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六日目
早朝、クイは部屋の片付けをして、荷物をまとめた。
(よし! 今日こそ本当の事を話すぞ!)
追い出される準備もできた。泣かずに対峙する覚悟もした。あとはオレリアスに話がしたいと訴えるだけ。
ただ、体だけは正直に、ぞわぞわと悪寒が収まらない。ローブを着ていてもまだ寒い。緊張で手のひらが痺れている。知らぬ間に、どうにかできる方法があるのではないかと、ずるい気持ちが頭をもたげる。
クイは、大きく首を振って、自身を鼓舞した。新鮮な空気を吸い込んで、気持ちを入れ替えよう。バルコニーに出ると、
「?」
と、なぜか見知らぬ人と目が合った。
「え?」
ここは二階なのに、バルコニーと同じ高さに人がいる。
近くの木の枝に、兵が一人、座っていたのだ。
「やあ、おはよう、姫さん。」
クイは、返事もせずに、辺りを見回した。
木に登っているのは、一人だけだ。だが、下に三人、向こうの門にも三人。見える範囲だけで、七人の護衛兵がいるではないか。
(え? どうなっているの?!)
クイは、驚きに声を失った。
これでは、まるで軟禁だ。
事実、護衛の兵は、日を追うごとに増えている。
今まで散々悪さをしてきたクイだったが、故郷アムイリア領の父だって、ここまでの事はしなかった。
「あ、あの! 私、逃げたりしません!」
クイは、だんだん腹が立ってきた。
だいたい、一度逃げた事になっているが、それも、ちょっと外界に出かけていただけで、本当は逃げてなどいない。それに、こちらは「もう逃げない」と言っているのだから、それを信用してほしかった。
「う~ん。」
すると、木の上の兵士は、頭をかいた。
実は、これは、クイを逃がさないための護衛ではなく、外界を騒がせている不審な男を、クイに近づけさせないための護衛だったが、まだ、それを知らせてはいけないために、木の上の兵士は、
「違うよ、姫さん。俺たちは、姫さんを守っているんだ。」
「守る?」
「そう! 軍将が、夜這いに来るといけないだろう?」
と、茶化した。
「よ、よばっ、夜這い!?」
信じられずにクイが聞き返すと、木の上の兵は、さも本当のように頷いた。
ただし、目は笑っている。
「……オ、オレリアスが夜這い……?」
クイは、あまりの事にバルコニーの手すりにしがみついた。
柱の影で、別の護衛兵がゲラゲラと笑い出していたが、それにも気がつかないぐらい、クイは、気が動転していた。
(ま、まさか……、明日結婚式だと言うのに、そんな危険性が?!)
すると、後ろから、
「おい、聞こえてるぞ!」
と、低い声がした。
振り返ると、そこには、鬼の形相をしたオレリアスが立っている。
「ぎょっ!」
木の上の兵は、その姿に驚くと、言い訳もせずに、するすると木から降りていった。
(え?)
このとき、初めてクイは、その兵にからかわれた事に気が付いた。
(嘘なの?)
よく考えてみれば、あからさまな冗談だ。それを、一時でも本気にしてしまうなんて。クイは、顔を両手で覆って、いらぬ妄想を振り払った。
(恥ずかしい……。)
そして、同時に、なぜクイの護衛がこんなに物々しいのか、うやむやになったことすら忘れてしまった。
「クイ、こっちへおいで。」
「は、はい。」
クイは、オレリアスに促されて部屋に戻った。
オレリアスは、ぱたんと窓を閉めてから、
「あいつらの言うことは、まともに取り合わなくていい。」
と、苦々しく言った。
たぶん、オレリアスは、部下に慕われているから、こんな冗談を言われるのだろう。
「……はい、……そうします。」
答えてから、クイは、「話がしたい」と言い出すつもりで、顔を上げた。
「それより、今日はクイに大事な話がある。」
「え?」
先に言われて、クイは驚いた。
「朝食がすんだら、詰め所の二階まで来てくれるかい?」
「は、はい。あの、私も、オレリアスに話したい事が……。」
「? じゃあ、そこで聞くことにしよう。私は、別の用があるから、これで失礼するよ。朝早く押しかけてすまなかったね。」
オレリアスはそう言うと、ニコリと微笑んだ。
相変わらずオレリアスは優しい。これが最後だと思うと、泣けてくる。それにしても大事な話ってなんだろう。
とりとめもないことを思っていると、扉から出ようとしたオレリアスがなぜかクイのところに戻ってきた。
「?」
何か言い忘れたことでもあったのか。
クイがオレリアスを見つめていると、オレリアスは、何も言わないまま、クイの額にキスをした。
(うわぁ。)
オレリアスはそれきり、クイの反応を見ずに出て行った。
扉が閉まると、クイは、
(ふぎゃ。)
と、床に崩れ落ちた。
額にキスされただけなのに、立っていられない。全然、力も入らない。
(ああ、ダメだ、今日でお別れなのに。)
めげそうになる気持ちを抱えたまま、クイは、何かにすがりたくなって天を仰いだ。




