶ丘中学校放送部は、夏休みも活動している。千歳、花恋、りんかは、顧問の吉岡多江と一緒に、夏休み明けの体育会や文化祭の打ち合わせをしていた。
「えっと…、どうやって盛り上げよう」
「体育会って、美化委員会の仕事もあるんで、参加出来ない部分もあるかもしれませんね」
「そうか…どうしよ」
千歳と花恋は、お互いを見合わせて考えた。
「そういえば、私達来年引退するんだよね?新入生が入ってこない限り、りんかちゃんだけになるじゃん!」
「あのりんかちゃんが先輩か、部が崩壊しそう」
「そ、そんな事しませんよ!」
千歳は怪訝な顔でりんかを見つめた。
「だからといってね、う~ん…」
その日は、りんかの事で議論して、部活が終わった。多江もりんかの事を気に揉んでいるらしく、心配そうに話していた。
帰り道、千歳は珍しくりんかに話掛けられた。
「千歳先輩!もうすぐ花恋先輩の誕生日ですね」
「そうだね…」
「なんかしませんか?」
「何かしたいとは考えてるけど、やりにくくてね…」
「そうですか…」
りんかが果たして何を考えているのか千歳は尋ねようとしたが、予想外の答えが返ってくるのが怖くて出来なかった。
そして、りんかは先に帰ってしまった。千歳は、花恋の誕生日と聞いて、昔、花恋に自分の思いを明かされた事を思い出した。花恋の誕生日に対する複雑な気持ちを聞いたのは、後にも先にもこの時だけだった。
千歳達が小学二年生だった時、花恋の誕生日にサプライズパーティーを開いた。花恋は最初は驚き、喜んでいたが、だんだん浮かない顔になっていった。そして、千歳と結菜に一言こう言った。
「ごめん、嬉しいけど、二度とこういう事はしないで」
「えっ…?」
「ホントに、ごめんね…」
幼いながら深々と、何度も謝る花恋に、二人はどう返すことも出来なかった。
結菜が帰った後、花恋は突然千歳に泣きつき、今まで誰にも明かさなかったであろう事を、千歳に明かした。
「私…、産まれた日にお母さんが死んじゃったの!」
「えっ…」
産まれたその日が母親の命日…、花恋にとっては一生付きまとうどうしようもない事だった。
「だから、その日はお葬式とお墓参りに行かなきゃいけなくて…、自分の事を祝ってるどころじゃないの!」
花恋の涙で、千歳の服はびしょびしょになった。
「お父さんは弔い上げをしようって言ってる。三十三回忌だよ?私は大人になるまで素直に自分の誕生日を祝えない!」
「そうだったんだ…」
「どうしようもないよ…」
千歳はそんな花恋を慰める事が出来ず、ただ寄り添う事しか出来なかった。
「プレゼントとかは、後で受け取るから だから…ごめんね」
その時の千歳は、人を失った時の痛みや悲しみが分からなかった。だが、この後姉や両親を失って、花恋の気持ちが少しだけ分かるような気になっていた。
健は、青葉と和人と一緒に公園で話していた。
「誕生日を祝おうだなんて女子っぽい事するよな」
「誰かを祝いたいっていう気持ちに男も女も関係ないっスよ!」
健はそう強く言い切った。
「クラスのお母さんのような存在だったよな?花恋は」
「そうっス!俺は小さい頃からお世話になってるっス!」
「花恋も健も、世話好きだよな」
「それは、俺も思った」
「だから、何かお返ししたいっスよ」
「そうなんだ、だけど、健はいつもプレゼント渡すだけでまともにお祝いしてないじゃん!」
「花恋ちゃんは、誕生日をお祝いされるのが嫌なんっス」
「それは、何でだ…?」
事情を知らない和人は、そこに疑問を抱いた。
「でも、俺は花恋ちゃんの事をお祝いしたいっス!」
「えっ…、そうなの?」
「今年こそ、花恋ちゃんのお祝いするっスよ!」
健は、何かを思いついたかのように、突然走り出した。
「だ、大丈夫かな…」
「さあな…」
二人は、一人突っ走る健を心配そうに見つめた。
翌日、誕生日の前日に健は、花恋と二人きりで話していた。
「健君、誕生日を祝いたいっていう話、本当なの?」
「そうっスよ?」
花恋は、深々とお辞儀をした。
「やっぱり…、それ、やめてくれない?」
「花恋ちゃんは、祝われるのは嫌っスか?」
一人嫌がる花恋に、健はそう質問した。
「ダメだよ…、みんな悲しんでるのに私だけ嬉しがるのは」
「何で素直になれないンスか?」
花恋は震える手を握りしめ、絞り出すようにこう答えた。
「健君は…、知ってるでしょ?私の産まれた日にお母さんが死んだって事」
「お母さんのせいで花恋ちゃんは誕生日が嬉しいものじゃないっスね…」
健は、腕を組んで花恋を見た。
「それをお母さんは望んでるっスか?」
「えっ?」
「誕生日っていうのはとても嬉しいものっス、それを、自分のせいで笑って祝えない…。俺が花恋ちゃんのお母さんなら、凄く悲しいっス。お母さんはきっと、悲しんでる花恋ちゃんよりも、笑顔の花恋ちゃんを見たいと思うっス」
「そう、なのかな…」
健は、花恋の話しているうちに、ある事を思いついた。
「明日、一緒にお墓参り行こうっス!」
「えっ…?」
「それなら、お母さんの事も出来るっスよ?」
すると、花恋は健の言う通りだな、と思った。
花恋は、健の側に居る時、家族のと一緒に居るのと同じくらい落ち着いた気分になる事に気づいた。そして、母親の事を思い出して急に不安になった。
「健君は…、ずっと居てくれるよね?」
すると、健は首を横に振った。
「残念ながら…、ずっと一緒に居れないっス。俺だって花恋ちゃん以外にも大切な人が居るし、花恋ちゃんにも居るっス。人は出会いと別れを繰り返すもの、俺だって、もしかしたら時間が経って、花恋ちゃん以外の人が好きになるかもしれないし、花恋ちゃんもそうかも知れない。」
「そう、なの…?」
「だけど…、この瞬間だけ、側に居ていいっスか?」
健は、優しい笑顔でそう言った。
「あ、ありがとう…。私、やっぱり健君の事が…」
「何も言わなくていいっス、言わなくても、俺には花恋ちゃんの気持ちが分かるっス」
花恋は健の目の前で、顔を押さえて泣いた。
「我慢したら心が鉢切れそうになるっス、泣くなとは言わない。泣きたい時は、泣いて良いっス」
健は、その後何も言わず、花恋の背中を擦っていた。
その後、健は花恋と別れた後、明日の事を、千歳と青葉、結菜、和人に伝えた。四人は驚いていたが、健の思いに協力してくれた。
翌日、健は二つの花束を持って、花恋の所に現れた。
「花恋ちゃん、お母さんのお墓参りに行くっス」
「う、うん…」
花恋は、線香とマッチ、それからお墓の掃除道具を持って付いて来た。
「お父さんや親戚以外の人と一緒にお墓参り行くの、初めてかも」
「まぁ、普通はそうっスよね」
お墓参りに行くのに、健の服装は普段と変わらなかった。その一方で、花恋は、喪服のような服装をしている。花恋は、そこに疑問を抱いた。
健と花恋は、墓石を丁寧に布巾で拭いた後、線香と花束をお供えして、手を合わせた。
「花恋ちゃんは、お母さんの事、覚えてるっスか?」
「少しだけ…、産まれてすぐに抱かれたのと、名前を呼ばれた事だけ…」
「花恋って名前、お母さんが付けてくれたンスね」
「うん…」
健の手には、花束が一つ残されたままだった。
「あれ?その花束は?」
「二つの花束、一つは花恋ちゃんのお母さんに、もう一つは…」
健は、花恋の目の前に花束を差し出した。
「花恋ちゃんに、あげるっス」
「えっ…?私に…?」
花恋は戸惑い、受け取るのを断ろうとしたが、健は花恋に花束を持たせた。
「だって、今日は花恋ちゃんの誕生日っスよ?それくらいいいじゃないっスか!」
「そう…?」
「さっ、今からケーキ買いに行くっス!」
「えっ、ええっ?!」
花恋は、健に無理矢理連れられ、坂を降りた先にある洋菓子店に向かった。
その洋菓子店は、昔から近所の住宅街にあった。落ち着く空間になっていて、カフェも併設されている。健はよく久美とケーキを食べに行っていた。花恋は、お土産のお菓子などで、その洋菓子店を知っていたが、実際に行くのは初めてだった。
入って早速、花恋はショーケースのケーキに目を輝かせた。
「花恋ちゃんもそういうの好きっスか?」
「うん!で、何を買うの?」
「そうっスね…、お母さんに言ってお金貰ったっス、あれを買うっス!」
健がそう言って指差したのは、小さなホールケーキだった。
「え?!あれ良いの?でも…、食べれるかな…」
「みんな待ってるっスから…それくらいっスかね」
「え?みんな?」
健は、財布からお金を出してそれを買った。そして、花恋の家に向かった。
花恋の家は、築年数が経ったアパートだった。花恋は、いつも通りに扉を開けようとする、すると、扉の奥から声が聞こえた。花恋が入ると、そこには、千歳と青葉、結菜、和人が畳張りの小さな居間に座って二人を待っていた。
「お帰り、花恋ちゃん、健君」
「ただいま、みんな」
「さっ、ここに座って!」
千歳は、花恋をちゃぶ台の所に座らせた。ちゃぶ台の上には、健が買ったケーキが置かれてある。そして、千歳達は、クラッカーを一斉に放った。
「お誕生日おめでとう!花恋ちゃん!」
「みんな…、ありがとう!」
花恋は満面の笑みでそう言った。
ケーキを食べ終わった後、千歳と結菜は大きな包みを花恋に手渡した。中を開くと、二人からのプレゼントが入っている。それは、この居間に合う座布団だった。
「えっ、凄い!座布団だ!私のが破れたって話少しだけしたけど…、覚えててくれたの?」
「うん!良かったらそれ使ってよ!」
「ありがとう!大切にするね!」
女子三人がそう盛り上がっている中、青葉達三人は、何をしようか考えていた。
「どうしよう…、プレゼント何もない」
「お、俺も…、健は?」
「ケーキしか買ってないっスよ?」
「ええ…、どうしよう」
ケーキ以外に何をプレゼントしようか考えていた健は、居間を見渡した。すると、戸棚にギターのケースが寄りかかっているのに気づいた。健は、それを花恋の近くに持ってきた。
「これ、ギターっスよね?開けて良いっスか?」
「うん、お父さんのだけど…、でも最近使ってないからな…」
健は、ギターのケースを開けてみた。ギターの種類はフォークギターで、弦は全て張られている。だが、しばらく使っていないせいで弦は弛んでいた。
健は、それを鳴らしてみた。すると、調子の悪い和音が聞こえる。
「チューニングされてないじゃないっスか…」
健はギターを鳴らしながら、弦を張らせた。そして、もう一度和音を鳴らすと、綺麗に聞こえるようになった。
「健が得意なのはエレキだったよな?学校でやってるのはクラッシックで…」
「フォークギターも触った事あるっスよ?それじゃ、一曲だけフォークソングを知ってるからそれするっス!」
「ギター弾けるとか、憧れるんだけど…」
健は、何処からか椅子を持ってきて、そこに腰掛けた。そして、慣れた手付きでギターを構えて歌い始めた。
健が歌ったのは洋楽だった。だが、誰もその曲を知らなかったので、一同は驚いたが、健のギターの腕と歌の上手さは伝わった。
曲が終わった後、一同は拍手をした。
「健君カッコいい!ってか歌上手いね!」
「ちょっと…、見直したかも」
「健、音楽が成績五なだけあるな」
「でも、歌とギターだけっスよ…」
健は、照れ隠しに頭を掻いた。
「花恋ちゃん、どうだったっスか?」
「うん!凄く良かった!」
花恋は顔を赤く染め、健に向かって笑った。
すると、玄関の扉が開いて、中から男性が現れた。その男性は、花恋の父親である守山俊哉だった。俊哉は、集まってきた健達を見ると、驚き、荒んだ声を上げた。
「ここは溜まり場じゃないぞ!」
花恋は俊哉の目の前に立った。
「違うのお父さん!これは…」
「全部俺が悪いっス!」
健は、俊哉に向かって頭を下げた。
「花恋ちゃんを喜ばせようと思って…、すみませんでした!」
俊哉は溜息をついて健を見つめた。
「何だ、今日は七海の命日だぞ、祝ってる暇なんてない」
「そんな…」
俊哉は、戸棚にある写真を眺めた。それは、花恋の亡くなった母親である守山七海の写真だった。七海の見た目は、今の花恋とそっくりだった。
「花恋ちゃんによく似てるっス」
「ああ…、病気の事は知ってたけど、まさかこんなに早く亡くなるなんて思わなかったな」
「変化を受け入れなければ、明日なんて来ない、花恋ちゃんのお父さんは本当にそれで良いんですか?」
健の言葉を聞いた俊哉は、何かに気づいた。
「お前、康之と同じ事言うな」
「お父さんの事、知ってるんですか?」
俊哉は、花恋の座布団に座って、ちゃぶ台に頬杖をついた。
「本当にお前はあいつによく似ている。あいつも、そういう流行りものみたいな格好をして、妙にチャラチャラしてた。そして、女子に優しかった。俺はそんなあいつが嫌いだったよ。付き合ってた彼女もいつの間にかあいつのものになってた。恐らく、お前の母親だろう」
自分の父親を悪いように言われて、健は、自分の事を悪く言われているような気分になった。
「健君は、私だけに優しい訳じゃないよ、妹や私の友達にも、みんなに優しくしてるよ。それに、健君は全然チャラくない、むしろ真面目な方だよ」
「今この状況を七海が見たらどう思うのだろうか…」
すると、健は花恋の方を見ながらこう言った。
「お母さんの死を受け入れて、何をするか考えて、ここまで来たから今の花恋ちゃんがあるんじゃないですか?」
「そうか…、お前はそう捉えるんだな」
健は、ギターを俊哉の前に差し出した。
「ギター、もう弾かないんですか?」
「律子や七海が居ないからな…」
「ずっと触ってなかったから、ギターが寂しがってましたよ」
「そうだな…、ホントにお前は腹が立つ程あいつに似てる」
俊哉はそう吐き捨てるように呟いた。
そして、誕生会を終えて千歳達は先に帰り、青葉達は遅れて花恋の家から出た。健は、青葉と和人の先を歩いている。それを見て青葉は、ふと、こんな事を和人に言った。
「健…、あいつの愛は男女とか、兄弟愛とか、そんなもんじゃない、慈愛だよ。困っている人全てに手を差し伸べる、それぐらいの優しさがある。デートの時でも目の前で転んだ子供が居れば、彼女を置いてでもその子に向かう。それが健なんだよ」
「自分の痛みや、他人の痛みを知ってるから、みんなに優しく出来る。健も花恋もそうなんだな」
「ホントに、健はお母さんみたいだよ…」
青葉の目には涙が伝っていた。
「お母さん…、会いたい…」
意識もしてないのに、青葉の涙は止まらなかった。青葉は、顔を押さえて嗚咽を漏らして泣いている。
「青葉…?」
前を歩いていた健は、青葉の様子に気づくと、側にやって来た。
「苦しいンスね…」
健は、まるで自分の子供のように、青葉の頭を何度も撫でた。
「我慢、しなくて良いっスよ…」
「あいつ…、凄いよ」
その二人の様子を見て、幾ら三人で行動してても、親友同士の二人には敵わないと、和人は思った。




