壇上の影
ちょうど一週間前。
俺が空から現世に戻ってきた日の翌日の朝のことだ。
「小学校…ですか?」
「そうそう!」
俺はノクに小学校へ通う提案をしていた。
今は朝。今日もクレセントを探すべく、朝はやくから朝食の支度をするノクは偉い。
よしよししたら「ルノさん…猫耳とか持ってこないでくださいね」と結構な真顔で言われた。誤解はやっぱり解けてなかった。辛い。
「ルノさん…何を言ってるんですか?私達にはクレセント様を探すっていう役目があるんですよ?」
急に変な話題を出すもんだから、ノクは不思議顏だ。
もちろんこうなることは想定済み。だからこそしっかり準備をしてきたのだ。
「フフ…では、その役目が小学校で果たせる、と言ったら?」
「え!?」
ノクは席をガタッと立ち上がる。
おお食いついた食いついた。これも想定済みだ。
「そ、それはどういう…もしかして何か手がかりを!?」
「当たり前だろ?実はな…昨日お前が放心してる間に、こんなものを拾ったんだ」
そう言って俺はポケットから黄ばんでボロっちくなった紙切れを渡す。
「これが手がかり…!ふむ…なんでしょう…」
ノクは紙を穴が空くかというほどじっと見つめ、回してみたり光にかざしてみたりする。
何を隠そう、俺がコーヒーをぶっかけてドライヤーでカピカピに乾かしたメモ用紙なのだが。
「…あっ!中に文字が…!」
よしよし順調順調。
反応が予想通りすぎて怖いくらいだ。
「ええと…なになに…」
ノクはコホン、と咳払いをして読み上げ始めた。
────ちくしょう!まさかこんな事態になろうとは…。
アタシの転生術式はどうやら近所のガキに効いちまったらしい。全く困ったもんだぜ。
「…これは!クレセント様の手記…!?」
「フッ…!驚くのはまだ早い…続きを読むんだ」
「はっはい!」
────アタシの転生した相手は『百合ヶ丘小学校』とかいう所に通っているらしい。ノクに元の身体も持ってかれちまっただろうし、しばらくはこの新しい身体で過ごすしかないか…。
ん?あ、あれはアタシの身体じゃないか!どうして現世に…!?
もしや!転生術式に異常でも発生して身体に誰かの魂でも乗り込んだのか…!?
さてはノクのやつが近くでアタシが出てくるのを見張ってるな。間違いないぜ。
「ルノさん!大変ですよ、計画がバレちゃってます!」
「落ち着け落ち着け。続きを読んでみるんだ」
────となればだ。ノコノコ出てっても捕まるに決まってる。
とりあえずここは様子見だ。今は普通の学生を演じながらアタシの身体の持ち主とノクを監視するのが吉。
そうだな…そこの辺にいる黒猫でも捕まえるか。使い魔にして二人を監視する役目を与えよう。
これでよし。二人が離れるような時があればすぐにでも向かって身体を奪い取ってやるぜ……────
「ル、ルノさん、大発見じゃないですか!今日は公園付近で小学生探し決定ですよ!」
「おおっと待て待て。大事なことを忘れてるぞ」
しっかり嘘の文章に騙されてくれたみたいだが、ちょっと興奮させすぎたな。パンを咥えて走り出しそうな勢いだ。
「大事なこと…?」
「そうだ。ほらここに書いてある…『黒猫の使い魔』が俺たちを見張ってるってことだ」
「あ!そ、そうでした…ん?黒猫…?」
ノクの首がゆっくり回ってケージの方を向く。
そこで準備をしていた黒猫ことクレセントがギクーッ!って感じのポーズを演じる。やっぱりクレセントには演劇の才能がある。名演技だな。
「ま、まさか!」
「そう。そのまさか」
俺は黒猫をケージから出して、脇の下を掴んで吊るし上げる。
「コイツがその使い魔なんだ!」
「な、なんですってー!」
いいリアクションだ。これが演技なら役者も顔負けなんだがな。
「つまりだ。この黒猫を通じて、俺たちの動きは完全に向こうに筒抜けだったってわけだ。今までに立てていた作戦もバレバレ。八方塞りって感じだな」
「そんな…」
そこでケージにクレセントを戻して毛布をかける。
クレセントは別に知っているが一応隠している体でいかないと、ノクに疑われるからな。
「…だが、解決策はある。つまり最初の話に戻るわけだ」
俺は机の上にスッと数枚の紙を置く。
「これは…『百合ヶ丘小学校入学要項』…!」
いやー大変だった。なんたってクレセントの要領を得ない話から、天使のいる小学校を割出さなきゃならないんだからな。ノクが起きてくる前までにプリントアウトできてよかった。
「今のまま公園で待っていても、クレセントはノコノコ出てきてはくれない。じゃあどうするか?」
俺はノクに考えさせる時間を与える。
少しするとハッと気付いたような顔になる。
ノクは考えを咀嚼するようにウンと頷くと言った。
「コッチから…会いに行くんですね!」
「その通り!」
本当は会いに行くのは天使なんだがな。
クレセントと立てたプランは大成功のようだ。主に俺が考えた気もするが。
そしてこの後くるであろう質問にも答える準備はできている。
「な、なるほど…!…でも生徒はたくさんいるはずです…見つける方法が…」
「それも大丈夫だ」
「え?」
俺はノクの不安を完全に潰すべく最後の追い込みに入る。
「どうやらクレセントの能力『強奪』がこの身体に残ってたみたいでな…魂の量が多い奴を判別できるようになったんだ」
「えぇ!?じゃあクレセント様を見逃すってことは…」
「無いな」
俺は言い切る。これでフィニッシュだ。
「凄い…凄いですルノさん!これならクレセント様をすぐにでも捕まえられますよ!」
早朝から作戦を練った甲斐があったな。これで小学校へ行くための理由のでっち上げは完璧だ。
ノクが純朴な子でよかった。てか純朴すぎて心配になるくらいだ。
一人で家に置いてったりしたら、訪問販売のセールストーク全部聞かされたり、宗教の勧誘話を真面目に聞いていてもおかしく無い。
「よし。それじゃあ百合ヶ丘小学校への入学準備をしようか」
「そうです…ね…?」
急にノクがピタッと止まって考え始める。あっやばそう。
「…あれ?でもどうしてクレセント様の能力のことを」
「ああーー!!ノクこれ見ろよ!制服すっごい可愛いぞ!!」
「え?うわぁ!本当、可愛いですね!」
「うんうん!二パターンから選べるみたいだな!」
「へぇー!どっちもオシャレですね〜…うーん」
フゥー…。危ない危ない。
それにしてもノクがちょろくてよかった。
俺はコッソリとケージに近づき、悩むノクを尻目にクレセントと目を合わせる。
お互いにニヤリと笑い、ハイタッチ。
悪いが、ノクにはもうしばらく勘違いしていてもらおう。ソロモンに知られては元も子もないからな。
何人たりとも俺の小学校ライフの邪魔はさせんよ!ハハハ!
──────────────
時は戻って自己紹介。
「どうも!寺堂ルノです!よろしく!」
ワァーッとクラスの女子達が俺に満面の笑みで拍手をしてくれる。なんと素晴らしい光景か。天使がいるのも頷ける、ここは天国だからな。ニヤケ顔にならないように口の橋を締めるのに俺は必死だ。
「こんにちは。ええと…寺堂ノク、と言います」
今度はええーっ!とかうそーっ!ってな声が上がる。
そう、今日から俺とノクは姉妹だ。
設定としては『ハーフの姉妹で、親が両方海外へ仕事に行くことになったので親戚の叔父さんの家に預けられた』といった感じだ。親戚の叔父さんとは俺のことなんだが。
ノクの白髪はとても色の薄い金髪ってことで説明しておいた。
ふと横を見ると壇上にもう一人立っていた。
あれ?俺らの他に転校生?こんなこともあるのか、珍しいな。
もしかして天使を探しにきてたり…ないか。
「……………」
こちらを見てポカーンとして固まってしまっている。
急な入室で驚かせちゃったかな。
…ん?…どこかで見たような…あ!
さっきの倒れそうになってた子か。大丈夫かな?
「あのー」
「ひゃっひゃい!」
どうやらだいぶ緊張しているようだ。というか俺のせいもあるかもな。ちょっとほぐしてやらないと。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ほら深呼吸して」
「え…は、はい…。すー…はー…ふぅ…」
どうやら多少落ち着いたようだ。
「そうだ、名前教えてもらえるかな?」
「あ、えーと、佐久間…佐久間ハルって言います!」
おーハルちゃんか。
「へー!ハルちゃん、よろしくね!」
「あ、は…はい!よろしくお願いします!」
「敬語なんて使わなくていいよ、これから一緒のクラスなんだし!」
「あ、よ、よろしくね!」
緊張が解けたせいか、まるで小動物のようにぴょんっと元気になった。本来の彼女はこっちなのだろう。めっちゃかわいいな。撫でたい。
と急に拍手が起こる。え?
「ルノさん、ありがとうね!緊張した子をほぐして自己紹介をさせてくれるなんて良い子だわ!」
先生から頭を撫でられる。自分と本当は同じような歳の人から頭を撫でられるのは、なかなかに複雑な気分だ。
というか、なんだ。まだ自己紹介をしてなかったのか。
「ありがとう!」
ハルちゃんがこっちにひまわりみたいな笑顔を向けてくる。惚れちゃうからやめてほしい。
「じゃあみなさーん!自己紹介が終わったところで、今日の朝の会を始めますねー!」
俺達は一番後ろの空いている席に誘導される。
ノクとハルの二人に挟まれる形で座ると、先生が話し始めた。
「今日は委員会活動についてです!まずは…やっぱり室長!クラスの皆を引っ張ってもらったり、会議を進めてもらったりする、とても大事なお仕事です。クラスの代表として全体会議にも出てもらいます」
今は室長っていうのか。
俺の小さい頃は組長って名前だったから、
「〇〇組長!」「おうどうしたお前達ィ!」
みたいに極道ごっこやって遊んでた思い出。
ちなみに俺はヤミ金を借りた工場長役だった。
「やってくれる子はいますか?」
こういう時はたいてい二つのパターンに分かれるんだ。
全く誰も手を上げなくて押し付け合いになるか。
それか…
「はい!私がやります!」
誰かやる気のある奴がすぐに手を挙げるか。
おおー!という歓声が上がる。
どうやら右の端に座った、赤毛のポニーテールの女の子が手を挙げたようだ。
「あら!やる気満々ね!じゃあチナツさん、前に出てきてくれるかしら?」
赤毛の子が立ち上がって…あれ?
俺は目を疑う。う、うそだろ…?
目を擦ってみる。変わらない。鼓動が激しくなる。
ハルが俺の様子に気づいて小声で話しかけてくる。
「ルノちゃん…?」
赤毛の子、チナツちゃんは壇上に立つと言った。
「碧井、チナツです!効率の良いクラス活動を心がけていきましょう!」
皆が拍手する。だが俺はそれどころではなかった。
「ルノちゃんどうしたの…?具合悪いの…?」
ハルが心配そうに聞いてくる。
心臓がバクバク鳴っているのが分かる。
間違いない。疑いようがない。
俺は気づけば自然と呟いていた。
「……し」
「え?…ルノちゃん、なんて…?」
「天使………」
「……え?」
室長、碧井チナツの身体には。
紫色のモヤモヤが溢れるように纏わり付いていた。
今回少し長くなってしまいました。
次は2/16夜投稿です。




