7-6
オレリアスが勢いよく跳び起きたとき、窓の外は、眠る前と少しも変わっていなかった。ほんの数分眠っていたのか、何時間も眠っていたのか。まるで時間の感覚がない。
(……嫌な夢を見た。)
オレリアスは、なるべく早く現実に戻ろうと体を動かして、大量の汗をかいていることに気が付いた。汗で、服が体にはりつく。汗を拭こうにも、指先が震えてもどかしい。何もかもが不愉快だった。気持ちはしっかりしているはずなのに、体だけが正直に、何かに怯えている。
(……。)
自分は、まだ、あのころに囚われているのか。
あのころ、四人は、いつも一緒だった。
そうでない日が来るなんて、少しも思わなかった。
なのに、スフィアがいつの間にか来なくなって、それも女だから仕方ないと思っていると、ブラッドまで「もう訓練所には行かない。」と言ってきた。訊けば、医者になりたいと言う。あのときのブラッドは、落ち着きのない悪ガキで、到底医者になれると思えなかったから、そのうち戻ってくるだろうと気楽に考えていた。だが、ブラッドは結局、戻ってこなかった。高齢の医師の家で勉強するようになると、それを境に、ブラッドは、まったく剣を握らなくなった。
四人は、二人になった。
だが、あのころのマーティンは、まだ屈託なく笑っていた。オレリアスも、マーティンと一緒にいるのが楽しかった。かけがえのないライバルだとも思っていた。
それが、どこで袂を分かつことになったのか。
時の流れが原因なのか。
いつしか、オレリアスは、マーティンの事が分からなくなった。
(行こう。)
オレリアスは、気力を奮い立たせて、汗の染み込んだ服を脱ぎ捨てた。
今は、マーティンも過去も、どうでもいい。
考えなければいけないことは、クイのことだけだ。
クイを無事に取り戻すこと。
それができれば、それでいい。
(……クイ。)
子犬のように擦り寄ってくる、現実のクイ。
オレリアスから逃げようとする、夢の中のクイ。
一体、これから先、どちらのクイに会うことになるのか。
(だが。)
オレリアスは、立ち上がった。
(クイの意思など、関係ない!)
そう割り切ると、いくらか心が落ち着いた。
(必ずクイを連れて帰る。それだけだ!)
物置にあった服に袖を通しながら、オレリアスが会議室に戻ると、会議室の雰囲気が少し変わっていた。出入り口に、武装を済ませた兵が十人。ブラッドまで、着慣れぬ防具を着せてもらっていて、オレリアスは、
「クイが見つかったのか?!」
と問いかけた。
「やあ、オレリアス。今起こそうと思っていたところだよ。」
「どこにいたんだ?!」
オレリアスがブラッドのそばに近寄ると、ブラッドの代わりにスフィアが答えた。
「クイは見つかってないわ。先週までのマーティンの足取りがつかめたの。」
それを、ブラッドが、ニコニコと褒める。
「いや~、スフィアのお手柄だよ。マーティンはどこにいても目立つからね。クイ姫を探すより効率が良い。」
それがなぜか、オレリアスの癇に障った。
「……やはり、女は怖いな。」
すると、間髪入れず、いつも通りのスフィアの怒声がとんできた。
「そこは素直に褒めるところでしょ?!」
スフィアの説明によれば、マーティンが目撃されたのは、ウテリア領の北の森らしい。あの辺りは、東西の街道が整備されて以来、人の通りが減っている。人の目も少ない上に、ウテリア領と国王直轄地の境だ。これなら、事を公にしないで済むかもしれない。
「なるほど。なら、あの廃屋で決まりだな。」
オレリアスは、机上の地図を叩いて、
「よし、マーティンと遊んでやるとしよう。」
と、顔を上げた。
が、オレリアスの前に、書類が差し出される。
「サインだけはしていきなさい。」
スフィアは、書類の束を抱えていた。
それは、武装をしている兵たちの除隊届けだった。
「……そうか。さすがに領主のままで、国王軍と争うわけにはいかないな。」
オレリアスは、書類を受け取ると、手早くそれに目を通した。
書類は三枚。
一枚目は、領主の役職を退く書類。
二枚目は、軍将の役職を退く書類。
そして、最後の一枚は、ウテリア領軍の除隊届け。
「ん?」
次期軍将はゴドウィンでいいとして、次期領主は……。
「おい、これ? ヒューがサインしたのか?」
代筆かとも思ったが、この適当な字はヒューのものだ。今まで頑なに領主職を拒み続けたヒューが、まさか次期領主の欄に署名をしたというのか。
すると、スフィアが、普段と変わらないテンションで、
「私が羽交い絞めにして書かせたわ。」
と、さらりと言った。
(ああ、やはり、女は恐ろしい。)
女という生き物は、力づくでは開かない扉を、すんなり開ける方法を知っている。
オレリアスは、初めからスフィアに頼めばよかったと、小さな後悔をしつつ、
「よくやった。さすがスフィアだ。この書類は、いずれ使わせてもらう!」
と、スフィアを褒めた。オレリアスにしては最大級の賛美だったが、スフィアは、
「そんなことをしても、長老議会で否決されるだけよ。」
と冷めている。確かに、あのヒューに、ウテリア領を任せるのは危うい。
「でもな~……。」
オレリアスが領主職から解放される希望を捨てきれずにいると、スフィアは、
「だから、必ず帰ってきなさい!」
と、真剣な顔で言った。
「クイと一緒に! 必ず、無事で帰って来なさい!」
「……ああ、そうだな。」
スフィアは相変わらずの高飛車な口調だが、心底オレリアスたちを心配してくれている。武装を済ませた兵たちもそうだ。逆賊の汚名を着る覚悟で、オレリアスの私兵としてついてきてくれる。
(俺は、恵まれているな。)
オレリアスは、彼らに目を向けると、
「厄介ごとに巻き込んで、悪かったな。」
と小さく頭を下げた。
「いや、俺たちは構わないよ。」
「そうそう、姫さんのお陰で、魔獣と戦わなくて済むようになったからな。」
「俺たちだって、マーティンに言いたいことは山ほどあるんだぜ。」
彼らが、皆、オレリアスと同じ気持ちでいてくれること。
それが、どれほど有難いか。
「よし、マーティンを叩きのめしに行こう!」
オレリアスの決起の声を上げると、一斉に兵たちが応えた。
「おー!」




