第9話 京で交錯する志士達
【文久三年 八月十三日 午前五時】
この放火事件のどさくさに紛れて、芹沢の見えないところで放火している四人の人物達がいた。それにいち早く気付いた勘吾は、その内の一人に気付く。側にいた林に
「おい!あいつ久坂玄瑞じゃねえか?」
「本当だ!沖田先生!永倉先生!あいつ!」
と勘吾と林が久坂玄瑞が紛れているのを確認すると、沖田と永倉は
「全員俺と永倉さんの二手に分かれろ!奴らを捕縛する!」
とその四人を囲もうとすると逃げられる。
「追え!逃がすな!」
と沖田隊と永倉隊に別れて追跡に走る近藤一派十四人。永倉や林の隊が追っていた者は久坂玄瑞と吉田稔麿だった。いずれも後に相まみえる相手だが、永倉達は必死に追いかけて行った。一方沖田や勘吾の隊が追っていたのは、知らない人物だったが、一人は拳銃を
《バン!》
と弾いて逃げていったのだが、そんな事で怯まない沖田が
「あいつは俺に任せろ!安藤!山崎!一緒に来い!蟻通!残ったこいつはお前等に任せた!」
と言って追いかけていった。その人物は最近長州で奇兵隊を結成したばかりの高杉晋作である。そして勘吾、馬越、川島、河合の四人はもう一人の人物と対峙する事になる。勘吾が
「貴様!何者だ!俺は会津藩御預かり壬生浪士組蟻通勘吾!」
「同じく馬越三郎!」
「お、同じく川島勝司!」
「お、お同じく河合耆三郎!」
と名乗るとその男は名前も名乗らず勘吾達を襲ってくる。それに対し馬越、川島、河合は怯み、勘吾は
(・・・不味い。駄目だこいつら・・・びびってやがる。)
「・・・お前人斬り慣れてるな?」
と察し、三人に
「お前らが敵う相手じゃない!ここは俺が相手する!お前らは俺達二人に誰も近づけさせんな!」
と物凄い勢いで恫喝し、改めて
「俺は会津藩御預かり壬生浪士組蟻通勘吾!別名讃岐の刀狩り!いざ御相手致す!」
と名乗りを上げると
「何じゃおみゃあ?四国モンかあ?」
とぽつりと言い勘吾に刃を振り下ろす。勘吾は
「その訛り・・・貴様土佐者か?」
と感づくと男は
「儂しゃ土佐勤王党岡田以蔵!」
と名乗ると勘吾は
「土佐勤王党?貴様!坂本龍馬の同志か?」
と尋ねるが、それ以外一切喋らず問答無用で斬りかかってくると、勘吾は得意の真剣白羽取りで以蔵の刀を奪い、二刀流で以蔵に斬りかかろうとすると
《バン!》
という音と共に勘吾の頬を拳銃の弾丸がかすり、後ろにいた馬越に当たってしまった。勘吾は
「てめえも持ってやがったのか!」
と激昂すると、拳銃を持った以蔵に対して、以蔵の足下に刀を二本とも罰の字に地面に突き刺し、以蔵の持っていた拳銃をいとも簡単に奪う。この迫力に以蔵や川島が
「ひ、ひい!」
と怯むと、勘吾が素早く二本の刀を地面から引っこ抜き、以蔵を斬ろうとするが
「それまで!」
と声がかかる。その人物は、江戸幕府軍艦奉行の勝海舟であった。だが、勘吾はその人物が幕府の重要人物だと言うことを知らず
「貴様も長州者か?!」
と叫ぶと、勝は
「俺は徳川幕府軍艦奉行を勤める勝海舟ってえもんだ!貴様の名は?」
と尋ねられるが、以蔵の首に二本の刃を向けたまま
「会津藩御預かり壬生浪士組蟻通勘吾!」
と以蔵を睨みながら名乗ると
「ほお、容保公のとこの。幕府の命令だ!その刀終え。」
勘吾は納得がいかず
「こいつは不逞浪士ですよ?!」
と以蔵を睨みながら叫ぶと
「おめえらもだろうが。この火災はおめえらの頭がやってる事だろう?」
と図星を突かれ、刀を鞘に収めるが
「こいつは拙者達が連行しますよ。こいつも放火に加わった。他にも長州の久坂玄瑞もいた。本来我ら壬生浪士組はこのような輩を成敗する為に結成されたんだ!」
と勝に問うと
「先ずおめえらがあの火事止めてこい。話はそれからだ。ありゃおめえさん達の仕業だろうが!」
と怒鳴り返されてしまう。そして勝が以蔵の顔面に平手を食らわすと
「あれ程無闇に人を斬るなと言っただろうが!」
と以蔵を叱り飛ばすと、その迫力に驚く勘吾に
「こいつの代わりに俺が謝るよ。こいつの罪の事はすまなかった。詫びにおめえさんが奪った刀と拳銃はくれてやる。それで手討ちにしねえか?」
勘吾はそれでも納得がいかず
「そいつを逃がしたら俺達四人共切腹なんだよ!出来る訳ねえだろうが!」
と拳を握りしめると、勝が筆と火事で燃えている大和屋から舞ってきた紙切れを手に取り、何やら書き始める。それは勝自身が書いた近藤と土方宛の書状であり、落款も押して勘吾に預け
「これ持って別の局長に渡せ。それでおめえさん方四人は助かるからよ。」
と言うと
「俺は徳川幕府軍艦奉行を勤める勝海舟。今は海軍操練所で差配をしている。そう言えばわかるよ。わからなきゃ容保公の所に行って聞いてこい。」
「こら!いくぞ馬鹿たれが!お前は龍馬にどれだけ迷惑かけてんだ!」
と以蔵を怒鳴りつけて引っ張っていくが、勘吾は
「え?龍馬って、それって坂本龍馬か?」
と尋ねると、勝が
「おめえさん、坂本龍馬を知ってるのか?あいつは今、俺の所で働いてるよ。あいつも昔はおめえみてえな目付きで久坂と一緒に俺を斬りに来たっけなあ!」
と言って笑っていた。呆気に取られてしまった勘吾だったが
「坂本龍馬なら俺が四国から出た小舟に乗っけてもらった仲だ。まさかあんたの所にいるとは・・・」
と驚いていると勝が
「この日ノ本にいちゃ狭えもんだよ。だがな、世界はもっと広いぞ。俺はこの日ノ本をそんな広い世界に出すのが仕事なんだ。その為にはこの日ノ本はもっと強くならなきゃいけねえ。だからこんなつまらねえ事で争ってる暇はねえんだよ。じゃあな。」
と言って以蔵を引き摺りながら去って行った。去り際に勘吾が
「おい!出っ歯!てめえはただの人斬りじゃねえ。無抵抗な弱者を斬り遊んでる弱い畜生だ!勝先生に感謝するんだな!」
と叫んでいると、勘吾の背後で河合が
「馬越!しっかりしろ!」
と叫びながら馬越の治療をしている。さっき以蔵が撃った拳銃の流れ弾が馬越の左肩に命中していた。
「馬越!俺が運んでやる!力抜いて楽にしろ!」
と言って馬越を両手で抱き上げると、馬越が朦朧としながら
(蟻通君・・・)
と勘吾の顔を見つめていた。
【文久三年 八月十三日 午前六時】
近藤や土方達全員が稽古をしている中、勘吾が拳銃に撃たれた馬越を運んで来ると
「どうした?!お前等!総司も永倉も帰ってきておるというのに何処に行ってた?!」
と問いただすと勘吾が
「取り敢えず馬越の治療を。」
と戸板に乗せると、勘吾が懐から勝に渡された書状を近藤と土方に提出し、事情を話す。
「俺達が追っていたのは土佐勤王党の浪士、岡田以蔵でした。その岡田を引き渡すよう勝先生に言われて渡されたのがその書状です。わからなければ容保公が知っていると・・・」
と話すと、山南が
「君達はあの勝先生に会ったのか?!」
とびっくりする。勝の事は近藤と土方も知っていた。近藤が
「おいおい・・・昨夜はどうなってるんだ?芹沢さんといい、総司といい、永倉達といい・・・」
勘吾は
「え?沖田先生も永倉先生もどうかなさったんですか?」
と尋ねると、土方が
「総司達が追っていたのが長州の高杉晋作。永倉達が追っていたのがお前の言った通り久坂玄瑞と吉田稔麿。いずれも取り逃がしちまったけどな。この山崎がいてくれて助かったよ。こいつは情報収集能力が桁外れでな。奴らの顔はこいつがしっかり覚えた。それよりその刀と拳銃はどうした?」
と聞かれると、川島が
「蟻通君が岡田から奪ったんですよ!見事だったなあ。」
と興奮して話すが、勘吾は
「でもその刀、切っ先破損してますよ。どうせ無銘なんじゃ・・・」
と話していると土方が
「これ「肥前忠広」だぞ?お前よくこんな名刀奪ってきたな!凄えじゃねえか!・・・しかも拳銃まで奪うなんて・・・大した奴だよお前は!」
と稽古そっちのけで盛り上がっていた。だが、それを見ていた芹沢が
「俺が大和屋に火付けたから皆焙り出せたんだ!有り難く思え!」
と負け惜しみにも聞こえるような口ぶりで八木邸の奥に去って行くが
(あいつらあ!)
と頭の中が煮えたぎっていた。この一件で芹沢一派は最早居場所を無くしたように見えた。
一方前川邸で医者に治療を受けていた馬越だったが、医者に
「・・・銃弾が左肩を貫通しています。恐らく二度と刀は握れないでしょう。」
と馬越の寝ている部屋から出て皆に話すと
「この隊で一番励んでたのに・・・」
「岡田の野郎!次会ったらぶっ殺す!」
「馬越の分まで京の治安を守るぞ!」
と一同気合いを入れていた。それとは別に医者は近藤達をちらちら見ながら何か別の事を言いたげな表情をして帰って行った。
その日の午後、会津藩士広沢富次郎が壬生の屯所に現れ、近藤と土方、山南を呼ぶ。
「昨日の騒ぎは何だ?殿は御立腹だぞ!」
と叱られると、近藤のみ京都守護職が置かれている金戒光明寺に呼ばれる。
広沢に金戒光明寺に連れられた近藤だったが、そこに会津藩士秋月悌次郎が近藤に対して
「殿から直々に御命令が出た。近藤!芹沢達を始末せよ!六月の水口藩との一件といい、角屋での酒乱騒ぎといい、もう限界だ!」
と指令が下る。更に広沢が
「御主等はこの京で何がしたいんだ?昨日の一件はまるで長州や不逞浪士とやっている事と同じではないか!貴様等は京都守護職を任された我が会津藩へ泥を塗ったのだぞ!」
と怒りをぶちまける。これには近藤も何も言えずただ頭を下げるしかなかった。
三重塔の上で容保は金戒光明寺の門を潜り去る近藤の後ろ姿を見ながら
「彼奴も私と同じ悲しい宿命を背負ったようだのう?」
と側にいる会津藩士最強の戦闘力を誇る佐川官兵衛に愚痴を漏らしていた。その手には、孝明天皇に拝謁し、賜った天杯と緋の御衣を手にしながら、近藤の去り行く姿をずっと見つめていた。
岡田以蔵の刀は坂本龍馬が与えたそうです




