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第10話 浅葱色した段駄羅のマーチ

【文久三年 八月十八日】 


 正午近くになって会津藩から壬生浪士組に出動命令が下された。政治の実権を握っている長州藩を中心とする尊王攘夷派を京から追放する為、夷国嫌いな孝明天皇を中心とした会津藩と薩摩藩ら公武合体派が同盟を結び、政変を起こそうというものだ。そんな中、勘吾達新入隊士達に壬生浪士組の隊服が配られる。


「何だこりゃ?忠臣蔵か?」

「田舎侍みたいだよ。」

「格好悪い。これ着て出動すんのか?」

「歌舞伎役者ですら恥ずかしいぞ?」

「それにこの色は何だ?」

「浅葱色だってよ。切腹する時に着る物と同じ色だ。」

「死に装束じゃねえか。縁起でもない。」


勘定方の河合や弥四郎ですら


「まさかこんな物作る為に資金集めてたのか?」

「これこそ本当の無駄遣いだよ。」


壬生浪士組の制服である浅葱色の段駄羅模様の隊服は隊士達に不評だった。土方も


「こんな物着てたら簡単に正体ばれるだろ?やはりあいつら阿呆だな。」


と呆れているが、芹沢や新見が


「俺の選んだ隊服に文句あんのか?」

「浅葱色は覚悟の証だ!いつも励めと言っておろうが!」


と言っているものの、勘吾達新入隊士達は


(いつも稽古さぼって遊んでる奴らに言われたくねえよ。おめえらいつも酒くせえんだよ。)


と思いながら段駄羅の隊服を黙って着た。近藤や土方が甲冑を身につけているのを見た山南が


「何故私の甲冑がないのだ?!」


と普段温厚な山南が珍しく怒っているのを見た四番隊組長に昇格した松原が


「・・・まあまあいいじゃないですか。」


と宥める。勘吾達は


(・・・あんたもっと恥ずかしい思いしてえのかよ?)


と思いながら、松原の姿を見て


(・・・おめえも弁慶の仮装でもしてるつもりか?一緒に歩きたくねえ。)


と冷たい視線を送る。因みに山南の着るはずだった甲冑はちゃっかり新見が身につけていた。今回の出動は総員でということで、この段駄羅の隊服を着ながら蛤御門までぞろぞろ歩く壬生浪士組だったが、一様に


(全く恥ずかしい。ええじゃないかと変わらんだろ?明日っから壬生村すら歩けやしねえ。)


と一部の隊士は下を向き、照れながら歩いて行った。


 壬生浪士組が蛤御門に到着すると、既に会津藩兵達が守備を固めており


「貴様等、何者だ!隊を名乗れ!」


と壬生浪士組を知らない様子。勘吾達が


「何で?会津藩御預かりの筈だぞ?」


と不思議に思っていると、会津藩軍事奉行の西郷十郎右衛門がやってきて


「此奴等容保公公認の壬生浪士組だ。通してやれ。」


と守備に着いていた会津藩兵達に説明するが、芹沢や近藤達は何処を守ればいいのか指示されず


「我々は何処の守備に着けばよろしいでしょうか?」


と尋ねると、西郷十郎右衛門が


「ええっと・・・じゃあ、御花畑を頼む。」


と指示され


「かしこまりました。我ら壬生浪士組、御花畑を死守致します!」


と発した近藤に対し、勘吾達新入隊士達は思わず


(御花畑って・・・)


と笑いを堪えている。京都御所の御花畑という所は、京都御所・建礼門の南側に位置し、女院御所などがあった区画である。そこには会津藩主、松平容保の本陣もあるが、勘吾や壬生浪士組一同は、その本陣から遠く離れた所で初めて松平容保の姿を見たのであった。会津藩から隊士全員に目印として黄色いたすきが配られ


「・・・俺達って本当に御花畑の菜の花みてえだな。」


と誰かが呟くと、勘吾達新入隊士達は


「馬鹿。これ以上笑わすような事言うな。」


と小声で笑いを堪えていた。だが・・・


 実は会津藩や薩摩藩は午前零時から出動しており、壬生浪士組がこの京都御所に訪れたのは、もう事態が収束する頃だった。既に長州藩の尊皇攘夷の過激派や、三条実美ら公家七人はとっくに京を追放された後だったのである。壬生浪士組は結局何もする事がなく屯所へぞろぞろと帰って行った。この八月十八日の政変という歴史的な出来事に壬生浪士組は、ほんの触り程度しか関与出来なかったのである。勘吾や新入隊士達はその様をまるで仮装行列でもしているかのように恥ずかしく感じた。そして勘吾は他に


(こないだ追い回してた連中が京から消えたって事だよな。)


と一人思っていた。


 後日、会津藩主・松平容保から直々にこの八月十八日の政変での働きが認められ、壬生浪士組から新たな隊名を言い渡された。その名は


【新撰組】


であるが、近藤や土方は敢えてこの事を芹沢達には言わなかった。何故ならつい一週間前にも近藤が呼び出され、会津藩の家老達にお叱りを受けていたからである。近藤も土方も山南も副長助勤達も


「隊名を改めるのは芹沢達を排除してから。」


と決めていたからである。勘吾達も知らされておらず、いつも通り稽古や巡回に赴いていた。沖田も八木為三郎や近所の子供達と鬼ごっこをして遊んでいた。すると、勘吾達のたむろしている所で


「あん方は頭も御花畑みたいやなあ・・・あないな事件があった後やとゆうのに・・・」


と小声で誰かが呟いた。勘吾が


「馬鹿!誰だ?また笑わせようとする奴は!」


と話していると、勘吾達の背後から殺意はないが不気味な気配がする。勘吾達の輪の外でそこそこ大きい図体の男が


「私どす・・・」


と小さな声で話す男がいた。勘吾が


「お前確か先月入った諸士調役兼監察の・・・」


とまだ名前が出て来ないが


「・・・蟻通さん。山崎烝と申します。実家は大坂で鍼医師をしています。よろしゅう。」


と挨拶される。勘吾は


「もう平の俺達の名前覚えたのかよ?」


と尋ねると山崎が


「わて地獄耳ですねん。存在薄いから他人に顔も名前も覚えてもらえへん・・・」


と話す。勘吾は


「あんた武芸は出来るのか?」


と聞くと山崎が


「香取流棒術を少々・・・それと・・・」


とはきはき答えない山崎だったが勘吾は


「じゃあ俺とやってみようか?」


と竹刀を取ると山崎が突然懐から鎖鎌を取り出す。


「・・・ほんまはこっちが得意でんねん。あんさんと同じですわ。」


と勘吾の技まで知っているようだ。


「あんた宍戸の・・・」


と勘吾は気付くが


「一部だけですわ。ほんまは真田一族の子孫ですねん。あんさんもやろ?卜伝流と三好の技やん。敵の刀奪うなんて水軍やんけ。」


と発しながら鎖鎌の分銅をぶんぶん回している。それを見ていた沖田が鬼ごっこを止めて


「おお、面白そうなもん持ってるじゃねえか!蟻通!相手してやれ!」


と大声で煽ると、隊士達が続々と集まってきた。土方が


「讃岐の刀狩りと摂津の鼠小僧か。面白えじゃねえか!」


と見物している。永倉や原田、井上も


「拳銃すら奪った蟻通が鎖鎌をどう奪うか見物だな。」


「両方とも手加減すんじゃねえぞ!」


「何やら新しい技が出そうな対決だな。」


と話していると林が


「実はあの山崎って俺の従兄弟なんですよ。昔っから無口で何考えてるかわからねえ奴でね。」


という衝撃の事実に


「本当か?」


と一同びっくりする。林は更に


「あいつ香取流って言ってますけど、九鬼神流もやってますよ。それに起倒流柔術と水鴎流総合武術も。あいつの家系は赤穂も混ざってるんで。」


と話すと山南と藤堂が


「ますます訳がわからなくなってきた。」


「どっちにしても変わった技使う者同士って事か?」


とがやがや騒いでいると、勘吾の竹刀が山崎の鎖鎌の鎖に巻かれようとするが、勘吾が咄嗟に鎖を腕に巻き付け、山崎の身体を引っ張ると


《ビュン!》


と山崎が鎖鎌を手放したと同時に全面宙返りで勘吾の背後を取ろうとするが、腕に巻き付いた鎖鎌で山崎を攻撃する。


「あの図体でなんていう身のこなしなんだ?」


と一同驚くが沖田が


「でも蟻通の奴鎖鎌奪いましたよ。」


と感心していると山崎が再び懐から竹筒を取り出し


「・・・あんさんやらはるなあ。ならこれはどうでっしゃろ?」


と五寸釘のような太い針を取り出すと、近藤が


「それまで!」


と止めてしまう。近藤は


「稽古に飛び道具は止めてくれ。」


と制止した。勘吾が


「中々楽しかったよ。またやろうぜ!それより懐にまだ何か入ってるのかよ?」


と尋ねると山崎は


「あんさんの刀と違ごうて小物ばっかりですわ。」


と懐を見せると大きな蛙が飛び出し


「今のは冗談や。これからもよろしゅう。」


と周囲を驚かせた。土方は


「あの二人、新選組の切り札になりそうだな。」


と呟いていると新見から


「何だよ?新撰組って。」


とばらしてしまうが


「おめえには関係ねえだろ?」


と突っぱねるのであった。

段駄羅の隊服は映画「壬生義士伝」のような黒い段駄羅にしたかったのですが、敢えて書きませんでした

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