5-3
「ここで、少し休もう。」
この甘味処はオレリアスの行き着けの店らしく、オレリアスは、若い女性の店員に、
「二人分ね。」
と、声をかけてから、店内に入った。
店内には、テーブル席があったが、オレリアスは、そのまま店を突っ切って、店の反対側にクイを連れて行った。店の反対側は、川の流れを望める席が三つあり、オレリアスは、その真ん中の席に腰掛けながら、
「寒い?」
と、クイの体を気遣った。
「い、いえ。ずっと歩いていたので、ちょうどいいぐらい……。」
「そうか、それはよかった。」
ウテリア川のそばなので、水の冷たさを含んだ風が足元から這い上がってくる。見ると、他の客は、一組もいなかった。
小さなテーブルを挟んで、オレリアスと二人きり。
(うわ~。)
それだけで、心臓が壊れそうになる。
そっと見上げると、オレリアスは、黙って川を眺めていた。
川のせせらぎと、鳥のさえずり。
そのうち、引きずるような足音が聞こえてきて、クイは、店のエプロンを来た、いかつい初老の男性が近づいてきたことに気がついた。
その男性は、片手に二枚のお皿を持っている。
(店長さんかな?)
すると、男性は、
「よう、オレリアス。やっと連れてきたな。」
と言って、甘味のお皿を並べた。
それは、ハートや星型の焼き菓子の上に、香草の入ったシロップがかかっているもので、机に置かれた瞬間、フワッと砂糖と香草の甘い香りが立ち昇る。
「わぁ。」
すると、男性は、ニッとクイに笑いかけた。
「クイちゃんだね。」
「は、はい。」
「かわいい子じゃないか。」
男性が、大きな手でクイの頭をぐりぐりとなぜる。
「うん、うん。かわいい、かわいい。本当にかわいい。」
犬や猫と同じ扱いのような気もするが、こんなに可愛がられた経験はない。
「こ、こんなに褒めてもらったのは初めてです。」
すると、男性は、大げさに驚いて、
「なんだ?! オレリアスには褒めてもらってないのか?!」
と、訊き返してきた。
「な、ないです! そそ、そんな、わ、私、褒められるようなところなんて、何も、ないし……。」
クイが真っ赤になりながらオレリアスの擁護に回ろうとすると、唐突にオレリアスは、
「かわいいよ。」
とクイに言った。
(うぉっ!!)
それは、まるで心臓を狙撃されたかのような衝撃だった。
その衝撃に、椅子の背もたれに倒れ込む。
「なんだ、その言い方は?!」
一方で、男性は、オレリアスを叱りとばした。
「女性には常に優しくと教えただろう?」
「ちゃんとやっている。」
「今の言い方の、どこが優しいんだ? 女性というものはな~、とても繊細にできているんだ。さあ、もっと心をこめて、甘く、囁くように言ってみろ!」
そんなことさたら即死だったが、オレリアスは、
「できるか!」
と突っぱねた。
「おお、怖い! そんな風に怒鳴るから、女性に嫌われるんだぞ。な、クイちゃんも怖かったろ? あ~あ、俺がもう二十年若かったらな~。こんな女心の分からない野郎じゃなく、おじさんがもらってあげたのにな~。」
「おい!」
「いや~、残念、残念。」
そして、男性は、いきなり真剣な顔でクイに問いかけてきた。
「なあ、オレリアスは野蛮だろ?」
「い、いいえ。」
クイは、全力でそれを否定する。
「そ、そんなことはありません。オ、オレリアスは、頼りがいがある素敵な方です。」
すると、男性は、少し驚いた顔をして、
「そうかい。」
と言って、にっこりと微笑んだ。
「それなら、いいんだよ。オレリアスは、乱暴そうに見えるから、おじさん、ちょっと心配していたんだよ。クイちゃんがそれでいいならいいんだ。オレリアスのことを、これからも頼んだよ。」
しかし、そう言い切らないうちに、
「お父さん! 駄目でしょ。」
と、鋭い声が飛んできた。
声の主は、さっき入り口にいた若い女性店員だった。女性店員は、「お父さん」の後ろ襟をつかむと、
「ごゆっくり、どうぞ。」
と言って、軽々と「お父さん」を引きずって店内に戻って行った。
二人がいなくなると、オレリアスは、
「今のは、私の前の軍将だよ。足を悪くしてから、娘さんとこの店をやってる。」
と付け加えた。
(なるほど。)
あの男性は、先代のウテリア軍将だったのだ。
たぶん、オレリアスとは親子も同然の間柄なのだろう。
でも、一つ疑問が残っている。
「あ、あの、一つ、訊いてもいいですか?」
「なんだい?」
元の優しい顔で微笑まれて、今さらながら、クイは、ちょっぴり照れた。
「さ、先ほどの方は、オレリアスの親戚の方なんですよね。」
「? いや、親戚ではないよ。」
「でも、さっき「二十年若かったら、おじさんがもらってあげたのに。」って。領主一族の血縁の方ではあるんですよね。」
すると、オレリアスは、少し考えてから、
「そうか、知らないんだね。」
と言った。
「?」
「私はね、両親にも先立たれているし、兄弟も親戚もいない。天涯孤独の身だよ。」
「??」
「最初から話すべきだね。でも、その前に。」
オレリアスは、そう言うと、目の前の甘味を指差して微笑んだ。
「食べようか?」




