7-2
オレリアスが異変に気づいたのは、それから数時間後のことだった。
「大変ですっ! 姫さまがお部屋にいませんっ!!」
女官に起こされ、オレリアスがクイの部屋に行ってみると、そこは、明らかに何者かに荒らされていた。
「何だ? これは?!」
向かい合わせに置かれた、二つのティーカップ。ソファのそばに落ちている抜身の剣。窓は外側から壊され、ガラスが内側に飛び散っている。
(バルコニーから侵入したのか?)
オレリアスがバルコニーに出て見下ろすと、すでに護衛の兵たちが下に集まっていた。
「何かあったか?!」
「はい、ここに引きずったような跡が!」
「今そちらに行く。」
振り返ると、窓際の足元に小さな紙が落ちているのに気付いた。それは、小さな石が重しとして乗せてあって、オレリアスはそれを拾い上げて衝撃を受けた。
------クイを預かった。
返してほしくば、血眼になって探し出せ。
マーティン------
それは、体中の血が泡立つような衝撃だった。
「マーティン!!」
★
夕方。
クイ捜索は、行き詰まっていた。
街道を封鎖したが、もう領外に連れ出された後だったのか、クイの行方は、ようとして知れない。
オレリアスは、会議室に移された作戦本部で、腕組みをして座っていた。
新しい情報はほとんど上がってこない。
机の上には、ウテリア領の地図と、置き手紙があって、オレリアスは、それを一瞥して忌々しく舌打ちをした。
(くそっ。)
十三年ぶりに見る、マーティンの字、マーティンの名。
もう、とっくに思い出に変わっていたのに、今になって、怒りや焦りとなってオレリアスの胸を焼いている。記憶にあるマーティンは、十五歳のままだった。十五歳のマーティンは、オレリアスを挑発するように笑っては、オレリアスの心をかき乱そうとする。
(警戒しておくべきだった。)
オレリアスは、唇をかんだ。
ウテリア領主といえど、その権力は領外には届かない。
一方で、マーティン率いる国王軍は、事前の申請なしに全領地へ入れる。つまり、クイを領外に連れ去られた時点で、オレリアスの劣勢は決まっていたのだ。こうなってしまっては、王都の執政官に陳情するか、近隣の領主に協力を仰ぐしかない。
しかし、そのどちらも時間がかかりすぎた。往復のやりとりだけでも、何日かかるか。それに、国王軍が相手である以上、マーティンの非を完全に証明する必要もある。
オレリアスは、苦肉の策として、私服の兵に近隣の領地を探らせていた。何か手がかりがあれば、直接領主のところにオレリアスが乗り込んで交渉をする。だが、それには、確かな手がかりが必要だった。クイがここにいるという確証。それがなければ、オレリアスは動くこともできない。
「オレリアス。」
軽いノックとともに、白衣姿のブラッドが入ってきた。
オレリアスは、ブラッドを目で確認しただけで返事もかえさない。
「見てくれ。お茶のカップから、薬物反応が出たよ。かなり強い薬を飲まされたみたいだ。」
ブラッドは、机の上に、同質の薬品や魔草の書類を並べた。
「これだけの証拠があれば、執政官を動かせる。オレリアス、結界士に魔草の薬を使うなんて、正気の沙汰じゃないよ。早くこれを執政官の元へ持っていこう。」
しかしオレリアスは、
「そうだな。」
と、言っただけで口をつぐんだ。
クイの居所以外、重要な情報とは思えない。
「? オレリアス、大丈夫か?」
ブラッドは、オレリアスを心配して肩を揺らした。
だが、オレリアスは、答えなかった。大丈夫だと言えばよかったのだろうが、クイのことが心配で、自分の心配をする気にもなれなかった。
そのとき、
「オレリアス!」
と、突然、兵長スフィアがとびこんできた。
「どういうことか、説明してちょうだい!」
いつもは綺麗に結い上げている髪が乱れている。
スフィアは怒っていた。
スフィアは、ブラッドを押しのけると、
「私の隊に、情報が上がってきてないわ!」
とオレリアスに詰め寄った。
オレリアスは、煩わしげに顔をしかめる。
「ああ、お前には、この件から外れてもらった。」
「?!」
目を見開くスフィアに、オレリアスは、冷淡に言い捨てた。
「身内に敵は要らない。」
「な!」
スフィアは、怒りに赤くなると、
「マーティンのことなんか、もう、なんとも思ってないわよ!」
と、その場にあった書類をオレリアスに投げつけた。
「あ!」
ブラッドが用意した書類がバッと空中を広がる。
だが、オレリアスは、表情一つ変えずに、
「女は信用できない。女は、マーティンの前だと、手のひらを返したように人が変わる。」
と突っぱねた。
実際、マーティンは、昔からそういう男だった。
女性の心に付け入るのが上手い。いつの間にか、女性の行動を操って、自分の都合のいいように動かしてしまう。それなのに、女性たちは誰一人、マーティンを憎まなかった。陰でマーティンを悪く言う女性はいくらでもいたが、それでも、いざマーティンの前に出ると、彼女たちは、いつもマーティンを許した。そんな母性にも似た愛情に囲まれて、マーティンは、尊大で傲慢で、誰より人を引き付ける男だった。
「私だって、クイを心配しているのよ!!」
スフィアが殴りかかりそうにくって掛かると、ブラッドが間に割って入った。
「スフィア、待て! 待つんだ!!」
ブラッドは、スフィアを制した。
「スフィアは正しいよ。今のは、誰が見てもオレリアスが悪い。でも、今回だけはひいてくれ。今、一番辛いのはオレリアスなんだ。」
「そんなこと、私だって分かっているわよ!」
スフィアは、ブラッドの手を振り払うと、キッとオレリアスをにらみつけた。
「いいわ! 見てらっしゃい! 私は私で、勝手にクイを見つけ出して見せるから!」




