6-3
オレリアスは、魔草の花を一輪、携えて、詰め所の階段を上った。
魔草の生花は珍しく、人の世界では長く持たないため、返り血まみれでやってきた言い訳になる。
会議室の前までくると、扉の向こうから、クイの楽しげな笑い声が聞こえてきた。それは、男の声も混ざっていて、護衛の兵たちもそこにいるようだった。
オレリアスは、
(またか。)
と、自嘲気味に苦笑いした。
また、嫉妬心が頭をもたげる。自分のこの独占欲を、もう少し、どうにかできないものか。
トントン。
軽くノックをすると、すぐに、
「どうぞ。」
と返事があった。
「私だ、入るよ。」
扉を開けると、案の定、会議室にはクイと二人の兵がいた。
兵たちは、オレリアスの姿を見るなりギョッとして身構えたが、オレリアスは、早々に、
「席を外してくれ。」
と、兵たちを追い出すことにした。
兵たちの反応は見飽きている。
さて、クイは、血まみれの自分に、どんな反応を示すのか。
オレリアスは、兵たちが出て行ったのを見届けてから、立ち上がって迎えてくれたクイに近づいた。
「わざわざ詰め所まで出向いてもらって、すまなかったね。」
普段どおりを装って、クイの表情を覗き込む。
しかし、彼女におびえた様子はみられなかった。ただ、訳がわからないような、キョトンとした顔でオレリアスをじっと見上げている。
「君にね、魔草の花を見せてあげたかったんだ。」
オレリアスが花を差し出すと、クイは、
「素敵! リデバの花ね。ありがとう。」
と微笑んだ。
(ん?)
やけに魔草に詳しい。
いやいや。そういうものが好きだという人は稀にいる。特に、不自由な生活を強いられている人の中には、違う世界に憧れて、始終、魔草の図鑑を眺めていたりする人がいると聞く。
それはそれとして、オレリアスは、クイの反応に拍子抜けした。
彼女は、血まみれのオレリアスに、何の反応も示さない。
「喜んでくれるかい?」
手渡す際に彼女の手に血がついてしまったが、彼女は、それを気にするでもなく、
「ええ、もちろん。」
と、魔草の花を抱きしめた。
(こんなものなのか?)
オレリアスは、試しに、まだ乾かない指先でクイの頬に触れてみた。半乾きの指先が、わずかに血ですべったが、彼女は、それを嫌がるでもなく、ただ、くすぐったそうに首をすくめた。
(?)
頬についた血が、彼女の体温で乾いていく。気化熱で頬が汚れたことは分かっているはずだが、彼女はそれをふき取ろうともしない。
オレリアスは、クイを見下ろしたまま、
(どこまでなら、許されるんだ?)
と、要らぬことを思ってしまった。
(……。)
葛藤の末、オレリアスは、クイの両腕をつかむと、自分の胸に引き寄せてみた。
オレリアスの体はベッタリと血で汚れているから、さすがにこれは嫌がるだろうと思ったのだが、彼女は、何の抵抗もしてこない。後ろ手で、そっと花を机の上に置いただけで、ピッタリとオレリアスにくっついている。
(あれ?)
彼女の顔も服も、血で汚れている。
(……。)
オレリアスは、今度は、痛いぐらいの力をこめてクイを抱きしめてみた。
さすがに、これは拒絶されてもおかしくなかったが、彼女は苦しそうな声を漏らしたが、「嫌だ」とまでは言わなかった。
(んん?)
オレリアスは、思い切って、大胆な行動に出ることにした。
一旦、力を緩めて彼女の体を離し、彼女の頭を後ろからつかむ。そして、オレリアスは、クイに優しくはないキスをした。
(乱暴すぎたか?)
自分でも、力の加減を間違えたと思う。
罪悪感に駆られて、解放してやると、クイは、倒れ込むようにオレリアスにしがみついた。
「クイ?」
クイは下を向いていて、その表情は見えない。しかし、クイの肩は、小さく震えていて、怯えているようにも見えた。
(嫌われてしまっただろうか?)
途端、オレリアスは怖くなった。
もし、クイの心が離れていったら……。
オレリアスは、恐る恐る、
「嫌か?」
と、クイに問いかけた。




