7-3
同じ頃、クイは、意識を取り戻し始めていた。
ぼんやりと見える景色。
ここは、どこだろう。
まだ視点が合わないし、三半規管が狂っていて、波間を浮かんでいるような感覚がある。
(……気持ちが悪い。)
クイは、時間をかけて、ひとつずつ感覚を取り戻していった。
温度や日の角度から、たぶん、今は夕方だ。周りから、複数の男の声がする。空気は、やけにホコリっぽい。けれど、どこか、森林独特の香りがする。
感覚に遅れて体の痺れがとれてくると、クイは軽く指先を動かしてみた。
固定されているのは、手首と足首。クイの両手は、後ろ手に縛られていて、クイは、うつ伏せの状態で転がっている。
「起きたな。」
男の声に、周りの空気が変わった。
そのわずかな空気の流れで、少なくとも後ろに三人いるのが分かった。
(……かなりの数に、囲まれているな。)
クイは、隙をつくのをあきらめて、両手両足に力をこめた。縄は、うっ血しないギリギリの強さで縛られていて、いくら手をひねっても抜くことができない。それは、足も同様だった。しかも、足の縄の先は、大きな柱に繋がれている。
クイは、体をひねって、全体を見回した。
敵は十五人。
全員男で、武器を持っている。
(くそっ。ここはどこだ?)
かなり広い部屋だ。
入り口はひとつだが、奥にはカウンターがあって、そこに小さな通用口がある。また、カウンターの背面には鍵がたくさん掛けられていて、ここは、宿屋のロビーのようだ。カウンターの左右には階段があって、客を泊める部屋へと続いている。
ただ、そのすべてが廃墟のようだった。もう何年も管理されていないのか、男ら以外、人の姿は見えない。
(北の森だろうか。)
たしか、ウテリア領の北には森があった。
だとすると、ここは、ウテリア領と国王直轄地との境。
そのとき、誰かが、
「ふ~ん。」
と、クイに近づいてきた。
知らぬ男だが、防具に国王軍の紋章が入っている。
マーティンの部下だ。
「俺さ~。」
その男は、物珍しそうにクイを眺めると、
「隊長が花嫁をさらってきたって言うからよ~。よっぽどの美人だろうと期待していたんだ~。」
と残念そうに言った。
「美人でも、花嫁でもなかったな。」
クイはムッとして、
「私は女!」
というと、周りの男たちが、どっと笑った。
(くっそ~、馬鹿にしやがって~。)
男たちに、緊張感はない。しかし、その一人一人が領軍の軍将クラスの実力を持っていて、容易に逃げられないことはすぐにわかった。
(……どうする?)
そのとき。
「ずいぶん、楽しそうじゃないか。」
「?」
体をひねって声の主を探すと、左側の階段から、マーティンが愉快そうに下りてきている。
(あいつ!)
明るい場所で見るマーティンは、立派に悪人面をしていた。
もし、この顔をしっかり見ていたなら、こんなヤツに騙されなかったのに。
「貴様! よくも!!」
すると、それを遮るかのように、クイの近くに座っていた男が、ポンと読んでいた本を閉じた。
「やっと、起きましたね。」
(?)
男は、本を机上に置くと、マーティンに向き直って言った。
「では、隊長。このようなことをした理由を聞かせてもらいましょうか?」
(お?! そうだ、その通りだ。)
思わぬ形で代弁されて、クイは、このやり取りを見守ることにした。
「そう怒るなよ、ヨシュア。」
マーティンと対決姿勢を取った男は、ヨシュアという名前らしい。
改めてヨシュアを観察すると、他の男たちとは、また違う雰囲気を持っていた。強い剣士である事には変わりがないが、軍服の着こなしが垢抜けていて、王都に住んでいる人の独特の雰囲気がある。
「それで? 我々が納得できる説明は?」
「……まったく。」
マーティンは、面倒くさそうに舌打ちをすると、
「こいつがさ、ここに残るとか言い出したものだから、ムカついたんだよ。」
と、クイを指差した。
「? 彼女がウテリア領に残りたいと言ったんですか? なら、それでいいではないですか? なんでそのままにしなかったんです?」
「俺は、十三年ぶりにウテリア領に帰って来たんだぞ!」
「だから?」
「だから、このまま帰るわけにはいかないんだよ!」
「……。」
「最初は、オレリアスの女を口説いてやろうと思ったんだ。だが、どうにも食指が動かなくて……。」
ヨシュアは、クイを見て納得したように頷くと、今度は長くため息をついた。
「それで、こんな重たいものをここまで背負ってきたんですか?」
(重たいもの?)
何気に、ヨシュアも失礼だ。
「……ああ、重かった。どこかに捨ててしまおうと、何度も思った。」
「捨ててしまえばよかったではありませんか。」
(捨て……。)
人を何だと思っているのか。
ヨシュアを味方かもと思った自分が、バカみたいだ。
「できるものか! そんなことをしたら、オレリアスと遊べなくなる!」
「……隊長。もういい加減、大人になってください。私が彼女を適当な場所に捨ててきますから、さっさと王都に帰りましょう。」
それを、マーティンは止めた。
「勝手なことをするな!」
「勝手はあなたでしょう?」
うん、その通り。
「勝手じゃない! 俺は、オレリアスと遊びたいんだ!!」
「いつまでバカなことを言っているんですか?!」
途端、ヨシュアの口調が鋭くなる。
「あなたは、国王軍兵長でしょう? ウテリア領主も、そうです。国王様に任じられた者同士。争ったらどうなるか。これは、国王様に対する背信行為なんですよ!」
(……背信行為?)
クイは、急に怖くなった。
「この件が明るみに出たら、うちの隊は解散です。もしかしたら、ウテリア領も、取り潰しになるかもしれません。」
(取り潰し?)
あまり例のないことだが、過去に取り潰しになった領地はある。原因は、些細な領地間のトラブルだった。それが、紛争へ発展しそうになったとき、争いに先だって国王軍が介入したのだ。ここで、国王軍は、どちらが悪いという点を問題にしなかった。このトラブルは、双方の領礎結界石が取り上げられるという形で決着し、今では、その二つの領地は、近隣の領地へと吸収されてしまっている。
「隊長。ウテリア領は、あなたの故郷でしょう? あなたの軽率な行動で、故郷がなくなってもいいんですか?!」
ヨシュアの言葉に凄みが増した。
クイは、それを想像して震えたが、マーティンだけは、笑っていた。
「大丈夫だよ。オレリアスは、領主の立場を譲ってからくる。この隊も、今からお前にくれてやる。それなら、ただのケンカだろう? 男同士のケンカなら、執政官も目をつぶるだろ?」
すると、ヨシュアは、
「あなたは、何も分かっていない!!」
と、声を荒げた。
「この隊は、あなたの隊だ。他の誰も隊長にはなりえない。ウテリア領主もそうでしょう。この人だと信じたから、皆がついてきている。それを、あなたは、無責任に放り出すつもりですか? 仮に、隊長でなくなったと言っても、主を傷つけられたら、下の人間は報復するんですよ! その報復の連鎖が未来永劫受け継がれていくのを、あなたは「かまわない」と言うんですか?!」
そのとき、マーティンの目に冷淡な悪意が浮かんだ。
「それも悪くないな。」
それは、ぞっとするような嘲笑だった。
「……隊長……?」
「ヨシュア。俺は、オレリアスと遊びたいんだ。だから、何があってもそいつを逃がすな。」
「……。」
言葉を失うヨシュアに、マーティンは高笑いして叫んだ。
「見ていろ、ヨシュア。この俺が、オレリアスごとウテリア領をぶっ潰してやる!」




