7-5
夢の中。
ここでも、オレリアスは、クイを探していた。
闇ばかりの世界は、走っても走っても、どこにも行き着かない。自分の手足以外、何も見えなくて、方向感覚も怪しかった。
「クイ! クイ!」
足も、何かがまとわりついているように重い。
けれど、オレリアスは、クイの名を呼び続けた。
「クイ! どこだ?!」
オレリアスの声が、何度も反響して自分のもとに戻ってくる。
こんなに走っているのに、とても狭い場所をさ迷っているみたいだ。
「クイ! どこにいる?!」
ふいに人の気配を感じて、オレリアスは足を止めた。振り返ると、先ほどまで何もなかったはずの足元に、誰かがしゃがみ込んでいる。
「クイ?!」
顔を伏せてはいるが、この背中、この黒髪。
「……クイ!」
オレリアスがもう一度名前を呼ぶと、クイは、ゆっくりと顔をあげた。
闇の中でも見える。
クイの顔は、オレリアスの記憶より女らしかった。
上気した頬、長いまつげ。物憂げに開いた唇。
「クイ?」
だが、オレリアスは、その違和感を押し殺して、
「ここにいたのか。」
と、安堵した。
「さあ、帰ろう。」
オレリアスが、クイに手を伸ばす。
すると、クイは、なぜか、その手を見て後ずさりした。
「クイ?」
オレリアスは、胸騒ぎがした。
クイの目が、なぜか怯えているように見える。
「どうした?」
オレリアスが問おうとすると、それをかき消すように、
「ごめんなさい。」
と、クイが言った。
「クイ?」
「私、帰れない。」
少しずつ、距離を取るクイ。
「私、マーティンが好きなの。」
その言葉に、オレリアスはゾッとした。まるで、毒でも吸い込んだように、肺のすみずみまで痺れていく。呼吸を繰り返しても、息苦しい。
オレリアスは、クイの気持ちを確かめようと、クイの腕に手を伸ばした。
「クイ。」
「嫌っ。」
クイがまた一歩、オレリアスから離れる。
腕をつかみ損なった手が、宙を漂う。
「待て、クイ。マーティンは駄目だ。マーティンはお前を好きにならない。」
言っておいて、かつて同じ言葉を口にした記憶が頭をよぎった。その記憶は、すべてを思い出さなくても、繰り返しオレリアスを苦しめる。
オレリアスは、クイの返事を待ちながら、なぜか、次の言葉を知っているような気がした。
「それでもいいの。」
クイが顔を上げると、その瞳は、突然強い意思を帯びた。
「ほんの少しだけでも、マーティンのそばにいられるなら。私、それだけで幸せなの。」
「やめろ!」
オレリアスは、強引にクイの腕をつかもうとした。
が、突然、間に入ってきた人物に、それを遮られた。
オレリアスは、その人物にハッとした。
「マーティン!」
青色の瞳、金の髪。
それは、十五歳のマーティンだった。
あの憎らしい顔。
マーティンは、クイを背に隠して笑っている。
「どけっ!」
オレリアスがマーティンを押しのけようとすると、その手は、なぜか空を切った。
気づくと、そこにいたはずの二人が、ずっと遠くにいってしまっている。
「待て!」
オレリアスが追いかけても、二人の姿は、どんどん小さくなった。
十五歳のマーティン、十六歳のクイ。
二人は、オレリアスとは違う時の流れにいた。
「行くな! クイ!」




