第11話 壬生浪士達の陰謀
【文久三年 九月十三日】
京都守護職で会津藩主、松平容保から新たに「新撰組」という隊名を頂いた壬生浪士組だったが、あの八月十八日の政変から一ヶ月経つというのにまだその名前を使用出来なかった。先月八月は、壬生浪士組にとって激動の一ヶ月だった。八月十八日の政変の他にも、芹沢一派による新入隊士佐々木愛次郎の暗殺に、それに関与した佐伯又三郎の暗殺。新見錦の平隊士降格、そして大和屋焼き討ち事件に便乗した長州藩尊皇攘夷派達との接触とたった一ヶ月でこれだけの事件に遭遇していた、だが、その大和屋焼き討ち事件の直後、京都守護職が置かれている金戒光明寺に近藤を呼び出され
「松平容保公から直々に指示が出た。近藤!芹沢達を始末せよ!もう限界だ!」
と会津藩士秋月悌次郎と広沢富次郎に命令されていた。土方と山南が
「先ず新見からだ。新見に詰め腹を斬らせる。」
と副長助勤を集めて会議を開いていた。
【文久三年 九月十五日】
そして遂に作戦を決行しようと遊蕩先であった祇園新地の料亭「山緒」に近藤を除いた近藤一派が全員押しかけ、悪行の数々を突きつけた。
先ず土方が
「どうも勘定方からの計算がおかしいと思ったら、あんた四月に大坂の商人から百両を押し借りしたそうですね。」
と詰め寄る。共に勘定をやり直していた藤堂も
「遊蕩に耽って隊務を怠り、隊費と称して民家から強請りを繰り返していたようですね。一部の隊士から報告受けてますよ。」
と追い詰める。新見は
「そんな証拠が何処にある?」
ととぼけた顔で弁明しようとするが、山南に
「こちらが平間が付けていた帳簿、こっちが河合と弥四郎さんが付けてた帳簿。何回計算し直しても平間の方がおかしい。これはどういう事なのでしょうか?」
と二つの帳簿を新見に見せると
「それは平間が悪い。あいつが計算を間違ったからだ。」
と罪を平間に押しつけようとすると、斎藤が
「・・・何で人のせいにするんですか?仲間を売るなんて士道に背きますよ?」
と逃げ道を無くそうとする。更に永倉が
「乱暴狼藉が甚だしく、法令を犯しているのにも関わらず、芹沢先生や近藤先生の説得にも耳を貸さなかったと御二人から聞いてます。これじゃあんたを庇ってきた俺だってやってられない。」
と調整役だった永倉にすら匙を投げられる始末。更に井上に
「五月には四条木屋町に旅宿する水戸浪人、吉成勇太郎と二条木屋町に寄宿する今泉与一太郎という人物から芹沢さんと一緒に連署した借用書がここにあります。その時酒乱になり狼藉を働いたそうですね。」
永倉と調整役を担っていた沖田にも
「それでも芹沢先生はあんたの事を思って謹慎処分を解いて、その吉成に引き取らせて再度活躍の機会を与えようとした。それすら裏切ったあんたは芹沢先生の顔に泥を塗った。そういう事になるんじゃないですか?」
と追求すると
「あ、あれは芹沢が勝手に・・・」
と慌てふためくと更に土方が
「水戸や長州、土佐などの尊王攘夷派との親密な関係も怪しい。あの大和屋の一件でも久坂や高杉、岡田以蔵を見て見ぬ振りをしていた節がある。その辺の事はどう説明するんだ?」
と大和屋焼き討ち事件での一件を持ち出し、原田が
「あの時隊士の馬越を連れて何してたんだ?馬越は慌てて現場に向かったが、あんたは俺と源さんに引っ張られて現場に行ったよな?平隊士に降格したにもかかわらず何故直ぐに行かなかった?この壬生浪士組の任務を何と心得る!」
と怒鳴り散らすと、土方以下その場にいた副長助勤全員に
「今ここで切腹せねば法度に照らして斬首する!貴様の乱暴狼藉のけじめを付けてもらおうじゃねえか!」
と完全に追い詰められた新見は
「・・・てめえ等!この俺を嵌める事が目的だったのか?・・・だがな、この法度に首絞められるのはてめえ等も同じだ!・・・芹沢も馬鹿な奴よ。こんな田舎侍共に乗せられて京に居残るなんてよ?」
と文句を言ってると土方が
「下らねえ講釈はもうどうでもいいからよ、さっさと腹斬れや。介錯は俺がしてやるからよ。ほら、刀抜け。それともいっそのこと直接首刎ねてもいいんだぜ?吉成のいる四条河原にでも晒してやろうか?」
と脅しをかけると新見は脇差しを抜き、自らの腹をかっさばいた。そして土方が「和泉守兼定」で新見の首を落とした。こうして新撰組の芹沢一派粛清の幕が開けた。
芹沢はその頃、以前から思いのままにならない芸妓小寅に腹を立て遊郭の吉田屋に乗り込む騒ぎを起こしていた。同行していた平山と平間が主人を脅しつけ、小寅と付添の芸妓お鹿を断髪する辱めを与えた。この際に芹沢の命令で平間が小寅の、平山がお鹿の髪を切っていた。
「芹沢さんに物申す生意気な小娘共が!辱めてくれるわ!」
平山も平間も最近それぞれ苛立っており、八つ当たりしなければ収まらなかった。
時を同じくして馬越は未だ岡田に発砲された傷が癒えず、床に伏していた。そんな馬越が勘吾達同期入隊した同志達の前で
「こんな手負いで・・・どうしても奴を討ちたい。我が一族の仇、松永主計をこの手で・・・それなのに刀も握れないなんて・・・悔しい。悔しいよ!」
と涙を流す。すると勘吾達が
「ならそいつは俺達がお前に代わって仇を取る。それでいいだろ?もっと俺達を頼れよ。お前は俺達の仲間だろ?」
と諭し、四番隊組長に昇格した松原が新たに加入した新入隊士の山崎を呼ぶ。
「山崎、奴等の動向を調べてくれんか?土方先生達は芹沢局長達を討つ気だ。それ処じゃねえ。奴等六人は俺達馬越の同期で片付けようじゃねえか!」
と協力を約束すると、林も
「この山崎は俺の従兄弟だ。心配ない。俺が保証する。土方先生からも気に入られてるからな。何せこいつは地獄耳だからよ。お前が刀を握れるまで俺達は待ってるぞ。」
と優しい言葉をかけ、安藤も
「侍たる者刀だけじゃない。蟻通を見てるだろ?槍や弓なら戦える。弓なら俺が教えてやるよ。何せ俺は奈良東大寺大仏殿の通し矢の記録保持者だぜ?」
佐々木蔵之介も
「じゃあ俺は柔術を教えてやる。兄貴を討たれたのは俺も同じだ。」
と心情を察する。同じく別の事件で銃で撃たれた中村が
「俺も同じ気持ちだ。痛いのは俺だって同じだ。」
と傷を見せる。それに続き山野、川島、宿院、奥沢、河合、尾関兄弟も馬越に言葉をかけ励ますと
「私は・・・この壬生浪士組に入れてよかった。君達に出会えて本当によかった。だから松永を討った後も君達と戦いたい・・・ずっとずっと一緒にいたい・・・」
と涙を流すのだった。
だが、この様子を遠くから見ている男達がいた。馬詰親子と新入隊士、武田観柳斎である。武田は甲州流軍学を学んでおり、入隊後直ぐに五番隊組長に抜擢されていたのだが、この騒動に一人絡んでいなかった。武田は男色の気があり、この馬越柳三郎を手込めにしていた。その柳三郎から
「ほら、あいつ。おなごみたいな奴でしょう?」
と説明すると、武田が
「なかなかよいではないか。私の陰間に丁度いい。我が五番隊に選んでやる。」
と企んでいた。男色の武田は馬越を狙おうとしていた。
一方楠達六人は、阿部を呼んで何か話をしていた。それは
「こないだの政変で長州が京からいなくなってしまった。拠り所がない。」
と阿部に相談していた。ひそひそ話していると島田が現れ
「お前ら。何でこんな所にいるんだ?阿部、御倉、荒木田、松井、松永は今日死番の筈だろう?何故行かぬ?」
と注意すると阿部が
「今から行きますよ。ったくおめえは助勤じゃねえだろ?」
と小言を言っていると
「早く行かねえか!最近たるんでるぞ!」
と恫喝される。
それを見ていた勘吾達は島田に
「力さん。ちょっとお話が・・・」
と島田に先程の馬越の部屋で話していた事を打ち明ける。そして
「あいつの仇は俺達同期の連中で取らせてもらえますか?」
と頼むが
「・・・俺の一存じゃ決められん。初稽古の時のあいつの言葉だろ?俺も気にはなっていたのだが・・・」
と話し
「取り敢えず俺の頭の中に入れておく。土方さんが帰ってきたらお前らと一緒に話してやるよ。」
と一応は協力してくれる構えを取った。
それから数時間後、山南が屯所に帰ってきて
「すまぬが戸板を用意してくれぬか?」
と勘吾達に頼むと
「祇園新地の料亭「山緒」で新見が隊規違反で自ら切腹した。島田君と引き取りに行ってくれたまえ。」
と険しい表情で話す。勘吾はその時、戸板を持ちながら島田と二人で
「これってもしや・・・」
と察するが口にはしなかった。島田も
「・・・どうやらお前らの頼み事が実現するやもしれんな。だがこの事は誰にも漏らすな。」
と口止めされた。この新見切腹から三日後、壬生浪士組は大きな転機を訪れる事になる。




