8-4
クイが目を覚ました時、視界は、ぼうっと薄暗かった。
体が熱くて、瞼が重い。
さっきまで嫌な夢を見ていたような気がしたが、(ここは、どこだろう?)と思った瞬間、夢は消えた。熱のせいで、ここまでの記憶がハッキリしない。うつぶせに寝かせられている理由も分からない。
ほのかに香る、薬品の匂い。
ベッドに寄せたワゴンには、病人用の水差しがあって、恰幅のいい女性が、せっせと血の付いた包帯を丸めている。
「……。」
ときおり、紙をめくる音。
ここからは見えないが、たぶん、この部屋の中に、まだ誰かが居るのだろう。
「……あの……。」
手近な女性に手を伸ばそうとして、クイは、
「痛……っ。」
と、腕の痛みに我に返った。
(そうだ! 私、マーティンにケンカを吹っ掛けて……。)
痛みに反射的に身構えたせいか、体のあちこちが痛みだす。
(あちゃ~、何やってんだ、私。)
痛みをこらえながら、改めて周りを見ると、そこはウテリア領の自室だった。どうやってここに戻ったのか分からない。たぶん、死にかけていたクイを、オレリアスたちが運んでくれたんだろう。
「! オレリアス様、……姫さまが。」
「ああ、分かっている。」
「私、ブラット医師を呼んできます。」
「ああ、頼む。」
パタパタと去っていく女官と入れ替わりに、オレリアスが近づいてきた。逆光でオレリアスの表情は見えない。オレリアスはゆっくりと、ベッド脇の椅子に座り、クイの手をそっと握った。
「大丈夫か?」
オレリアスの声は優しかった。クイの前髪を払って、熱を測る。
「……まだ熱いな。」
覗き込んだ表情に、怒りの色は見られなかった。
「……痛むか?」
途端、泣けてきた。
「……ううう。」
自分の失態で捕まって、勝てない勝負を挑んで負けて、自分の失言で大けがをした。全部、自業自得なんだ。なのに、大切な人に心配させてしまった。
クイは、ウテリア領を取りつぶしの危機にあわせたのに、オレリアスは、こんな自分を助けに来てくれていた。
自分が情けない、不甲斐ない、申し訳ない。
ただただ、涙が出た。
「ううう。」
泣いたって、オレリアスが困るだけなのに、感情を抑えようとすればするほど、大粒の涙が溢れてくる。クイは、オレリアスの手を握りしめて、
「……ごめんなさい。」
と絞りだした。
すると、なぜか、オレリアスの中に走った緊張が、握った手から伝わってきた。
「……言うな。……もう、いい。」
オレリアスの口調が強くなる。
何か気に障ることを言っただろうか。何か言おうにも、「ごめんなさい」しか出てこない。
「……。」
そうだ、クイはマーティンから伝言を頼まれていた。「今度遊びに行く。」と。あんなヤツがまたやって来るのだ。オレリアスを困らせたいマーティンが、今度は何をしでかすか。
「……マーティンが。」
マーティンの名前を出すと、オレリアスの顔は青ざめた。
「……あのね。」
「黙れ!」
唐突に怒鳴られて、クイは慌てて口をつぐんだ。
トントン。
その時、ノックの音がした。医師ブラッドが来たのだろう。オレリアスは、クイの手を離して立ち上がると、さっと扉を開けに行った。
「……。」
クイは、空っぽになった自分の手を見つめた。消えた感触。何か話しているオレリアスの声も、実際より遠くに感じる。
(寒い……。)
熱いのに、体が震える。
何かにすがりたいのに、何もない。
平衡感覚が狂っているからだろうか。
クイは、それが寂しさだと気づくより先に、目を閉じた。視界が真っ暗になると、クイの意識もまた、ゆっくりと闇の中へと沈んでいった。




